02


「やぁ、起きたかい。いったい何があったんだい?
   たった一人で海の上を漂っていたなんて・・・。」


おだやかな声と共に目に映ったのは
優しげな笑みを浮かべた男だった。


男の言葉からして自分はいくらか眠っていたらしい。

そう理解するのに少し時間がかかった。



頭が、いや体中がまるで鉛でもつるしたかのように重かった。


一度視線を向けたきり、いっこうに口を開こうとしないソラに
困った男は小さくつぶやいた。



「最近は物騒だから・・・よく生きていたね。
ついこの間も自警団が海軍に殺されたらしいし・・・。」



その男の言葉に、ソラの重い体はピクリと反応した。


自分の心臓の脈打つ音が嫌に響いた。



まるで何かに恐れているようにソラは瞳を大きく揺らした。

重い体を無理やり起こし、男の顔を見据える。




『どういう・・・こと・・・?。』



かすれた声で、少しばかり顔をゆがませ問い詰める
ソラの瞳に男は息を呑んだ。


それは決して幼い子供がするような目ではなかった。




「いっいや、何でも自警団をやっていたはずの連中が
海賊に寝返ってどこかの島で大暴れしたらしい。

まぁ、海軍が全員処刑したから大丈夫さ。」




そう言って優しく笑いかける男の顔が酷く歪んで見えた。


どこか頭の端で理解していた、いや理解したくなかったことが

面と向かって突きつけられた気がした。




嘘だ 嘘だ 嘘だ ――




そう小さく呟き、
自身の小さな体を抱きしめるソラに男はうろたえた。


慌てる男を視界の端に入れながらもソラの頭の中は
まるで静かだった。


ただ、何度も自分に問いかけた。






― 何故私は生きている? ―






生かされた?

それは違う

置いていかれたのだ

この世界に




彼らのいないこの世界は、ソラにとって何の価値も無かった。




生きている理由が無かった。





「ソラ、おまえ   がうま な!。」


『でし ?私   だけは 心 るんだ!!。』






彼らと生きた今までの色鮮やかな時間がかすんで見えた。



全てを理解した時、ソラはひとすじだけの涙を流した。






彼女の世界は今、色を無くした。





Live or die
 ― 生か死か ―








目蓋を開けると見慣れぬ天井が目に映った。

嗅ぎ慣れぬ匂いが鼻につく



『・・・夢・・・?』



幼き日の自分を思い浮かべ、小さく呟いた。


もしかしたらこれも夢かもしれない
不意にそんなことが頭をかすめた。



そうだ、自分は傷だらけで海へ逃げ出したはずだ。

そう思い、体を起こすと腹部が激しい痛みに襲われる。



視線を腹へ向けると、
そこには幾重にもキレイに包帯が巻かれていた。




夢じゃないな ――



体中の痛みに顔を歪めながらも、
今の状況を理解しようと周りを見回す。

薬や本、医療道具が置いてあるところを見ると

ここは医務室か何かか、


鼻をつくような嗅ぎ慣れぬ匂いの正体は
どうやら薬独特のものらしい。

それが分かったところで現状は何も変わらない。



そこでふと、自分の手にしていたはずの武器が無いことに気づく。


まるで状況が読めない。

まさか、自分は捕まったのだろうか


しかし、自分が捕まって、怪我を手当てされることはまず無い。

考えをめぐらせながらソラはベッドから足を下ろした。




瞬間、体がグラリと揺れ視界がブレた。




ガシャンッ!!





