触れたるは彼女の過去


今日は朝から酷く騒がしかった。



問題は最近この学園に来た女。



確か冬真とか言ったかな



その子と潮江先輩の乱闘騒ぎ?が食堂で行われていたらしい。


まったく、こんな朝っぱらから先輩もよくやるよねぇ





朝起きてから、いつもの5人で食堂へ向かう途中。

廊下からすでにそのざわめきは聞こえていた。


潮江先輩の怒鳴り声が聞こえるあたり、


あぁ、またあの人つっかかってんのか。


とか、なんとなしにそんなことを考えただけだった。






他人の俺としては潮江先輩が誰を嫌おうとも、
あの女が誰に嫌われようとも


つめの先ほども興味がなかったからだ。








だけどもびっくり、食堂についてみれば女の胸倉をつかむ潮江先輩に


赤くなった頬に、口元からかすかに血の色を見せ、

まるで親の敵とでも言わんばかりに潮江先輩を睨み付ける女。






美人が怒ると怖いとはよく言ったもんで、

きれいな顔立ちだと怒った顔がなんというか際立っているのだ。





その表情にゾクリと俺の背中を何かが駆け上がったのを感じた。








それから、潮江先輩はもう一度女を殴りつけるつもりのようで


拳が天井へと突き出される。









あーあ。

万が一にもあの女はただの女という可能性も秘めているというのに



そんなに一方的な暴力を振るっていては後々目も当てられないことになりそうだ。











まぁ、止めようとも思わないけれどね。







ほかの4人もそのつもりだろうと傍観を決め込む体制でいると、


不意に俺たちの中からひとつ群青が飛び出した。










隣で、「三郎っ?」という小さく息を呑む雷蔵の声が聞こえたから

あれはたぶん三郎なんだろうけど・・・








かっこよく登場した三郎は潮江先輩と女の間に体をすべりこませ
振りおろされた拳をしっかりと受け止めた。



って、いっても。もう一回殴られてるみたいだし。

そこまで格好がついているわけでもないけれど、




それでも、殴られることを十分に覚悟していたらしい

女の意志の固い、刀の切っ先のような鋭利な眼光は



心底驚いたらしく、元から大きな眼をさらに大きくさせて



ちいさく三郎の名前をこぼした。






三郎の行動には俺たち4人とも驚いたけど、そのまま成り行きを見守っていると

三郎が食堂のカウンターから女を連れ出してこちらに向かってきた。







俺たちを通り過ぎる際、チラリと視線をむけ、


まるで犬でも呼びつけるような口ぶりでハチの首根っこを引っ張った。



仕方なしについていくハチに、数秒その場に固まっていた雷蔵も
あわててその後を追っていった。








ついていく必要も感じられなかった俺と兵助はそのまま立ち尽くし、


ただ友人3人の後姿と女を見送った。








へらりと口元を緩めながら、よくもまぁ世話を焼けるもんだと

若干の皮肉も混じった労いの意をこめて手を振った。













「三郎もだけどさ、潮江先輩もあんな女のことほっとけばいいのにね。」








手を振りながら小さくそんなことをこぼせば隣にいた兵助は
チラリと俺の顔に一瞬目をむけたものの、



まるで何事もなかったかのように食堂に足を踏み入れ


いまだ騒がしい中、のんきに豆腐を注文していた。









まったく。







マイペースにもほどがある。








小さくため息混じりに肩を落として、俺も注文するべく兵助の後に続く。











注文の定食を受け取り、あいてる席に二人で腰掛ければ


先ほどの出来事の話があちらこちらから聞こえてきた。







少し耳を傾けてみれば





『ちょっとやり過ぎかもしれない』だとか『あんな仕打ちは当然だ』という






賛否両論の意見。








黙々と豆腐を口に運ぶ兵助を横目に俺は思考する。







どちらかといえば俺はあの女に好意的ではない方の人間だ。









だって最近のことから外部の女にろくな思い出がないから。








でも、考えてもみろ。結局のところ今までの女が俺たちに何をしたにしろ


狂気にも似たあの恋愛感情を抱いたのは俺たちで




その原因は俺たちの弱さにあるのだ。






現に、ちょっと悔しい話。三郎は今までの女の妙な雰囲気?に惑わされたことはない。








俺が知らないだけで、そんなやつはまだこの学園に多くいるだろう。







女に対して好意的にはなれないが、しかし女に罵倒や暴力を浴びせるのも何か違う。





それはただの八つ当たりに過ぎないし。






今の潮江先輩や一部の忍たまたちを見ていると


悪い感情ではあるが、執拗に女に執着しすぎに見える。



女を嫌うあまり周りが見えていない。








それでは結局、前の状況と変わりないんじゃないだろうか。

























朝駒をとって、それから授業、昼と過ぎて夜。




風呂場で今日の朝あったことに三郎がハチをいじっていたりしながら


何があったのかを理解する。










三郎はあの女の容姿かいたく気に入っているらしい。










ずいぶんとご執心じゃないか。








湯船に口元までつかっている雷蔵もどこか気まずそうに


のぼせてか、はたまたその時のことを思い出してか頬を赤くさせながら

ブクブクと風呂の湯を揺らしていた。








「まぁ、確かに。もと遊女って言うだけあって綺麗な人だよねぇ・・・。」








でも、それだけじゃない?





