知らぬは恐怖、知れども恐怖。




淡いものだった。


それでも"灯り"というものが目に入ったのは


もうだいぶ日が傾いたころだったと思う。

時間をしる術をもたない俺には正確にはわからない。



しかし、森なんてものが近くにあるくらいだ。


田舎であろうこの場所に、

都会のような明かりはなく


頼れるのはまだかすかに残る太陽の光と、


ちらほらと出てきた星の明かり。

夕方というには少し暗いと思えた。



なんにせよ、灯りが見えたのだ。



ずい分歩きとおして、もう俺の小さな脚はなかなかに限界に近かった。


裸足のままのせいで、ジクジクとした痛みは歩くたびに鋭さを増すし、


少し前に、すでにひざは笑っていた。



嬉しさはあれど、駆け出すほどの元気も体力もなく。


ゆっくりとしっかりと地を踏みしめる。



そうして見えてきたのは、古く

失礼な話、お世辞にも綺麗とは言えない

もろそうな家がいくらか建っているだけだった。



田舎とは思っていたが、ここは時代が違うのではないかと思えるほどだった。





少しの間、あっけにとられボーっと立ち尽くしていたが


自分のすべきことを思い出し



とりあえず、一番近い民家の扉を叩くことにした。




『すみません。』



幼いからか、いつも聞いていた自分の声よりもいくらか高い声に少し、
いや、大分違和感を感じた。




トントン、と少し控えめに戸を叩けば



しばらくしてから、人がこちらへ向かう気配が。



トットッと足音が聞こえ、戸に人の影がうつる。




「どちらさまで?」




ガラリと音をたて、戸を開けて出てきたのは

自分の母親と、さして年齢の変らないであろう風貌の女。




問題だったのはその服装だ。




着物。



浴衣や、たまに、お金持ちの人がきているような着物ではない。




時代劇で村の女が着ているような、そんなもの。



家の概観だけではなく、中の人間すらそんな格好であることに
なんだかわけが分からなくなる。


まさか、タイムスリップをしたわけでもあるまいに・・・



そんなありえないことを考えて自分自身に溜息を付きそうになった。




いやしかしまて、


そもそも自分は死んだはずだ。

それがなぜか生きていて、しかも体は幼くなっているのだ。




ここまでもう、ありえないことの連続なのに。


タイムスリップはありえないだとか、今更そんなことが言えるだろうか?




「お嬢ちゃん。うちに何かようかい?」



いいかげん、何も口に出さず、ただじっと黙っている俺に不思議に思ったらしい


その女性はいぶかしげに俺を見下ろした。




『あ、・・・の・・・』



今は、西暦何年のいつだ。





なんてことは到底聞けそうに無かった。


妙な確信があったのだ。




それよりも、下手なことを聞いて怪しまれるわけには行かない。


成り行きに従って、なんとか情報を収集するほうがどう考えても得策だ。




こんなわけの分からない状況で、いやこんな状況だからこそか、


ずい分と利己的に物を考えられるくらいに冷静な自分に
拍手を送りたくなった。




『すみません。今晩の寝床を貸していただけませんでしょうか。』




するりと、なんとか言葉がでたことに内心ほっとしていたが


目の前の女性はとたんに顔をしかめる。




「あんた、戦争孤児かい?」



そんなことを聞かれて、俺はウッと言葉に詰まる。




"戦争孤児"そんな発想が容易にできる時代なのだ。やはり。



そして、幼く、ぼろきれのような着物を身に着けた
行くあての無い俺は。

ソレを肯定するべきであると瞬時に悟った。



『えと、・・・・』



肯定しようにも、やはり口にすることが少しためらわれて

言いよどんでいれば、女性はソレを肯定と受け取ったらしい。




「・・・すまないけど、うちにはあんたみたいな童をおく場所なんてありゃあしないよ。」




少々めんどくさそうにはき捨てられたその言葉に、


俺は酷く衝撃を受ける。



考えてみれば、戦争なんてよく起こる時代なのだろう。


当然、戦争孤児などというものも数多くいて、


そんな時代のことだ、一般家庭も裕福であるわけもない。



そんな態度をとられてもなんらおかしくは無いのだ。



しかし、そうは理解できても

所詮は現代で生きてきた平和ボケした一男子。



ましてや、顔のつくりの良い俺は

困りごとがアレばまず誰かに助けをもらえた。




だから、戦争孤児という。

なんとも恵まれない境遇である子供に、

そんな態度で接せられるとは思いもしなかったのだ。



酷く、驚いた顔をしていたであろう俺を見て、


目の前の女性も、さすがにバツが悪くなったのか

少し視線をそらすと、そのまま家の中へと入っていこうと足を動かした。




『ま、まって、待ってください!一晩、今夜だけでいいから、
   あの、馬小屋でもなんでもかまいません!屋根のある場所を貸していただけませんか。』




ここで引き下がってしまっては駄目だ。


本能的にそう思い、身を乗り出すように声を上げた。



女性は、ピタリと動きを止めてから顔をしかめたまま、
小さく口を開いた。




「・・・うちの隣にある馬小屋なら貸してやるよ。」



あまり関わりたくないのだろう。

女性はそうこぼすと、すぐに戸をぴしゃりと閉めてしまった。



『っ、ありがとうございます!』



聞こえているかは分からないが、できるだけ大きな声で頭も下げた。



どうやら、最悪の事態は避けることができた。


疲労感はもうピークである。


すぐにでももう倒れこみたいくらいに疲れている俺は

ノロノロとした足取りで隣の馬小屋らしき建物へと向かった。




中に入れば、少々小ぶりの馬が一頭だけ。



小さなスペースに、干草を分けてもらい。その上に腰を下ろす。




『ふー・・・』



深く息をついてから、体を横たえた。



突然来た異物に、少し警戒するように馬はブルルルルッと鼻を鳴らした。




『ごめんごめん。今晩だけだから。俺がいること許してよ。』




苦笑い気味にそうつぶやけば、通じているわけでもないだろうが

馬は俺から視線をそらし、ただ干草をムシャムシャと食べ始めた。





その光景に、今日起きた色々な出来事の不安が
一気にのしかかってきた。



何も分からないのだ。


未知とは恐怖そのものだ。




大丈夫。大丈夫。



『なんとかなるさ・・・』




自分に言い聞かせるように、言い知れない不安を隠すように


そう、つぶやいた。




明日のことは明日考えよう。











目をとじると干草と、動物特有の匂いが鼻についた。


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