信用できる男か否か


隈の男につかまれた腕は


青紫に近い色にまで変色していた。





白い俺の腕には、それが変に目立ってしまい

通常よりもはるかに痛々しげに見える。





ヘムヘムという犬に連れられ、やってきた保健室では

白い装束をまとった新野と名乗る、おそらく先生なのだろう。



中年のおじさんが俺の腕のあざを見て少し顔をしかめる。








その光景を俺はどこか他人事のように見ていた。







こんなに白くて細い体に、なぜ暴力という強行とも取れる行動をおこせたのか、

俺には不思議でたまらない。





忍びを目指す者だ。



武術の心得などあってあたりまえ、しかも筋肉のついた若者の男。





あの状況では

大人が力のない小さな子供を殴りつけることと同等ではないのか。









腕が、痛む。








切られた首も痛かった。




裸足で走り回り、擦り傷だらけの足もだ。





それでも、痛さよりも


静かな怒りと、昔の憎悪にも似たような感情が

俺の中でぐるぐると渦巻いていた。







「・・・あなたは、この時代の酷さを知っている・・・」








今まで、苦々しげに俺の体の傷を診察していた新野さんは


小さくつぶやくようにそう言った。







「あの子達は、怒りで周りがうまく見れていないのでしょうねぇ・・・
     
              ここに来た女性とはあなたの目はまるで違う。」






まるで大事なものを取り扱うように、キレイに包帯を巻かれた俺の腕を


新野さんは悲しそうに優しくなでた。





「冬真さん・・・ですか。あなた年齢は?」





『・・・15になります。・・・おそらく。』




「15ですか・・・おそらくというのは?」





『出生があまりはっきりしていないもので。』







こんな物言いでは色々と誤解を招くかもしれないが






仕方がない。なにせ、気づいたら7歳くらいの子供の体になってたとか

そんなことを知り合ったばかりの赤の他人に言えるわけもない。






いや、長年連れ添った家族というものがこの時代に

俺にもいたとして、それでも俺はこんなことは口にしない。







墓場まで持っていくだろう。







当たり前だ。そんなこと信じれるはずなどないのだから。






嘘はいっていないし、あながち間違ってもいないのだ。







「そうですか・・・幼いころから遊郭に?」






『まぁ、そうなりますね。』






この時代で7歳とはまだ幼い部類に入るのか。




それは少し疑問だったが、まぁいいだろう。


いくらなんでもまだ7つは幼いといって差し支えないだろうし。






「失礼ですが、客をとったことも?」






新野さんは次に俺の首に優しく包帯を巻きながら少し眉を八の字にさせた。






『えぇ、ですが私はまだ見習いのようなもので。

      客といっても、歌や舞、酌をした程度ですよ。』






新野さんが包帯を少しでも巻きやすいようにと顔を上に向け、

何もない天井へと視線を向けた。





「そうですか。」





『はい、体を売ることが嫌だったので、死に物狂いで遊郭から逃げてきました。』





朝寝て、夜起きる生活、





8年ぶりに日の光をしっかりと見た気がした。






遊女は、隔離された狭い遊郭だけが自分の世界だ。






遊郭の外とは未知の世界だった。


常識もまるで違うだろう。






元遊女など、働き手があるかも怪しいものだ。






それでも拾われた身のくせして、世話になった姉様に何も言わず

あの世界から出てきた。






随分と勝手なまねをしていることは自分でも十分に理解していた。






「とてもキレイな体をしていらっしゃる。」






傷の手当を終え、新野さんは俺の目をしっかり見て微笑んだ。







少し誤解を招いてもおかしくないようなその言葉は


新野さんの口から出ると、なぜか素直に俺の中にすとんと落ちた。









下品で低脳な男。









そんな雰囲気の言葉には聞こえなかったのだ。









不思議だ。








「きっと、遊郭になどいなければ・・・あなたは幸せに暮らせていたでしょうねぇ。」







たらればの話に意味はない。





それでも、その言葉になぜか今までの俺の人生に






頑張ったねと、声援を送られたような気になった。




この人は、温かい人だ。



男だけど、少し、母さんに似ている気がした。






「大方傷の治療は終わりました。首の傷は切り傷なので菌が入らないよう