そう湯につかりながら俺がこぼせば



なぜかうきうきと上機嫌に三郎は口を開いた。








「お前たちはまだわかってないなぁ〜私は冬真のあの綺麗な顔を歪ませたところが見たいんだよ。」








とんだ糞野郎だ。





三郎のそんな性癖は聞きたくもなかったが、なぜかうなずいているハチにも疑問を飛ばした。







「なんかそれ俺ちょっと分かるわ。あの高慢ちきな態度を改めさしたいというかなんというか。」







ちょっとそれは危ないんじゃないか・・・






「それ、ハチ人間としてみてる?動物の調教じゃないんだからね。」







あきれたようにそうこぼせば、あたりまえだとムキになるハチ。





何を想像したのか、雷蔵はいっそう顔を赤くさせて湯船に沈んでいる。





これ以上ハチと三郎の話がヒートアップしないうちにと、

俺は先に風呂場を後にした。










今日はいつもより話しこんでいたせいか、体のほてりはすぐに冷めそうもなかった。










夜風に当たりながらと、縁側を悠々と歩きながら自室を目指す。




職業柄、夜目に慣れている俺は薄暗い中にぽっかりと浮かんだ月に目をやった。




満月に近い。




明日ぐらいが満月だろうか。






そこでふと、縁側の奥に白い塊が見えた。







まさか幽霊なんてものを信じているわけでもないが、

少しドキリとさせられたそれに、よく目をこらしてみる。





どうやら人間だ。


緑交じりの綺麗な長い黒髪が、夜に解けるように着物の白に散らばっている。








もしや噂の女ではないか。








俺の進むその先に、その白い塊はいるのだけども

そのまま、進路を変更する気にもなれず、思考しながら止めていた足を再び動かす。






一歩一歩、着実に近づいていくが

女が俺に気づく気配はない。






もしかして寝ているのだろうか。





そうこうしているうちに、目の前に近づいた女をみてみれば

小さく震えているのがわかった。







なんだ、泣いているのか?







