気づけば息もできぬほど


大丈夫。



大丈夫だから。


きっと俺はなんとかやっていけるから。



ただひたすらに、自分を励まし続けて頑張るしかなかった。



誰がこんな俺の弱音を聞いてくれる?



そんな人がいるわけがなかった。

あたりまえだ。

気がつけばいくらか縮んだ体に
性別まで変わってしまった己の姿。



初めは自分ですら自分のことを信用できなかった。



この世界は俺の知らないことであふれかえっていた



けれど、それを優しく教えてくれる親や教師なんてものも

存在しなかったのだ。




どれだけ自分になにか言い聞かせても
本当に信じれるものなんてなかった。


自分の身可愛さに、
生きるためとはいえ、一度は自ら踏み入れた薄汚れた世界から


ひたすら逃げた。



助けを求めてやって来たところには
もちろん俺の居場所なんてなかった。




正直、それははなっから期待はしていない。

けれど、こうもまぁ拒絶を見せられるとも思ってはいなかったのだ


苦しい


辛い


痛い


悲鳴を上げる心に
それでも俺は囁き続けた。


大丈夫。


男だろ



日に溜まって行く痛みを吐き出す術を
俺は持っていなかった


だから、風船が空気を入れ続けると割れてしまう様に


その夜。


俺のなかでなにかが割れてしまったのだ。


だから、余り知りもしない男相手に
散々わめき散らして弱みを見せてしまった。



とんだ大失態だ。



だけど、人に抱きしめられる暖かさを思い出してしまえば、

目から溢れ出たそれを止めることが出来なかった。



やんわりと撫でられる背中に
酷く胸が締め付けられた。

痛くてたまらなかった。


さみしい


寂しい



『お前のせいだ・・・』


お願いだから


『1人にしないで』


小さく小さく呟けば
返事の代わりに、そいつは強く俺を抱きしめかえした




覚えている。


そりゃあ昨日のことのように。

いや、実際昨日のことだ。


だから、朝起きて


隣で俺の手を握りながら深い呼吸を繰り返すこの男に
文句を付けるのはお門違いで


悲鳴をあげて、コイツを叩き起こすほど女に
俺はなりきれているわけでもなかった。


身じろきをして、握られた手をそのままに
体を起こせば、何の心配もいらなかったらしい。



男。たしか、勘右衛門?

はスッと瞼を押し上げた。



流石忍者の見習いを5年もしているだけのことはある。

どうやら寝起きはすこぶる良いらしい。

「おはよう」

『・・・おはよう。』


なんだか気が重たくなって、
やけに重く感じる唇をゆっくり動かして返事する。


「・・・ねぇ、昨日はまぁあれだったけどさ、

昨日言ったように、次寂しいなんて俺の前でいったら食っちゃうよ。」



男としての欲目を隠すことなくケロリと言ってしまった勘右衛門は
もういっそ朝日の様にすがすがしい。


『だめ。やだ。・・・でも、もう夜を1人で過ごすのもやだ。』



いくらなんでも、男としてのプライドが少しでも残っている今。
男に抱かれるなんて真っ平御免だ。


「わがまま」


『お前のせいだ』




そう言えば、勘右衛門は横になったまま

ため息をこぼした。


ため息をつきたいのはこっちのほうだ。



「・・・さみしくても、三郎は頼っちゃだめだからね。」

『・・・なんで。』

素直に疑問をこぼせば、ムクリと体を起こした勘右衛門が


再びため息をこぼす。


「馬鹿。逆になんでそんなに三郎のこと信頼してるの。」


「食べられちゃうよ」と、言われて、ふと昨日のことを思い出す。



そういえば、すでにキスはされたもんな・・・


それも深いの・・・・



ぼーっと考えていると、いまだに繋がれていた手をグッとひかれる。


そのまま空いたほうの勘右衛門の手で顔を固定される。

「何考えてたの?」



『鉢屋君のこと。』



そう素直にこぼせば、グッと眉間にシワをよせた勘右衛門。


それから、少しだけ間をあけてからニヤリと目を細めた。


「そろそろ、食堂にお手伝いしに行く時間でしょ?

着替え、手伝ってあげよっか。」


『・・・食べられちゃいそうだから、遠慮しとく。』

「ちぇっ、」

少し不満そうに唇を尖らせると勘右衛門はそっと手を離した。


さっき、彼が言ったように、そろそろ時間のようだ。



『ほら、さっさとでていってよ、着替えるから。』



立ち上がって背中を押すと、
嫌々勘右衛門は閉じられた部屋の戸へと歩いていった。




「初めてはぜったい俺に頂戴ね?」




勘右衛門の捨て台詞に盛大に顔をしかめてやると、
満足したのか、にこりと薄く笑ってそそくさと部屋を出て行った。






尾浜勘右衛門という人間は、
俺にとって異常な存在だった。





狸のように、クリクリとした大きな黒目の愛らしい顔立ち。



あの男は、その顔立ちには似合わないほど観察力に優れていた。




たったひとつの小さな動作だけで、

全て見透かされてしまうような・・・そんな居心地の悪さがある。




はじめは、敵意むき出しの嫌悪感ありありで俺に話しかけたくせに、

気づけば慰めるように俺を強く抱きしめ、そばにいた。




男の欲望丸出しで、嫌いな人種のはずなのに


あの目に居心地の悪さを感じているくせに。


朝起きて、握られていた手のぬくもりに



酷く安心感を覚えている。




『これは・・・・人に飢えてるな・・・・俺・・・。』




知らない人間に嫌われようと、どうってことない・・・・






駄目だ・・・・







嘘。






知らない人間だろうと、わけも分からず嫌われるのは




やっぱり、辛いのだ。






どれだけ意地をはったって、痛いものは痛い。






昔は、それでも回りにたくさんの愛があった。





いろんな女の子が、俺に愛をくれた。





大丈夫だったのはそのおかげなんだよ








だから、今はこんなにも足元がぐらついて


今にも倒れそうに不安定なんだ。







どうか、






どうか俺を愛して



俺に、





『愛をください・・・・』





口にすれば、ソレはどこにでもありそうな


なんとも安っぽい響きを持っていた。



痩せこけ、飢えた動物はすぐに死んでしまうよ。




これからも俺は


理不尽な暴力に身をゆだねるしかないのだろうか


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