記憶は美化される









「俺さ、時々姉貴がうらやましいよ。」



























俺、いや私というべきか・・・まぁいいか




とにかく、俺には歳の二つ離れた弟がいた。



名前を優人(ゆうと)と言う。





優しい人であるように



   優れた人であるように





そんな思いをこめて両親がつけた名前だった。







そんな両親の思いが通じてか、
彼は優しく、自然と人から慕われるような、そんな人間だった。



無愛想な俺とは打って変わって愛想のいい、明るく元気な少年。


俺は賢いだけだったけど、優人は賢く、頭もよかった。



コインの裏と表のように正反対だった俺たちを見て







「上がチャランポランだと、下がしっかりするもんだ。」







いつだったか、近所のおじさんがそんなことを言っていた。





チャランポランって俺のことか?



少し不満に思いつつもあながち間違ってもいなかったので
俺は何も言わなかった。






「そういうところもちげぇわな。」



おじさんの苦笑いに俺はただ首をかしげていた。




おじさんは言った。






大げさに言えば、俺には人間味がなくて、弟には人間味があるらしい。


人間なんだからあたりまえだって言ったら。
おじさんは少し困った顔をしてから再び口を開いた。




「優人にはなぁ、喜怒哀楽って言うのがはっきりあるんだよ。」




確かに優人は感情表現が豊かなやつだ。




すぐ怒るし、すぐ笑うし、すぐに泣く。





彼の思考回路は単純明快で、いつもそばにいた俺は
弟が何を思っているのか、すぐにわかった。





「由良、お前はそのどれもが薄ぼんやりしてて分かりにくい。
特に、お前には怒と哀ってヤツが欠けてる様にしか俺ァ見えねぇよ。」





それではまるで俺に感情がないみたいだ。



失礼なおじさんだな。
そんなことをぼんやりと考えておじさんを見上げた。



そんな俺に、おじさんは小さくため息をついてから
そっと俺の頭にごつごつとした大きな手をおいてポンポンと軽くなでた。







「お前、ちゃんと泣いたことあるか?」








『・・・・赤ん坊のころ泣いてたよ』




もう覚えてないから、聞いた話だけどね。



そうつぶやくとおじさんはまた渋い表情をうかべる。




「つくづく餓鬼らしくもねぇ生意気なやつだ。」





つまりは俺は餓鬼らしくなくて、弟は心底餓鬼ならしい。




「あいつは、優人は素直な心底魂が真っ直ぐなヤツなのさ、嘘をつかねぇ。」



そんなところが自然と人をひきつけるのだと
おじさんはつぶやいた。




『だけど、嘘も方便っていうじゃん。』





「そういうとこはやっぱオメェも餓鬼だな。長い間生きてりゃわかるよ、
              この世について良い嘘なんてねぇのさ。」





どんな理由があろうと、偽ることはいけないことなんだそうだ。





『たとえば、私がお父さんとお母さんの本当の子じゃなかったら?』




俺がなにげなくそうつぶやけば、おじさんはぎょっとしたように俺をみた。




「・・・まぁたそんなこといいやがって・・・
・・・それでもだ。残酷なことだが、本当のことを言ったほうがいい。
                   いつかは知っちまうんだよ。」





『ふーん・・・そんなもんか。』




「そんなもんだ。」






少しの沈黙のあと、おじさんは少し気まずげに俺にたずねる。




「お前、んなこと考えんのか?」




俺は少し首をひねる




『んー・・・別にそんなことないけどさ、最近フッと思うんだよね。
                だって私と優人は似てないもん。』



顔は似てるとこあるけどね。



二カリと笑って見せると、おじさんも小さく笑みを漏らした。




「プッ、ほんとだな、そのバカっぽい笑い方はオメェら兄弟そっくりだ。」




夕日に照らされたおじさんの清潔感のないひげ面を見てると



鐘の音が辺りに響いた。


それと同時に聞き覚えのある声が俺の耳にとびこんでくる。




「由良ー!!鐘が鳴ったら帰らなきゃいけないんだぞー!!。」




遠くで、大きく影の伸びた優人がさけぶ。




「あいかわらずお前の弟はうるせぇなぁ。」




あきれたように、それでも楽しそうにおじさんはつぶやいて



俺の背中をトンッと小さく押した。



「ホラ、早く行け。弟が待ってるぜ。」





『うん、おじさん。またね』





俺は小走りに弟の下へ向かう。



その途中、少し後ろをふりかえってみたけど、
おじさんはただちいさく手を振るだけだった。






たしか、あのおじさんと話したのはあれが最後だったと思う。




『またね』なんていったけど、




おそらくもう会うことなんてないだろう。








そうだ、たぶんその日の帰り道、弟が俺に言ったんだ。





俺のことが羨ましいって








それがとっても不思議で、ぎょっとした顔で弟を見たのを覚えてる。





別に俺も弟のことを羨ましいなんて思ったことはないけど、
人気者の弟が俺のことを羨ましいと思う理由がまるで分からなかった。




「姉貴はさ、由良は強くて優しいんだ。」




『・・・・どこが?』




自分で言うのもなんだけど、俺は近所の犬にだってビビルへっぴり腰だ。



優しいだなんてただの一だって思ったこともない。



確かに怒らないけど、



それは優しさではない。
ただ単に怒るほどの興味がわかないだけだ。





「説明できねぇよ!!父さんと母さんも俺のことばっかほめるけどね。
                俺の憧れはいつだって姉貴なんだ!」





二カリと、わらってみせる弟に


あんたのほうがよっぽど強くて優しいよ





って言ってやった。








なんで二人して褒めあってるんだって


急にバカらしくなって、



家の帰り道に大声で笑った。
















たぶんその日の二日後の夜かな?













「ねぇ、由良。ちょっとお出かけしようか?」


 







『?・・・・うん。』






母親に連れられた俺は、



その日から二度と家に帰ることはなかった。








両親は、俺のことを弟になんと話したのだろうか?



捨てられて少ししてから、毎日そんなことを考えていた。





たぶん、あのころの俺にとって、



弟って存在がとても大きくて、



両親よりもはるかに大事だったんだと思う。











まぁ、今の俺には何もわかんないんだけどね 昔のことなんて










end


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