『ぐっ、』




体を支えることができなかったらしい


足がふらつき何かに背中を強く打ちつけ倒れこんだ


体中を駆け巡る痛みに声をもらし、うずくまる。



すると、扉の外から数名の足音が聞こえてくるのが分かった。




数人の足音・・・海兵だろうか? ――





ガチャリとドアを開ける音に身構え、
刺すように開きかけのドアをにらみつけた。





「おー起きたのかお前・・・・何やってんだ?。」





睨みつけられているにもかかわらず、扉を開けた青年は
地べたに座り込んだソラを不思議に思ったのか

気の抜けた声をもらし、首をかしげた。



『誰だお前、ここはどこだ。』



痛む体に若干顔を歪めつつ声をしぼりだす。





「おいおい、そりゃねぇだろ。血まみれで死にかけてたお前を
           このクソゴム野郎が助けたんだぜ?。」




礼は言われても睨みつけられる道理は無い ――


と、もう一人金色の髪の男が部屋へと足を踏み込んだ。




助けられた? ――




確かに傷の手当もされていた。



赤いリボンの麦わら帽子をかぶった青年は、

ただじっとソラを見つめている。





目の前の青年達はソラを警戒しているものの
敵意は見えなかった。





『・・・先に礼を言おう。ありがとう、もう一度聞くよ
   君は・・・いや、君達は誰で、ここはどこだい?。』




いくらか落ち着いたソラは口調をやわらげ、
もう一度質問を繰り返した。


しかし、





「人に名前を聞くときは、
     まず自分から名のるのが礼儀じゃない?。」





そう質問に返したのは麦わら帽子の青年でも、金色の髪の男でもなく
オレンジ色の髪色をした女だった。



また一つ増えたこの部屋の呼吸にソラは眉を寄せる。




『・・・僕の名前はソラだよ。』




素直に答えたソラに、女は少し考えるようなしぐさを見せる。




「ソラ・・・ね。私はナミ、

       こっちはサンジ君で、こっちはルフィ。」




ナミに紹介された二人を、ソラは探るように見つめる。





― ルフィ・・・?




