「君達が神田くんが連れて帰ってきたイノセンス適合者だね?」 「んー、そうらしいですーー」 「動くなよ。動いたら、切る」 あたしがまさかのイノセンスを発動させた直後。 背後から突きつけられた刃と共に告げられた言葉の主は神田ユウだった。 突如として美形を拝むことができたあたしは彼の言葉の半分も聞いていなかった。 代わりに妹が対応してくれたらしい。 神田に本部に連行されている間妹から聞いた話によると、どうやら神田はあの地で任務があったらしい。その任務の対象は、あたし達が襲われていたあのAKUMAの大群。 AKUMAの大群を追っていた神田は遠目に、突然AKUMAの群れが消滅したのを見て急いでその場に向かったらしい。 そして、その場にあたし達姉妹がいたと。 どうやらその地にはイノセンスがあったらしい。神田はそのイノセンスの回収も兼ねていたのだが、その回収したイノセンスの適合者が、今度は妹。 見たこともない服装で、英語ではない言語。 明らかに怪しい二人組であるが、イノセンスの適合者であることだけは間違いないので本部に連行する。 つまりはそういうことらしかった。 ………よくあの神田ユウがそこまで説明しましたね。 そしてお母様。あたしたち二人に英会話教室に通わせてくれてありがとう。まさかこんなところで英語を使う羽目になるとは思ってもいなかったです。 そして現在。 室長室にてコムイ室長、リーバー班長とあたし達は会談中である。 「えっと……出身地は?」 「…………」 「ね、姉さん…?」 「君たちは何故イノセンスを……?」 「………」 英語で質問してくる室長。当然だ、この世界での共通言語は英語なのだから。 あたしだって英語で会話することは、まぁ人並み以上には出来るわけで。 室長の質問に答えることは出来るけれど、あえてなにも反応しない。 その意図を汲み取ったのかどうかは分からないけれど、最初は隣で訝しげにしていた妹も今は大人しくしていた。 「…えっと……」 「“通訳を”」 「え?」 「“通訳、及び中立的な立場である人物の立会いを希望します”」 わざと日本語で告げたあたしの言葉は意外にも、室長室に響いた。 数分後に現れた立会人はあたしの思惑通り、ラビとブックマンだった。 「ン゛ンッ」 「姉さん」 彼らから見えない位置で妹から殴られる。 地味に痛い。これが3つ下なんだよ、信じられる? 「……“ワシらが立会人として通訳を担わせてもらう。こっちはラビ。ワシはブックマン。名は無いのでそう呼んでもらいたい”」 「“よろしく”」 日本語でされた自己紹介。 流石のブックマンの適応力に驚きつつも握手を交わす。 ブックマンの背後にいるオレンジの彼が気になって仕方がなかったけど、今は我慢する。 「“それじゃあ、本題にはいらせてもらおうか。リーバー君”」 コムイの言葉を綺麗な日本語でブックマンが翻訳してくれるんだけど…。 すごい、シュール。 「“神田ユウの報告ではAKUMAの大群が突如として消滅した場所にてこの二人を発見したそうです。出身地などは一切不明。ただ、回収したイノセンスの適応者であることと、寄生型のイノセンスの持ち主であることは確かです”」 「“ありがとう。…僕たちが君達二人に聞きたいことは簡単だ。……君達は何者だい?”」 コムイの眼光がスッと細められる。 机に手を突き、口元を隠すように手を組む姿は室長の威厳に満ちている。 「“……あたしの名前はアシーナ。こっちは妹のセティ。あたしたちは。あのAKUMA?っていうのに囲まれる前まではこの世界で何をしていたのかとか、全く分からない。とにかく妹を守らなきゃっていうのに必死で…。でも、人間として生きていくための知識はある。分からないのは何でこの場所にいるのか、ということ”」 しおらしい演技をするあたしを隣の妹…セティがすっごい訝しげに見ている。 ちなみにあたし達の名前はもちろん偽名である。この世界にいつの間にか二人して立ち尽くしていたとき。AKUMAに囲まれた直後に二人で決めたのだ。『これは夢だ。夢らしく楽しくやろうじゃないか』と。名は力を表す。ならば元の世界でただの学生として生きていた時の名ではなく、このある意味非現実的な世界に適応出来るように新たな名を名乗ろう、と。 「“アシーナにセティちゃん、ね。…分からないっていうのは…”」 「“そのままの意味です。”」 「“つまり、セティちゃんに関することや生活に関すること以外の記憶がない…?”」 コムイの導き出す結論に無言で返す。 別にあたしは記憶喪失っていう意味じゃない。ちゃんと記憶はある。元の世界のことだけど。 たまたま下校時に鉢合わせた妹と一緒に家に帰る途中だったのだ。元の世界では。けれど、気づいたらAKUMAに囲まれ、全く違う世界にいたのだ。 コムイが考えていることと事実に多少の食い違いが生まれたがそれがあたしの狙いでもある。 「“……君達…とくにアシーナちゃんは、不思議な力を使った筈だ”」 「“……翼のことですか?”」 「“あぁ。それを僕たちはイノセンス、と呼んでいる。そして…千年伯爵という、あの化け物達の親玉から世界を救うために戦っている。端的に言おう。君達にこの組織に協力してもらいたい”」 随分とまたストレートに。 けれど実際にイノセンスを発動させて、AKUMAを倒して神田ユウにこの本部に連れてこられた時点で、こうなることはほぼ決定事項なのだ。 しかしこの組織…「黒の教団」に属するとなると、様々なリスクを負いかねないという懸念がどうしてもつきまとう。 たとえば、人体実験の被験体。 これは今の所は安泰だけれども、今後の運命の転がりようでどうとでも状況は悪くなる。 またさらにたとえば逃れられない死のリスク。 寄生型らしいあたしはさておき、セティは見たところ装備型である。つまりはAKUMAの弾丸に触れたが最後、死んでしまう。 それにこの組織は戦いに身を投じるための場所だ。AKUMAの弾丸に当たらなかったとしてもいつでも死は隣に潜んでいる。 「………」 「“あの、”」 どうコムイとやり合おうか。そう思考を巡らせていると今まで黙っていたセティが口をおずおずと開いた。 「“なんだい?”」 「“えっと……、姉から紹介がありましたセティ、です”」 「“あぁ、よろしく”」 「“その、不躾で申し訳ないのですが、貴方達の名前は?素性は?そのことが分からない状態で組織に協力する云々の話にはお答えできないかと”」 意外と度胸があるな、妹よ。 あたしも人のこといえないけど。 セティの言葉に、これは失礼、そう言って帽子を脱ぎ立ち上がったコムイは綺麗な一礼をした。 別に彼らの素性は1から10まで知ってると言っていいんだけど。 「“僕はコムイ・リー。この黒の教団という組織の室長だ。そしてこちらが科学班班長のリーバーくん。……どうか、我々に力を貸して欲しい”」 「“紹介、ありがとうございます。……記憶があやふやである私たちで良ければ是非とも協力させて頂きたいところですが…”」 「“条件がある”」 セティの言葉に安堵したような、喜んでいるようなそんな表情を見せた彼ら。 しかし続くあたしの言葉にその表情が強張った。 セティが上手く話を繋いでくれたお陰で上手くあたしの頭の中の整理がついた。 「“………聞こう”」 「“室長!?”」 「“ありがとう。こちらとしても保護をして頂けるのはありがたい。けれどあんな化け物達と戦えっていうんだもん。だからまず1つめ。絶対にあたし達姉妹を別行動にさせないで。そして化け物達と戦うことになるならベテランといえる先輩達と必ずチームを組ませること。……2つめ。あたし達はこの力に関する研究及び実験に一切協力しない。3つめ。もしあたし達がこの組織に従うとする場合、あたし達はコムイ。貴方以外の指示は受けない。……最後に。もし、長期の一ヶ月以上出張任務が予想される場合は…。そこのブックマンと…ラビとともに組ませて欲しい”」 あとは、生活を保障してくれるというならあたし達は貴方に従います。 そう最後に付け加えた時、ブックマンの背後で腕を組み壁に寄りかかって話を聞いていたラビがこちらを見た気がした。 ……うん、にやけそう 「“……な…”」 あまりにも無茶苦茶であろう要求にリーバーが目を剥くが、関係ない。もしこれが飲めないというのならあたし達はここを出て行くし、彼らにとってそれだけはなんとしても防ぎたいところ。 つまりはこの条件が飲まれることは必然なのだ。 あたし達がイノセンスの適合者であるということで、あたし達の勝利は確定していた。 「“…分かった”」 ほらね。 あとは、いかに安全にこの世界にとどまれるかを最小限で、向こうが飲めるギリギリの条件を提示するだけだったのだ。 思考をまとめる時間をわずかにでも作ってくれたセティに感謝する。 「“君達の条件を飲もう”」 「“いいんですか!?”」 「“構わない…、というか飲まざるを得ない。それに…。彼女らはリナリーと同じくらいだろう?行く当てが有るはずのない彼女達をみすみす追い出すわけにも行かないからね。…よろしく頼むよ”」 リーバーに優しい声音で告げると、机を周ってあたし達の方に近寄ってくると手を差し伸べた。 「“こちらこそ”」 その手を、しっかりと握り返した。 「“さて、この交渉の証人は…、ブックマンとラビでいいかな?”」 「“構わん”」 「“なんで俺まで?”」 まさかラビまで日本語を話すとは。 また変な声が出るところだった。 それはさておき、ちゃっかりとあたし達の前で証人を立ててくれるあたりコムイはいい人なんだろうを…いや、いい人なんだ実際。知ってた。 「“さて、君達を仲間に迎え入れたからには色々とやらなきゃいけないことがあるからね。まずはここの生活に慣れてもらうところから始めようか。……そうだなー。……よし!決めた!取り敢えずラビを教育係に着けようか!”」 「“はぁ!?何で俺なんさ!!”」 「“だってラビ、日本語話せるでしょ?その方がこの子達も緊張しないだろうし…。ブックマンに毎回通訳を頼みにくいだろうからね。あとはリナリーも助けになるよう言っておこう。”」 「“勝手に話をすすめんな”」 「“ラビは嫌なの?こんな可愛い子達なのに”」 「“ぐっ……!”」 「“というわけでアシーナちゃん、セティちゃん!ここでの生活に心配しないで欲しい。…辛いことも多いだろうけど、僕たちも出来る限りのことをしよう”」 「“御心遣い、ありがとうございます”」 セティが丁寧に礼を述べ、その場はお開きになった。 けれどあたしの思考はラビが教育係に任命されたときから停止した。 AKUMAに囲まれた時以来である。 コムイ室長。貴方は神か。 「姉さん!行くよ!!」 「え、う、うん!」 気づけば室長室にはあたしとセティと…ラビだけ。……ラビ!?!? 「え、まって無理無理無理」 「ほら!!待たせちゃ悪いでしょっ!」 「いやいやいやいやいや」 「……なんさ、さっきの凛々しさはどこ行ったんさ」 「ああああああああああああああああ!!!!」 「姉さん煩い!!!!」 ラビに呆れられた目で見られたけどもう、それだけで無意識に声帯が震えた。 そしてセティに叩かれた。 「…取り敢えず部屋に案内するさ…っつっても、荷物無いんじゃ殺風景だろうけど」 妹よ、なぜ姉を突き放そうとする。 なんとなくラビと物理的に距離を取りたくて妹にしがみついて歩こうとすれば、それを引き剥がして自分とラビの間…つまりは3人の真ん中に立たされた。 え、マジで?ここでラビの真後ろに立たせる?素敵な後ろ姿ですねー… 「なぁ」 「ひゃい!?」 妹が後ろにいてラビから離れることが出来ないためせめてその背中を眺めていようと視線をウエストのくびれにやったところで、ラビが肩越しに振り返った。 彼の隻眼が捉えてるのは、主にあたし。 「…さっきジジイからも言われてたけど。俺、ラビね。」 生で自己紹介ありがとうございます神様コムイ様。 「もしかしてさ、通訳に俺ら読んだのって何か事情があったり?」 「…………さてなんのことでしょうか」 不意打ちで放たれたラビの言葉にドキッとする。 跳ねた心臓を誤魔化すように目線を下にして答えた。 答えは不自然でなかっただろうか。 ブックマンとして世界を記録するという目的がある彼らに『別の世界から来たっポイ』ということを何となく知られてはいけない気がした。 「えっと、ラビ、さん。私たちっていうか…姉さんは“中立的な立場”で通訳が出来る人ってコムイさんにお願いしたの。だから、私達が何か理由があってっていうことではないよ」 「……。だよなー!あ、俺のことラビでいいさ。“さん”はいらない」 「分かった、ラビね」 セティ、ナイスフォロー。 そんなやり取りをしていればあたし達の新しい生活の拠点…部屋にたどり着いた。 どうやら一人一部屋らしい。 ここでコムイ達を疑うわけでは無いけれど、別々にされるのは不安だ…。 「なに、疑ってるん?」 「ひぇ!」 「さっきから失礼な奴さ。変な声だして」 「ご、ごめんな、ひゃっ、ひ、しゃ、さい…!」 「噛みすぎさ」 「ラビ、ごめん。姉さんを虐めないで。多分ソロソロSAN値がやばいのよ」 「は?」 「ラビが思ってる通り、姉さん不安だってこと」 「あぁ、なるほど。…心配しなくていいさー。少なくともコムイはそんなことしないだろうし。ま、暫くはここの生活に慣れることさね」 それじゃ、また暫く後ー。 ラビはそういい残すとあたし達を部屋の前に残したまま立ち去ってしまった。 ラビがいる間?えぇ、まともに話を出来ませんでしたよ!! 「リナリーにも会えるかもね。もしかしたらラビ、リナリー呼んでくるのかも」 「もう、無理……」 その場に蹲る私をセティが少し呆れたように見下ろす。 「暫くコミュニケーションとか、ほんと、無理……」 「コミュ障め」 「任せた」 「……しょーがないな」 きっと、この世界に一人ぼっちで訪れていたら、コムイ達相手にあんな条件なんて提示出来なかっただろう。 この場に生きていたかさえ怪しい。 『この世界』でたった一人の肉親。 セティだけは必ず守るから。 「第一目標、ラビと話す」 「3ヶ月掛かるに100円」 「酷くない!?!?しかも安すぎ!!!」 back ![]() |