変らぬ心と変る心








「っ、おい・・・何のつもりだ、不破・・・いや、鉢屋のほうか・・・」

















「それは、こっちのセリフですよ・・・潮江先輩。」









その群青が漏らした声にはやはり聞き覚えがあった。









『は、ちや・・・くん・・・。』







彼は、隈男のこぶしを片手で受け止めたまま、


俺をかばうように隈男につかまれていた胸倉の手もはらう。








「さ、三郎!!」











食堂入り口付近の、鉢屋君と同じ群青色の数人の中の一人が




少しあせったように彼の名前を呼ぶ。










あれ、顔が同じじゃないか?












「潮江先輩、いくらなんでもこれはやりすぎですよ。ホラ、下級生が怯えてしまっている。」







チラリと鉢屋君が隈男の後ろに目配せすれば










周りが息を呑んでこちらを見守っているその光景に




チッ、






と、舌打ちをこぼし、振り上げた拳を収めた。

















「あら、みんなどうしたの?何かあった?」









食堂の異様な空気に、裏口から戻ってきたおばちゃんは



何かあったのかと目を丸くさせる。













「おばちゃん。彼女、味噌汁で指を火傷したみたいなんで保健室につれていってきます。」









『え、』








鉢屋君は振り向いておばちゃんに笑みをむけると、




カウンターの中に入り、俺の手をグッとひっぱった。












「ホラ、おばちゃんに顔見られないようにして」














不意に耳元でそう囁かれ、反射的に顔をうつむかせた。









「あら、大変。大丈夫?それじゃあ、えっと・・・」








「鉢屋ですよ。」






「鉢屋君。お願いね。」







「はい。」













カウンターから出ると、彼は少々早歩き気味に食堂の入り口へと俺を引っ張る。















「ハチ、お前ついてこい。」










「うぁっ?俺?」







鉢屋君は、入り口付近にたまっていた同じ群青に声をかけ、




そのまま立ち止まることなく食堂から出て行く。












もちろん俺の手はつかまれたままだ。












「ちょ、ちょっと三郎!!」











もう一人、鉢屋君と同じ顔の男も後をおって食堂を出た。
















視界の端で、誰かがこちらに小さく手を振っているのが見えた。

































「・・・やっぱり、先生いないな・・・」










保健室に着いた途端、鉢屋君はボソリとつぶやく。










「そこ、座って。」







俺は、彼に言われるままその場に腰を下ろした。

















「はい。しっかり顔見せて・・・。」







グイッと顎を引かれ殴られた俺の頬の具合をみて、小さくため息ををつく。














「たく、あの人・・・フツー女の顔殴るか?」












そうして彼は立ち上がると、棚を探り出す。








「あーやっぱ私には分からん。ハチ、手当てしてやってくれ。」





「ったく。そのために呼んだのかよ・・・。」







まるで犬の名前でも呼ぶようにハチと呼ばれた男は



チラリと一瞬俺の顔へ視線を向けてから、鉢屋君の横へ行き




彼と同じように棚をあさりだした。








「三郎・・・お前、どうするんだよ・・・。」









今だ、気まずそうに




鉢屋君と同じ顔のその男は俺から少し距離を取りつつ




不安そうに、呆れたようにそうこぼした。








「どうするって?」





「だから、潮江先輩・・・あんな喧嘩売るようなことして・・・」





彼はやっぱり気まずそうに俺に横目で視線を向ける。







「別に喧嘩売るようなことなんてしてないさ。さすがにやりすぎだと思ったから止めただけだろ。」





「・・・でも、あれじゃあ・・・僕たちが・・・味方になった様に、思われるかも・・・」






彼は先輩との関係を気にしているのだろう。



なんとも歯切れ悪く言葉を濁す。







あんな野郎が先輩で、俺は心底同情するよ。










自然とうつむいて眉間にシワを寄せていたらしい。





こちらに近づいた鉢屋君に、もう一度顎を引かれ


顔を上げさせられた。










「・・・どっちかというと垂れ目だったんですね、この前は化粧してたから、分からなかったなぁ。」





俺の顔をマジマジと見つめてからそんなどうでも良い事をことを口にする。








「ほら、三郎。お前邪魔、どけ。」













少しばかり痛んだように見える髪の男・・・ハチ、だったかな・・・






は、鉢屋君をどかすと、俺の前に腰を降ろす。










「うわ、なかなか腫れてんな・・・」





ハチは俺の頬を見ると苦々しげにそうつぶやいた。









「・・・薬、塗りますよ。」







『ん。』








短く返事をもらせば目の前のハチの肩が一瞬だけピクリと動いた。




しかし、すぐに何も無かったように小さな便から塗り薬を指ですくう












ひやりとした、薬のついた彼の指が俺の腫れた頬をゆっくりとなぞる。






ズクリと痛むその感覚に思わず顔をしかめる。








「あんた。つくづく潮江先輩と相性が悪いですね。」








治療を受けている私の隣で鉢屋君が少し苦い笑みを浮かべる。












『・・・別に敬語なんて使わなくていいよ・・・』






さっきからちょいちょい崩れてたし。





ていうか





『あの男が勝手にきれて一人で怒鳴ってんだ・・・私は何もしてない。』









その言葉に、鉢屋君の隣に腰掛けた鉢屋君と同じ顔の男が息を呑んだ。








「こ、怖くないの・・・?」








ハチの治療が終わり、頬にガーゼを張られてから




鉢屋君と同じ顔の男にゆっくりと視線を向けた。












『怖い・・・?私が、あの男を?』








その問いかけに、彼は返事をする代わりに大きく肩を揺らした。










『冗談。・・・・誰があんな男に・・・あんな男なんかに屈するもんか・・・。』









歯を食いしばれば、口の中でまた鉄の味がした。











鉢屋君はまた俺のそばまでくると顔を覗き込むように近づけた。








「痛い?」







そう言って俺のガーゼの張られた頬に手を伸ばす。









あたりまえだ






『痛いに決まってる・・・』





少し顔をゆがめて、唇を尖らすようにそういえば彼は少し笑みをうかべた











「よく頑張りました。」













『・・・・うん。』










こんどはゆっくりと髪をすくようになでる鉢屋君の手にそのまま身をまかせた。
















「・・・三郎、お前・・・この人とどういう関係だよ・・・。」










俺が鉢屋君に黙って頭を撫でられる光景に、ハチは口元をヒクリと振るわせた。








「随分、仲・・・いいみたい・・・。」








鉢屋君と同じ顔の男も驚いたように目を丸める。














そんなことを言われても、





正直鉢屋君とは昨日あったばかりだ。




そりゃ多少私の中で彼の第一印象はよかったわけで




彼にはほかより随分と友好的な態度で接しているつもりもある。













しかし、そんなに怪しまれる関係でないことは確かだ。
















いくら鉢屋君でも男は嫌だ。













「昨日、木下先生に呼ばれただろ?その時ちょっとしゃべったんだよ。」






鉢屋君が今だ俺の頭を撫でながらそういう。











「あぁ・・・あれか・・・・」












何かを思い出したようにつぶやき、鉢屋君と同じ顔の男は



なぜか俺に同情するような視線をむけた。














『・・・鉢屋君は双子?彼は誰?』









少し眉にシワを寄せたまま鉢屋君に目を合わせると




彼は「あぁ」、と小さく声を漏らした。








「違う違う。私のこの顔はそこの雷蔵から借りているものなんだ。」







雷蔵・・・くん。









『借りてる・・・?』






まるで意味が分からないと首をひねって見せると




ハチが小さく笑いながら口をひらいた。








「三郎は変装名人なんて呼ばれてるんだよ。その顔も変装なんだ。」










なるほど、ようするに鉢屋君のその顔は雷蔵君の変装で


彼本来の顔ではないということだ。

















『ふーん・・・』




なかなかすごい話だ。






俺は鉢屋君の顔をよく見るために、彼の頬に手をあててすぐそばまで引き寄せた。






「・・・・。」









これだけ近くでみてもまるで俺には変装に見えない。





すごいな、













「おい、三郎・・・」












唇や目にだってなんら違和感は感じられない。









こんなことが出来るものなのだろうか、








特殊メイクみたいなものだろうか?






時代は違えど、技術力は勝るとも劣らず。










本当にすごいな・・・・
















しかし、ただ何をすることもなく




ボーっと鉢屋君の顔を見つめて考えにふけっていたのがいけなかったのか





























十分距離の近かった鉢屋君顔がさらにグッと俺の視界いっぱいに広がった。
































『・・・んっ、』






















「ぎゃああああああ!!」






「さ、さぶっ、さぶろ!!?」



















いきなりのことに当然ながら俺の頭はついていけなかった。
















ただ、ぼんやりと唇のその熱が気持ちよく感じてしまったのだ。
















『ふっ、・・・・・・ん、ぁ』











ついには口の中に進入した暖かい熱に




鼻から息のぬけるような声が漏れる。







そこでようやく自分の状況を理解して、













何してるんだコイツ、とか思う前に









艶めかしく絡められる彼の舌に主導権を握られていることを感じ



そこに大いに不満を持ってしまった。
















基本的に、その役割は男だった俺なのだ。







いいようにされてたまるかと、なぜかわいてきた対抗心に



俺も舌を絡め返す。








『ふっ、・・・・・は、ぁ』



「っ、」







ピクリ、と肩を揺らした鉢屋君を横目に







俺の仲の服従欲が少しだけ満たされる、






しかし、そこで彼もまけるものかと俺の舌をチュっと小さく吸う。




このやろうっ、な、なかなかやるじゃないか・・・


さすがに、息が持たなくなってしびれて来る頭に
鉢屋君に好きにされていると、




「ど、どあほー!!!!」




と、鉢屋君の頭ををものすごい勢いでひっぱたくハチ君の姿が、



「いだっ!!」



思いっきり高等部を叩かれた鉢屋君は勢いにまかせて
そのまま俺の腕の中ににたおれ込む。

息も絶え絶えに思わず彼を受け止める。





「な、なにを、なにをしてるんだお前はぁぁぁああ!!!」





顔を赤くほてらせたハチは手をワナワナとふるわせ、キッと鉢屋君を睨み付けた。


「・・・いや、なんか、・・・目の前に唇があったから・・・・」
「お前は登山家か!!そこに唇があったから、く、口吸いするわけか!?」




あー、確かに、俺も




もし目の前に俺ほど綺麗な女の人の唇があればブレーキ利かなかったかもしれないなぁ



息を整えながらそんなことを考えていると



「アンタも!!途中から乗り気だっただろ!!俺たちの存在!!」



ビシィッと音でもたてそうな勢いで俺に指を向けたハチは大声を上げる。


『いや、っなんか、・・・抵抗、する前に・・・負けるもんかという・・・闘志がわいて・・・』

「あ、あんた女だろぉッ!!な、なんつーは、破廉恥な!!」

「は、ハチ。お、落ち着いて。」



若干パニクッているハチをなだめるように抑える雷蔵君の顔もそうとうに赤い。



『そうか、旗から見れば雷蔵君とキスしてるようにも見えなくないもんな。』


ボソリとそんなことをこぼせば




ボッ、と今まで以上に顔を一気に染め上げた雷蔵君。



なんだか、色々と悪いことをしてしまったかもしれない。




俺の腕から離れた鉢屋君がガミガミとハチに怒鳴られるのを横目に
実際のところ男とキスを交わしたことにそれほど違和感のようなものを抱いていない俺は


やっぱり昔とかわってしまったのだろうか・・・・・


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