どこかで聞き覚えのあるその名前に内心首をかしげる。





「そして、オレの名前はキャプテン ウソップだ!。」



「・・・ゾロだ。」



「オ、オレはチョッパーだ。」




そして、また三つ新たに聞こえた声へと顔を向ける。

どうやら彼らは扉の前で待機していたらしい。


彼らが名前を名のりながら入ってくると、
さほど大きくはないこの部屋はすぐにいっぱいになった。





『・・・ゾロ?・・・そうか、ここは海賊船か・・・。』




ルフィ、ゾロ、その名前を思い出したソラは
心なしかバツが悪そうな表情を浮かべる。


彼らが懸賞金一億ベリーのモンキー・D・ルフィと
その一味だったからだ。



海軍にいた頃は嫌と言うほどその名前を耳にしたものだと、
ソラはつきそうになった溜息をこらえ、

代わりに少しうつむいた。






「アナタももう私達と似たようなものじゃないかしら・・・?
        懸賞金4000万ベリー【裏切り者ソラ】。」






その声にソラはピクリと肩をゆらし、視線を向けた。


そこには自分の顔と思われる写真が写った手配書を持った女が
感情の読めない表情をうかべ立っていた。






『ニコ・ロビン・・・?』





ソラは心底驚いたという様に目を見開き呟いた。





「ちょっ、ちょっと待って。」




ソラが再び口を開こうとした時、
それをさえぎったのはナミだった。




「ねぇ、あんたルフィやゾロ、
ロビンのことも知ってるみたいだし、
あのマントも・・・
海兵なんでしょ?なのに手配書ってどういうこと?。」



困惑した様にいうナミに答えたのはロビンだった。



「航海士さん。今朝の新聞は読んだかしら?。」



「え、まぁ途中まで・・・。」




するとロビンは手配書と、
もう一つの方の手に持っていた新聞を
近くのテーブルの上へと並べて見せた。



それを覗き込むナミにルフィたちも続いた。




「ここの記事よ・・・。」




ロビンのさす記事にナミは視線を向けた。




「海軍中佐 裏切り行為、海兵を血に染める・・・

                 何、コレ・・・。」




ナミは新聞に書かれた記事を読み、息を呑んだ。


 
「・・・っ、もしかしてアンタが!?
            海軍を裏切ったって・・・。」




『・・・・裏切った・・・ねぇ・・・

           まぁ、そうなるのかな・・・。』





ソラは周りの空気が変わったことに
あからさまにめんどくさそうな表情を浮かべた。



「オイ、それってどういうことだよ!!。」



ウソップはあせったように声を張り上げる。

しかし、




『どういうことって・・・海賊の君達には関係ないだろ』




ソラはあたりさわりの無い笑みを浮かべ
ウソップの質問を拒絶する。




「いや、どんな形であれ

      俺達がお前の命を拾った以上、関係はある。」



「マリモの言う通りだ・・・話してもらうしかねぇなぁ。」



ソラは内心舌打ち、眉間にシワを寄せる。



自分へと向けられる殺気が部屋中に広がっている。


突き刺さるようにピリピリと肌を刺激する感覚。










同じ










海軍から出て行く時、ソラが嫌というほど向けられたものだ。





『話すも何も、その新聞に書いてある通り・・・
           そうだよ。僕が海軍を裏切ったんだ。』



「だから!なんでだよ!。」



つっかかるウソップにソラはまた胡散臭い笑みを貼り付ける。



『それは言えないなぁ〜プライバシーってやつだよ。』



冗談めかして言ってみせるソラに
サンジは苛立ちを隠せなかった。



「オイ、テメェ 
    今の自分の状況分かって言ってんのか!?。」



その声にソラはうるさい、と
ジェスチャーするように片方の耳をふさいだ。



その行動がさらにサンジをイラつかせる。




「テメェ・・・」




「おい、サンジ落ち着けって!。」



今にもソラに掴みかかりそうなサンジを
ウソップは必死になだめる。



その光景を目に、ソラは耳から手を離すと口を開いた。



『僕だって馬鹿じゃないよ。
自分のおかれた状況くらい分かってるつもりさ・・・。』



無表情に言ってみせるソラに、周りは押し黙る。

その中でも、チョッパーは酷く顔を青くさせた。



それは、彼が医者であるからか、それとも体質か、
チョッパーには分かってしまったからだ。



彼女はあまりにも生への執着心が薄いのだ。





自分が動けないほどの傷を負っていることを理解しながらも、
彼女はわざと周りを煽るような態度や喋り方をしてみせる。


言い訳や、弁解。

嘘をつけばいくらでも言葉に出来るのに
それをしようともしない。



それは諦めに似たものなのだろうか?




現に、サンジやゾロは確実に殺気立っているのだ。



『それにさ・・・。』



再び口を開いたソラは今度は口元に笑みを浮かべて言った。





『謎の多いほうが女として魅力的だろ?。』











「・・・・は・・・・?。」





それは誰の声だったか、
そんなことも分からないくらいにサンジたちは目を見開く。




『あれ?もしかして男だと思ってた?
酷いなぁ〜・・・そこの船医さんは知ってると思うけど?。』




ソラはそう言ってゾロの足元に隠れている
チョッパーへ視線を向けた。



「おっ、おいチョッパー本当なのか?!。」



「あっあぁ・・・確かに・・・
  オレが傷の治療したから知ってるよ・・・。」




そこでチョッパーの頭に疑問が残る。


彼女が自分を治療したであろう船医が、
自分の性別を理解していることが
安易に想像できることは分かる。




「でっ、でも何でオレが船医って・・・。」



そう、自分のことを知らないはずの彼女には

わかるはずも無いことだ。




『・・・簡単なことさ。においだよ。』



「におい・・・?。」



『そう、この部屋の薬品の匂いが
    君の体に強く染み付いていたからね。』



彼女はよく鼻がきくらしい。


しかし、今はそれどころではなかった。




「アンタ・・・女って・・・。」




そのことにナミやウソップは目を見開いたまま
ゾロとサンジは彼女の言動が読めず
後ろ頭を乱暴にかいてみせる。



いつも冷静なロビンですら驚いた表情を浮かべる。



聡明な彼女には分かったのかもしれない。



ソラの言葉の意味が、



そんなことを頭の端に思い、チョッパーは顔をゆがめる。

今の状況で自分が女だと明かすことは自殺行為に等しい。


彼女は自分が男だと思われていることに気づいていたはずだ。


彼女は生への執着心が薄いのではなかった。





彼女は死を望んでいる。




普通ならば身動きの取れない女など、
何をされてもおかしくない


それどころか、

【死】よりも辛い【生】という選択肢もありえるのだ。




そう、大抵の海賊ならば・・・・







チョッパーはサンジへと視線を向ける。


まだ、そうとうイラついた表情ではあるが
チョッパーには絶対的な安心感があった。



どれだけイラついていようと
彼が女に手をあげるようなことは無いからだ。


ソラの思いとは裏腹に、
少しは良くなった状況にチョッパーは内心ほっとした。



すると、

いままで表情を変えず黙っていたルフィが口を開いた。




「お前もう海兵じゃねぇのか?。」




『・・・そうだね。現に指名手配されてるんだから・・・
彼女の言うとおり僕はもう君達と同じお尋ね者だよ・・・。』




ソラは思っていた展開とは違うルフィの質問に

若干眉を寄せた。



この船で気が付いて、彼らと話すこと数十分。
ルフィの感情だけ、まるで読めなかった。




手配書では満面の笑みを浮かべていたはずの彼は、
今の今までずっと無表情だったからだ。



心なしかソラはルフィを前に冷や汗をかいていた。





―― くそっ、情けないっ・・・




自分の感情を悟られぬよう、ソラは拳を後ろで握りしめた。




「よし、分かった・・・。」




再び口を開いたルフィにソラはゴクリと唾を飲み込む。

























「お前、仲間になれ!!。」












To be continued・・・


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