▼ 事務員の苦労-02-
ろ組の子達との話しもそこそこに俺は足早に事務室に向かう。
彼らの話だと今日は、「書類を整理しようとしたら近くにあった墨汁を書類に倒してしまい、それを拭こうとバケツと雑巾を持ってきたら部屋の中で転けてしまいバケツの水を墨汁の上にまた溢した」らしい。はあ。かなりの大惨事だな。今頃、水で若干薄められた墨汁が事務室中にあふれているのだろう。考えただけでも頭が痛くなるよ。
『吉野先生ー?小松田さん?』
がみがみと怒る吉野先生の声がする事務室の戸をそっと開けたが、戸を開けたことを後悔することになる。部屋の中をみた瞬間、俺は頭を抱えた。……想像以上だ、これは。
「あ、蓮夜くん!来てくれたの!?」
「ああ、せっかくの休憩時間でしたのに……。すみませんねぇ…。」
俺の姿を見たとたん、ぱあああと顔を輝かせる小松田さんに対して、吉野先生は申し訳なさそうに眉を下げる。それに俺は苦笑を返した。 まあ、しょうがない。
『とにかく、片付けますか。』
水と墨汁で読めなくなってしまった書類は後で書き直すとして、まだ濡れていない書類達を隣の部屋に避難させる。そして雑巾で水を拭き取っていく。
何十回と雑巾をバケツの上で絞っただろうか。バケツの中には黒い水が並々と溜まっていた。
『うし、もう一度拭いてから乾拭きだな。』
頬に付いた水滴をぐいっと手の甲で拭い立ち上がる。
「やっぱり蓮夜くんがいたらあっという間に終わっちゃうねー!」
流石だなーと言う小松田さんに俺はくすくす笑う。いやあ、だってこんなに仕事をできるだけ早くこなすようになったのは小松田さんのことを考えてだもの。小松田さんがヘマをしても俺がフォローできるようにね。なんて。
ほとんど元通り綺麗になった事務室を見渡す。うん、墨もちゃんと落ちたし水気もなし。あとはどろどろになった書類を書き直したら終わりだな。
『小松田さん、吉野先生読んできてもらえますか?』
先に別の部屋で書類の書き直しをして下さってる吉野先生を事務室に呼び戻そうと小松田さんの方を振り返った。
「じゃあ、ついでに水も捨ててくるね!」
小松田さんは俺の持っていた雑巾と自分が使っていた雑巾をバケツに放り込みよっこいしょ、立ち上がる。部屋を出ていく小松田さんの背を見送りながら俺は『もう転けないでくださいよ〜!』と声をかけた。すると気の抜けた返事が帰ってきたが、大丈夫なんだろうか。まあ、今日はもう何もないかな。と俺は事務室に入り書類を書き直すため机に向かった。
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