現在訓練場。 そこでセティとあたしは正座をしている。 そしてあたし達の目の前には……… 「それで?一応言い訳を聞くさ」 ラビが仁王立ちで立っていた。 時が経つのは早いもので、あたし達姉妹がこの黒の教団に拾われてから2週間が経った。 部屋を案内されたあとはジョニー達が団服を作るための採寸に訪れたり、食堂で歓迎会を開いてもらったりそれなりに忙しかった。 そしてそれと同時に戦闘訓練が開始された。 現在は物語通り、元帥達は出払っていたため、訓練の相手はラビかリナリーが主だった。 なかなか英語でコミュニケーションを取ることができないあたしに変わって主にリナリーやその他のメンバーとコミュニケーションをするのはセティだったけれど。 彼らは紙片の世界に描かれている通り、妹の背中に隠れるあたしにもめげずに話しかけてくれる、とても暖かい人たちだった。 日本語で話しかけてくれるラビ相手でさえ噛むのだ。英語でとかホントむり。 そんな日を暮らすなか、あたしとセティは夜な夜な話し合って、一つの方針を打ち出した。 『強くなる。取り敢えず、先に待っている物語に適応できるレベルまで』 元の世界で、今いるこの世界のある程度の行く末を知っている身としては何としてでも強くなりたかった。 まだ姿を見せないこの物語の主人公が現れるまでに。 取り敢えずはイノセンスを自由に操れるようにすることが最低条件であると、そう結論を出した そして、その想いが先行しまくった結果が現在であった。 「俺、言ったよな?明らかに素人、それもアシーナの方は運動音痴の中の運動音痴。そんなお前達がイキナリ訓練とか言っても身体を壊すか無茶な怪我するのがオチだから俺か、リナリーか、最悪ユウがいるときに訓練しろって言ったよな?なのに!なんか破壊音するな、と思ったらこの現状さ!!!!」 「「……ごめんなさい」」 セティのイノセンスが形を得る今日まで、訓練の内容は主に体術だった。 そしてやっとイノセンスが姉妹揃ったのだ。 戦闘スタイルを早く身につけたい。その気持ちが高ぶり過ぎた。 寄生型のあたしと装備型のセティ。 翼で殴り、鎌で斬りかかられる。 訓練場でお互い思い思いにイノセンスの力を振るったところ、全身ズタボロ。訓練はラビに止められるまでヒートアップした。 「全身打ち身切り傷擦り傷だらけ……。とんだじゃじゃ馬さね、この姉妹は」 「………」 「アシーナ、よそ見しない」 「……神田だ」 「アシーナ!!」 「姉さん…!」 ラビが怒ってるのは分かる。分かるけど、神田が姿を見せたことに感激したあたしの耳にラビの説教は右から左に流れるだけだった。 神田は此方を見ることもなく何処かへと姿を消した。 相変わらずのツンですね。そんな貴方は今日も美しい 「……火判食らわせるぞ」 「よろこんで」 「姉さん!!」 ボソッと呟いたラビ。 その言葉はしっかりと聞こえた。 脊髄反射で返事をしてしまったが、もれなくセティから鉄拳を加えられた。 「……ったく…。取り敢えず怪我しちまったもんはしょうがないから二人まとめて医務室言ってくるさ。そんでもって二人とも1週間訓練禁止!!!!」 「「ラビの鬼!!!」」 1週間の訓練が禁止はなかなかに辛い。 いつ主人公が現れて物語が動き出すのか分からない今、ラビの条件はただただ焦りを生むばかり。 「何に焦ってるか分からんけどな。焦ってどうにかなるもんじゃねーし、取り敢えず今は治療されてこい。そんで婦長にしばかれるがいいさ」 「それは遠慮したい…」 「そもそも言いつけ破ったのはそっちだろうが。大人しくお縄につくんさね」 「くそ……」 「まじか………」 ラビに促されて医務室に姉妹揃って向かう。 