「・・・ねぇ。」







何の気なしに声をかけてみれば、小さく震えていた女の肩がぴたりと止まった。




それから、ゆっくりとした動作で顔を上げ、立っている俺の顔を見上げた。







泣いているのかと思ったが、その瞳は夜にもかかわらず


鋭い光を失わず、凛と俺の姿を映していた。







「こんなところで何してるの?」







声の主の正体を確認したからか、女は興味をなくしたように少し目線を下げた。




しかし、一著前に警戒はしているらしい。




俺から見れば小さな手がぎゅっと自分の着物の裾を握っていた。






『別に、何も・・・』






ちいさくつぶやいたはずの女の声が嫌に響く。






「寝れないの?。」






今までにここに来た女の多くはもう就寝していたような時間だ。


疑問を投げるも女は返事を返さなかった。






「あぁ、そうか。」






俺が口をひらけば、おんなはピクリと反応を示した。







「元遊女だもんね。男でも誘おうとしてたの?」







嫌みったらしく笑顔でそうこぼせば、案の定。女の鋭い瞳が俺を刺した。






「俺が相手してあげようか?あ、でもお金はとらないでね。」






目線を合わせるようにしゃがみ込んで距離をせばめると

三郎お気に入りの綺麗な顔がよく見えた。






『下衆。』





刺すように呟いた冷たい声色でそう一言だけもらす。




思わず口元に笑みを浮かべてしまった。




この女。見ていて気づいた。








「男が嫌いなの?」







何が言いたいんだと、




俺の確信めいた質問に否定もせず、肯定もせず


女は眉間にしわをグッと寄せた。






「遊女だったんでしょ?あぁ、身寄りがなかったからか。」






ささやくように、徐々に耳元に近づくようにそう言えば、



今まで毅然としていた女の表情に少し変化が見られた。







「なんでだろう・・・兄弟、それとも父親?」






父親というその単語に、自分では気づいていないようだが大きく表情を変えた。




鋭く光っていた瞳は、光をなくした。






「そう、父親か・・・乱暴でもされたの?」





その言葉に明らかに態度の変わった女は小さく口をハクハクと動かした。





「わかるよ。俺、そんなやつ見たことあるし。」





そいつもね、夜になると体を小さくして自分のこと抱きしめてんの。







ついに近づいた耳元にそうささやけば、女は少しづつ俺から距離をとり始めた。








「黙って殴られるのは辛い?それとも怖かった?」







『うるさい・・・。』







無意識だろうが、女は右腕をなんどもさすっている。



そこに昔の痣でもあるのだろうか。






「母親は助けてくれなかったの?」






『・・・・。』







「そう。知らなかったのかな?」






母親という単語に少しだけ光を取り戻したように見えた瞳。





なぜだろう。今はこの女をどん底に突き落としたくてたまらない。






おびえた様に、けれどそれを隠すような表情で俺を映すその瞳に、





またいいも知れぬゾクリとした感覚が背中を駆け抜ける。








「きっと知らないにも、うすうす感づいてたと思うけどなぁ・・・きっと、母親からもそれほど愛されていなかったんだろうね。」








とどめとばかりにクスリと微笑めば女は急に俺の胸倉をつかんだ。







『・・・自分より弱い存在をいじめて楽しい?下衆い男だな。』








強がる言葉や表情だけど、俺の胸倉をつかむ手が酷く震えている。








「・・・ほら、そうやってすぐに強がるでしょ?」







『・・・・。』












「泣かせて上げようと思って。」







ふざけるなと、口にしないものの女の目は語っていた。







『誰がお前みたいなやつに、誰がお前なんかに弱みをみせるか。』










その強い意志の中に少しの違和感を覚える。










誰が言っていたかは定かではないけれど、


女の涙とは武器ではなかったか?








彼女は遊女だ。








泣くことを武器とせず、弱みととるのか。







「・・・ずいぶんと男らしいこと言うね。」







胸倉をつかまれていようとも、女の細い腕だ。

怖くもなんともない。





何の気なしにそうこぼせば







今までこぼしそうにもなかった涙が。













女の頬をすべるように零れ落ちた。












「え、」














『み、認めたら、・・・っ、それを認めたら、俺は生きていけないからっ!!』








女の口からこぼれ出た『俺』という一人称にも驚いたが、

どうしても、涙があふれでてくる彼女の目から視線をそらせなかった。










『俺は、強いんだとっ、丈夫なんだと、思ってなきゃ・・・』











辛いんだ ―









不意に、この美しい、女の小さな体のあちらこちらに



包帯や痛々しい痣が見えた。












今にも折れてしまいそうな細く白い女の腕をつかむ。









「ごめんね。」









もう一度ささやくように耳元に口をよせた。








俺の思惑道理、彼女は涙をこぼしたけれど、









それは俺が望んでいたような感覚はくれなかった。






少しだけ罪悪感のようなものが胸に渦巻く。







思っていたのと、・・・違った。










『もう、一人じゃいれなくなるっ!!』










「ごめん。」











感情の波があふれ出た彼女から嗚咽は止まらなかった。




こんなに騒いでしまえば、誰かに見つかってしまうかもしれない。








泣いている彼女を誰かに見られてしまうかもしれない。










泣き止みそうにもない彼女の唇に、そっと自分の唇を重ね合わせた。











『・・・・うっ、・・・んぅ・・・』












何度も











何度も











彼女の息を、言葉を飲み込むように。






ひたすらに唇を重ね合わせる。






そっと逃げれないように頭を抑えて舌をすべりこませれば





こわばっていた手の力が一気にぬけて、



ただ俺の着物の裾を弱弱しく握っているだけだった。









長く深いキスの合間に聞こえるのは




さっきまでの嗚咽なんかじゃなくって




途切れ戸切れに息を吐く彼女の声。







『も、っ・・・やぁ・・・めっ・・・ふ、ぅ』







限界だと、弱弱しく俺の胸をたたく彼女に






俺は名残惜しく思いながらも唇を離した。






女は息も絶え絶えに顔を赤くして静かに涙をこぼしていた。








「やっと、泣き止んだ・・・。」








『・・・泣かせたのはあんただ。』
















それもそうだ。















「言ってなかったけどね。俺は尾浜 勘右衛門っていうの。」








『・・・・。』







「・・・冬真。寂しくなったら俺のところにおいで。寂しさなんて忘れさせて上げるから。」








優しさ半分。下心半分でそう言えば、







冬真は俺の肩に顔をうずめて、また静かに泣いた。










彼女の甘える姿とはまた貴重なものだ。

















明日からどんな目で彼女を見ればいいのだろうか。


抱きしめた彼女の匂いに。








俺の望んでいた感覚がゾクリと駆け巡った。





















どうしよう。もし本当に彼女が


寂しくて俺のところに来たなら。



同室の兵助なんておかまいなしに俺は彼女を抱くかもしれない。


back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -