生きる覚悟をせにゃならぬ





体中が少し痛んだ。



干草をひけども、やはり体に負担はかかったようで



光が差し込んで、朝だと知り、体をおこせば
パキリと、体のどこかしらが音を立てた。



約束だ。早いところここを出て行こう。




休んだものの、擦り傷や切り傷が治ったわけではない。


地面に足を付ければやはり痛みを感じた。




何も言わずに出て行くのも少し気が引けたが、

もともとあの女性は俺と関わりあいたくなさそうだった。




今日はなんといっても働く場所を探さなければいけない。





『馬。ありがとな。』



何の反応も無いがそう声をかけて小屋を後にした。







まだ、朝も早いらしい。少々霧がかかって、ちかくで鶏の無く声が響いた。



働き手を捜そうにも、どうやらこの村はほとんど自給自足といっていい様子だ。


ここで探すのはおそらく分が悪い。


町。とにかく、少しでも賑わいのあるところでなければ駄目だ。



『しかしまぁ、どこへ行けばいいのやら・・・』



また当ても無く歩くのは効率が悪いだろう。

時間が惜しい今、そんなことをするべきではない。




ここには人がいるのだ。

町への道くらい、聞けば答えてもらえるだろう。



そう考え、少し先のほうに見える
畑を耕す人影に向かって足を向けた。





『あの・・・』



「あぁ?」




声をかければ俺に振り向くことも無く
曲がった腰で畑を耕し続けるご老人。




『町へ行く道をお尋ねしたいのですが・・・』




そこで、ようやく桑をもつ腕を下ろした老人はこちらへと体を向けた。




「なんでぇ嬢ちゃん。年の割りにしっかりしてんなぁ?出稼ぎけぇ?」




『まぁ、・・・そんなところです。』



やはり、"嬢ちゃん"と呼ばれたことに髪でも縛ったほうがいいのだろうか。

などとそんなことを考えた。



老人は、俺の身に付けたボロボロの着物と、裸足を見て



「あぁ。」


と、小さくつぶやいて納得したように、これまた小さくうなずいた。



おそらく、あの女性と同じく

俺が戦争孤児であると検討をつけたのだろう。





「この村から町ならそうは遠くねぇよ。そこの一本道をまっすぐ歩いてっと、
                      九つ時にはつくんでねぇか?」




少し考えるようなそぶりを見せてからそう口をひらくと、
老人は再び畑を耕し始めた。



『ありがとうございました。』



老人の指差した道へと足を運ぶ。



しかし、あの老人いわく、ここから町へはそう遠くは無いらしい。


しかし、つくのはおそらく九つ時ではないかと言う。




『九つ時というと・・・昼ごろか?』



たしか12時とかそんなんだったと思う。




今は何時かは知らない。

しかし、見るからに朝早い。


それがつくのは昼時だなんて・・・



『どう考えても遠いだろ・・・』





ぶつくさ文句をこぼしてもしょうがない。


小さく頭を抱えながら昨晩と同じようにひたすら足を動かす。



せめて体が18歳のままであればなぁ・・・

あまりにも歩幅のせまい自分の足取りに溜息をついた。















町についたのは、やはり昼時だった。


日もすっかり高くなり、町は人で賑わっている。


もうすでに、足もくたくただ。



しかし、ちゃんと町にたどり着けたことに

ようやくここまでこれたのだと、達成感というものがこみ上げてきて

少し目がウルついてしまった。



いやいや、泣くのはまだ早いぞ俺。


ていうか泣くな俺。男だろ。




しっかりと、気を引き締めなおすように、両手で自分の頬を少し強めに叩いた。



『よっし、こっからが本番だ。』



とにかく片っ端から店をあたっていこう。





こうして俺は、一番近くの店へと足を運んだ。


















しかしまぁ、やはりというか・・・


未だわけも分からず始まったらしい俺の第二の人生はそうは甘くないもんで・・・














『あの、ここで雇ってもらえませんか。』

「オメェ、いくつだ?うちはおめぇみてぇな童なんて雇えねぇよ。」






『あの、ここで働かせてもらえませんか、できることなら何でもやります。』

「何でもって言ってもねぇ・・・お嬢ちゃんにできることなんてねぇ・・・」






『・・・あの、ここで働かせてください。』

「あぁ?ダメダメ、お前さん戦争孤児かなんかか?そんな汚ねぇナリじゃ
                   うちじゃ雇えねぇよ、他をあたんな。」









駄目、だめ、ダメ。



あたって砕けるとかもうそういうレベルじゃない。
まるで相手にされないのだ。



もうすでにくじけそうである。




もう数十軒ほどたずねただろうか。


やはり今回も追い払われるかもしれない。




そうは思いながらも、やはり声を上げる。








『あの、どうかここで雇ってもらえないでしょうか・・・』



振り向いたのは、なんとも人相の悪いオヤジ。




声をかけてから少し後悔をする。

大体この店が何かも分からないまま声をかけたのだ。




オヤジは、ガラガラの野太い声を上げた。




「あぁ?オメェみてぇなひょろっこい嬢ちゃんが、うちで働けるわけねぇだろ。」




オヤジの周りの椅子に腰掛けていた、おそらくこの店の客も

下品な声を上げて笑い出した。




どうやらここは酒場のようだった。



早いところ働き口を探さなければいけないはずなのだが

断られたことに妙に俺は安心してしまった。




いやいや、俺もいくらなんでも声をかける店くらいちゃんと考えてからにしよう・・・

そう思った瞬間。



「あんた、戦争孤児かい?」



今までとは打って変わって、鈴の音を鳴らしたような綺麗な声が聞こえた。




「なんでぇ、お幸。コイツを娘にでもするつもりかよぉ。」



この酒場の店員だろうか。


客も軽口をたたけるくらいにはを知ってるらしい。



振り向けば、少しきつい印象のつりあがった目。

しかし、美人という言葉がとてもあっていて


失礼な話、こんなところで働いているのが少し不思議なくらいだった。




なかなか、好みだ・・・




「馬鹿言ってんじゃないよ。誰が好き好んでこんなナリの汚い餓鬼もらうもんか。」


しかし、その見た目とかわらぬキツイ言葉に俺の心はまた音をたてて傷ついた。



汚い、汚いって・・・


そんなに俺は酷いのだろうか・・・



生まれてこのかた、そんな言葉とは無縁だった俺は先ほどからショックで仕方が無かったりするのだ。





「今時どこも不況なんだ。戦争孤児、ましてやあんたみたいな餓鬼、どこも雇ってくれやしないよ。」



ここでの現実をビシリと突きつけられる。


いくら時代でも、こんな幼い子供にもこれほど風当たりというのは強いものだろうか。


いかに、今までの自分がぬくぬくと育っていたかをあらためて思い知らされた。





「でもまぁ、あんた。ナリは汚いけど、顔をまぁずいぶんと別嬪じゃないか。」




そういったお幸さん?に、俺はクイッと顎をすくい取られ、

視線をグッと合わせられた。




あ、やっぱわかります?


今のところ一番の長所がそれなんですけども

如何せん、着物やら何やらが汚いみたいでねぇ・・・



お幸さんの綺麗な顔が目の前にあることで正直口元はだらしなくにやけそうになっている。





「・・・そうさねぇ、なんならあたしがアンタでもや雇ってくれそうな所へつれてってやろうか?」




『えっ・・・。』



不意に言われた言葉に俺は目を見開く。


そんなもん願ったり叶ったりだ。





やはり世の中というものは必死になれば何とかなるもんならしい。



『ぜ、ぜひとも!!』




「おいおい、まさかおめぇ"遊郭"へつれてくつもりか?」



ゲヘヘヘヘと、相変わらず下品な笑い声を上げる男に俺はドキリとする。




「そうさ。こんな餓鬼でも顔さえ綺麗だったら、禿として雇ってくれんだろ。」




『え、』



思わずこぼれた声。



まさか、まさか本当にそんなことになろうとは、


いや、



『あの!!さっきから、俺のこと誤解してませんか!!お、俺、男だしっ、』




あせって若干声が裏返りながらも口を開いた。




「何言ってんだいこの子は?どう見たってアンタ女だろ?」



いや、いや、確かに小さいから女と間違われてもしかたないかもしれないけど!


俺はれっきとした男だし!!




『そんな、わけ!!』


「そんな虚勢はんなら、アンタの股の間にぶら下がるもんがあってから言いな。」




あきれた様にそんなこととを言うお幸さん。


なにを言っているんだ。俺は男だ。



そんなもんあるに決まって!!




『・・・』



あ、あるに・・・決まって・・・・




そして、公衆の面前で股に手を当ててから気づく。





『な、・・・ない・・・・』




瞬間、顔が青ざめるのが分かった。

どういうことだ・・・本当に俺は女なのか・・・?


いや、だって、


・・・そんなはずは・・・・



「?おかしなこだねぇ、まぁたとえアンタが男でも行き着く先は結局遊郭だよ。」




当たり前のようにそんなことを言うお幸さん。



そうか、そういう時代。男色というものは普通だったと聞いたことがある気がする。



ますます気が遠くなる。



「そんなに顔を青くしなくったって、見たところアンタ七つくらいだろう。
          あと数年は禿として姉様方の世話をするくらいだよ。」









― それとも、働き手もなく飢え死にでもすんのかい? ―









死にたくない。

当たり前だ。



ましてや飢えて死ぬなんてもってのほかだ。




とはいっても"遊郭"?

確かに今の俺なら禿だろう。



でも、その年も過ぎたら?



第一、俺は本当に女?





怖い



怖い



怖い。




言葉にできない、闇に足を引かれるような恐怖と不安。





それでも




ソレでも俺は・・・・







「生きる覚悟はできたかい?」








死にたくない。


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