ラビへの恨み言を二人で吐きながら。 ……婦長やだなー。 まだ婦長には会ったこと無いけど怖いのは知ってる。 あぁ、足が重い……。 「大丈夫かな、あの二人」 「まったく……。何を溜め込んでるんだか」 あとから合流したリナリーとラビがそんな会話をしているなんて、気づきもしなかった。 「……で、今度は何やってるんさ?」 「うひゃあい!?」 あれから婦長にコッテリ絞られて、精神的に大きなダメージを食らいながらなんとか医務室から帰還した。 頬にはガーゼ、身体中には湿布と包帯という一通りの治療を受けて、一度セティと部屋に戻った。 そこで雑談が盛り上がってしまい、気づけば時刻は夜中も良いところだった。 最近思うのだけど我らが姉妹、中々適応力が高すぎると思う。 そしてあたしは今、資料室のソファに体育座りして分厚い本と格闘していた。 英語の本である。 英語でのコミュニケーションをセティに任せているとはいえ、セティだって四苦八苦しながらコミュニケーションをしてくれているのだ。ここであたしも頑張らなくてどうする。 ということで勉強をしていたのだけど。 突然背後からかけられた声にまた変な声が出た。 「……ほんっと相変わらずさね…」 「ええ、と、あの、……え!?」 ラビは何度目かの呆れたような視線をあたしに投げながら、ソファの背もたれを越えてあたしの隣にボスンと腰掛けた。 それに驚いてまた変な声が出た。 「良い加減俺にも慣れて欲しいさ…。コムイとはあんなに堂々と取引してたのに」 「いや、それはその……」 ラビに慣れない訳ではない。 あたしは只人とコミュニケーションを取るのが苦手なだけだ。 コムイとのやり取りは必死だっただけ。 「初めて室長室でお前を見たときは“平凡な”女の子だと思ったのに、蓋を開けて見たらビックリ。よくあんな取引できるさ」 「その説は図々しくて申し訳ない、です…」 「と思ってたら、ここでの生活が始まってみたら今度は誰ともマトモに話さないでセティの後ろに隠れてるし」 「エイゴ、ムヅカシイ…」 「ユウとここにくる間は英語で話してたって聞いたけど」 「それは妹です……」 ラビの言葉がグサグサ刺さる。 ほんと、ダメな姉でごめんよ…。 さっきのセティとの訓練だってあたしはセティに手も足も出なかった。 このままじゃダメなのは分かってる。 江戸に箱舟、そしてその先も……。 早く、早く…。 「なぁ、何に焦ってるんさ?」 無意識に握りしめていたらしい拳にラビの手が触れる。 彼の隻眼は真っ直ぐとあたしを見据えている。 紙片の世界に描かれている彼は、こんなに真っ直ぐ人を見る人だっただろうか。 もっと、他人と見えない壁を築いて、その向こうから他人を見る人だと思ってた。 「焦ってなんか…」 焦ってるのは確かに焦ってる。 その内心を言い当てられるのは思ってた以上に動揺するらしい。 けれど、その焦りの原因を伝えられる訳がない。 その動揺を誤魔化すために吐いた否定の言葉だけど、ラビの視線は相変わらずあたしを捉えて離さない。 「これでも人を見る目はあるさ」 「……」 静かに告げられる言葉と裏腹に鋭い光を宿す視線に居心地が悪くなってあたしは俯いた。 彼は、何を探ってる? 何を知ろうとしてる? 何を仮説として立ててる? そんな憶測が脳みそを駆け巡る。 ブックマンJr.として様々な世界の記録をする役目を持つ彼だ。 もしかしたらあたしやセティの何処かしらに違和感を覚えて目をつけられたのかも。 だとしたら何としてでも誤魔化さなきゃ…… 「俺は」 思考がフルに回転する側でラビがポツリと言葉を発した。 その言葉とともに視線がフッと和らいだのを感じた。 えぇ、コミュ障は他人の視線に敏感なんですよ。 