            清潔に保つよう心がけてください。
 
      それから、毎日ここへきて、包帯を変えてもらってください。」






声を漏らさず、小さくうなずくと、新野さんは安心したようにうなずき返した。




その物言いからして、ここにはいつも新野さんがいるわけではないようだ。




保健室というくらいだから、普通の学校みたいに

おそらく保険当番のような生徒がいるのだろう。






実に厄介な話である。




塗り薬とは逆に毒でもぬりこまれるかもしれんな。



まぁ、その時はその時で腹をくくろう。








「失礼します。」






そう、声が聞こえて保健室へ入ってきたのは

言わずもがな男。



群青の装束を身にまとい、手には淡い色の着物を一着持っていた。







「ごくろうさまです。・・・えっと、」







なぜか口ごもる新野さんに俺は少し首をかしげる。








どうかしたのだろうか?








「鉢屋のほうですよ新野先生。」








少し苦笑いを浮かべて男がそう答えると新野さんは照れたように後ろ頭をかいた。








「鉢屋君。あとはよろしくお願いします。」








そうか、これからのことはこの男から聞くことになるのか。







気分はだいぶ憂鬱になる。







あの隈の男のせいで、成人男性に次、若い青年にもトラウマに近い

苦手意識がでてきてしまった。








「冬真さん・・・でしたよね。その着物では動きずらいでしょう。

こちらで新しい着物を用意しましたので、どうぞお着替えになってください。」








『どうも。』







確かに俺が今着ているのは遊女のそれだ。







長いすそに重い帯。




逃げてきた時だって相当動きずらかった。



着物を男から素直に受け取ると、保健室の端にある敷居を借りて



早々に着替えさせてもらった。







重い頭の飾りもとり、あげていた髪もすべて下ろす。




なんともいえない開放感につつまれ、



小さくほっとため息をついた。







『あの、この着物はどうすればよいでしょう。』







敷居からでて、男の前に立つ。






男は少しだけ驚いたように俺を上から下までみると、




少し考えてから口を開いた。








「それはあなたのものですし、これから案内するあなたの部屋にでも置いておくと良いでしょう。


今はまだ、外に出るのは危険ですが、ほとぼりがさめてから

町にでも行って売ってくるといい。

随分ときれいな着物です。良い値がつくと思いますよ?」







なるほど、売ってしまえばいいか。






男の答えに少し感心した。





あの隈男とその他とはちがい



随分としっかり俺に受け答えしてくれる。





ちゃんと話ができる人物であることに少し安心した。







「それでは行きましょうか。」







男の言葉にうなずき、新野さんにお礼の言葉を述べ、保健室を後にする。








廊下に出て、男の後を追う。








足の傷もあり、歩幅も違う。





遅いであろう俺の歩くスピードに合わせるように男はゆっくりと前を歩いた。











何だこいつ。










あの隈男とはずいぶんな違いじゃないか。







少し俺と同じにおいがする。








『・・・君はモテるだろうね。』








少し悔しい気もするけれど、沈黙が続いたため思わすそうこぼした。




すると男は驚いたようにこちらに目を向けると





小さく声を上げて笑った。










「それはあなたもでしょうね。」










ふーん。分かっているじゃないか。











随分と久々に正面から自分の容姿をほめられたことに満足感を覚える。








これまた本当に随分と久しぶりに自分の口元が上がるのが分かった。












悪くない。












今のところ暴力を振るう様子もないし、





モテそうな雰囲気のこの男のそばにいれば





たくさんのかわいい女の子と知り合いに慣れるかもしれない。














この世界にきて女になり8年ほど、











昔と俺の思考はやはりあまり変っていないらしい。






俺はモテる男には好感を持てるのだ。






良い男って言うのは俺の仲間で、








そんで、女には優しいやつだ。


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