▼ act.7 先生と馬と鹿
「あぁ!!くまさん!ママ、くまさんがいるー!!」
『・・・・』
「わぁーい!!風船くれるって!!」
「あら、よかったわねぇ、ついでに写真も撮ってもらったら?」
「わぁ〜!!くまさん!しゃしん、しゃしんとろ!!」
『・・・・』
「ハイ、チーズ」
「やったー!!くまさんありがとー!!」
『・・・・・。』
久しぶりの休日。
私は遊園地に来ていた。
一人で、
いや、何も友達がいない寂しいやつ。
とか、そう言う話ではない。
むしろ友人がいたからこそ、こんな目にあっているのである。
「あ、おかぁさん!くまちゃん!!」
『・・・・・』
いままでのことからお分かりいただけるだろうか・・・・
さっきから、無言で手をふったり
かわいらしい仕草で動いてみせる私は今・・・
クマである。
つまるところ、遊園地で着ぐるみのバイトをしているのだ。
話は今から数時間ほどさかのぼる。
私の意識は軽快な音楽によって現実へと戻された。
ピッ
『・・・・・もしもし・・・・』
[もしもーし!!慎?あのさぁ、今日暇?ひまだよねぇ?]
有無を言わせない物言いに朝からテンションのやたら高い早口。
機械越しに聞こえる高い声が私の鼓膜を大きくふるわせた。
うるさい。
『・・・・まぁ、たまの休日だからね・・・予定は・・・ない、よ。』
おきたばかりの回らない呂律で、あくびをかみ殺しながら
目にかかる髪の毛を手ではらった。
[まじで!?じゃあちょうどよかった!!てか慎今起きたの?]
何がちょうどよかったのか。
私にとってはすこぶるバットタイミングである。
心地よい睡眠を妨げられ、さらにはこれから何を言われるのやら・・・
どうせろくなことはないのだ。
小さくため息をついてから頭をガシガシとかく。
『んで・・・?用事は?』
[あ、そうそう。あたしさぁ、バイトしてんだけど。今日ちょっと
急用ができちゃってさぁー代わりに行ってくんない?]
『はぁ・・・?嫌だし・・・・』
今日はせっかくの休日なのだ。
バイトなど入れてたまるものか
[バイト先の人には言っといたからさ、昼頃なんだけど大丈夫だよね]
・・・・大丈夫じゃないです。
主にあなたの耳が
『聞いてた?嫌だってば・・・・』
[いやー慎がいて本当によかったよー大事な用事だからさぁ]
『・・・・・』
彼女が人の話を聞かないのはあいかわらずで、分かりきったことだ
しかし、私の眉間に刻まれたシワはよりいっそう深くなる。
『あのさぁ、私の職業知ってる?高校教師なんだよね・・・』
[は?うん、しってっけど?]
『だからぁ・・・バイトとかしちゃいかんわけ・・・』
[えぇーマジで!?そんなんあんの?!]
『あんの・・・・』
ここまで言えば他を当たってくれるだろう、
そう、思い
安堵のため息をつこうとしたそのとき、
[まぁ、ばれなきゃいいんじゃん?]
私の息はあきらめのまじったものに変わった。
[バイト代もあんたのもんだし、こんど酒でもおごるからさぁ〜
お願いだって、もうアンタしか頼めんのいないんだよね。]
私は腹をくくるしかないのだろう・・・・
布団の中に包まっていた私は起き上がり
ベッドに腰掛けるように座った。
『たく、まずい酒だったら許さんからな・・・・』
[ひゃっほーさすが慎!!話がわかるねぇ!]
『んで、結局なんのバイト?』
[あー遊園地だよ、遊園地。]
『ふーん・・・珍しいとこでバイトしてんね』
[じゃ、場所とか時間の詳しいことはあとでメールで送るから!]
『ん、分かった・・・・』
[じゃね〜よろしく!]
プツッ
電話が切れてから静かになった部屋で
また意味もなく頭をかいた。
不意にまた音楽が流れる。
メールだ。
友人のいったとおり、地図と詳しい時間が添付されていた。
それをぼーっと眺めながら身支度をはじめる。
ここからすぐ近くの遊園地だ。
ま、なんとかなるだろ・・・・
そんな軽い気持ちで行った遊園地で、
冒頭にもどるのである。
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