「俺は、別にあんたら姉妹をどうこうしようとか、そんなの思ってないさ。……ただ、今のあんたら…特にアシーナは凄く苦しそうさ」 「は…?」 ラビのこの接触にブックマンとしての意図は無い? え、それよりも、『苦しそう』?あたしが? 息できてるよ? 「何言ってんの…」 「セティの後ろで静かに会話が終わるのを待ってるように見えて、相手が何を考えてるのかを必死に見据えようとしてる。…どう居場所を作ろうか。立ち回りを考えて、考えて、毎日が苦しそうさ」 いやいやいや、良く人を見てますねラビさん。 その一言に尽きる。 苦しい?そんなのはラビの思い違いでないのか それをラビに指摘されたからって何になるんだ。 何も事情を知らない彼も、リナリーも、神田もコムイもリーバーも…。紙片一枚向こうに生きる彼らはあたしらとは違う。 「どれもラビには関係ないよね」 「…なかなかキツイこというさ」 「あたしは生き残る。そのためにここを利用してるだけ。このイノセンスだってそうよ。あたしは生きてればそれでいい。けれどセティだけは傷つけさせない。絶対に。そのためにあたしは」 「……その一人ぼっち精神がこの教団じゃ通じないんさ」 あたしの言葉を静かに遮ったラビは背中をソファに預けて天井を見上げた。 「そんなの…」 しってる。 ずっとずぅっと前から知ってる。 だからって彼らに依存してしまったら。 『ここに生きている彼ら』を好きになってしまったら。 いつか元の世界に帰るかもしれないその時に苦しいじゃないか。 苦しくなるのはその『もしかしたらの未来』であって、『今のあたし』は苦しくなんかない!苦しくならないために今を頑張ってるんじゃないの!この努力を否定しないでよ!! 胸から迫り上がるような感情はそのまま言葉になることは無かったけれど、代わりに視界が滲んだ。 嘘でしょ、涙でちゃうの?困る困る! 「正直な話、アシーナがコムイに最初に提示したうちの最後の条件がどうにも引っかかってたんさ。けどそれよりも先に教育係として気にかけなきゃいけないことができたな。……一人で抱え込むなよ。少なくともここにいる間は」 「っ、」 「教育係として、俺が面倒みてやるさ!!」 彼はニッと笑ったんだろう。 空気が動く感覚と彼の声音でなんとなく感じた。 知らないけど知ってる場所に突然放り込まれて、殺人兵器に殺されかけた。 その殺人兵器と戦わなきゃいけない場所に保護された。 この先のことを考えると怖くて怖くて仕方ない。 けれど、その前に妹を守らなきゃ。ここの人たちと渡り合えるだけの力をつけなきゃ…。 この2週間でずっとずっと仕舞い込んでいたいろんな感情がごちゃ混ぜになって涙として流れていくようだ。 とっくの前に閉じていた分厚い本の表紙にポツポツとシミを作っていく涙。 あたしは、苦しいのだろうか ラビは何も言わずにあたしの頭をポンポンと撫でてくれる。 いつもならこんなラッキーハプニングに奇声の一つも上げるのだけど、嗚咽を堪えるのに必死でむず痒い想いがただ、爆発しそうで。 「安心するさ。俺が教育係として面倒見るからにはちゃんとサポートしてやる」 「ん……」 この世界に訪れて14日目。 ラビに頭ポンポンされるという、こんなに美味しい思いをして良いんでしょうか。 どうやらあたしはお先真っ暗でも小さな灯火を手に入れているらしかった。 もし物語通りにこの世界が進むのなら。 ラビや他のメンバーは一緒に死闘を潜り抜けていく仲間になる。 それならば、少しだけ、頼っても良いですか 「まずは英語の会話さね」 「いきなりハードル高いですね!?」 「テンションが忙しいやつさ」 back ![]() |