ep.1


「…何があっても姫様は私が守ります。この命に代えても。……必ず」


どこまでも光の届かないような暗い闇色の髪の少女は、幼き日に暁の空のような燃える髪の少女にそう誓った________。





夜に咲く ep.1


下を見れば断崖絶壁。
遥か遠くに谷底が口を開けて待ち構えるような山岳を私達は歩いている。

地図を見ながら先頭を歩くのは美少年、ユン。それに続いて4人の青年___キジャ、シンア、ジェハ、ゼノ___と赤髪の我らがお姫様、ヨナ。そして殿を私とハクが務めている。

色々事情があったにせよこの山岳をひたすら登るのは辛い。
ハクと並んでこの国の双璧とも呼ばれた私であるが戦闘スタイルはもっぱら暗器を得意とした物。持久力こそ必要であれ、こんな莫大なスタミナを消費し続けるのは得意ではないのだ。
そんな私の心情を知ってか知らずか…。隣を歩くハクが口を開く。
「…この山岳の奥にある村に山賊が出るからちょっくら護衛して金を稼ごうって魂胆か、俺らの姫さんは」
「まぁ、言い方は悪いけどその通りよね。…私山登り苦手なんだよなぁ…」
「ハハッ嘘つけこの怪獣女」
「殺す」

まぁ、懐事情が苦しいのはその通りなのだけれど、最後の一言で何処か見下したように見降ろしてくるハクをそれこそ殺気を込めた目で見返せば前の方から姫様が私達を呼ぶ声が聞こえた。

「ちょっとハク!ヨル!遅いー!」
「この先に目的の村がある筈だよ!頑張ってよヨル!」
「ヨルちゃん?良かったらこの僕が抱いて差し上げよ」
「「ふざけんなよこの垂れ目」」

いつの間に私達の方まで戻ってきたのかジェハが私の腰を抱こうとする。
人に触れられるのが苦手な私はお得意の暗器でジェハを牽制した…のは良いんだけどなんでハクまで大刀向けてんの。

懐事情が厳しい現在、少しでも稼ぎが欲しいという話になった少し前。その時に滞在していた町で山賊の話を聞いた私達。誰かを助けることに繋がってお金を貰えるのなら一石二兆ではないかという結論に至った。その後、町の仲介業者と話を決め現在に繋がる。

「もー、すぐヨル達はそうやってー」
「ほんと、遊ぶ体力あるならさっさと歩いてよね、ヨル。それと雷獣。気持ちは分かるけどソレは仕舞おうね。ジェハ死んじゃうから」

姫様とユンまでこっちに戻って私たちに加わる。ユンはジェハを回収するがてらハクを宥め大刀を仕舞わせた。そして私も姫様を傷つけてしまわないよう、暗器を元の仕込み場所に戻してから姫様達に近づいた。

「ねぇユン。私の思い違いかな、さっきからちょいちょい私のこと貶してる?」
「事実でしょ」
「酷いっ!」
「ほんっとだらしねぇのなー」
「ハクっ!」

ギャアギャアと騒ぐ私達。
そんな私達とは少し離れた開けた場所で周りを見渡していたシンア、キジャ、ゼノ。
ユンから受け取ったであろう地図をキジャが持ち村があるらしい方角を指差している。そしてその方角をシンアがジッと見ていた。と、

「……村、見えた」

シンアが呟いた。
これで村の正確な位置が分かる。ふざけていたハク達も先を進むべく、足を進め始めた。
「ヨル、行くわよ!」
姫様が私の腕を掴み走る。
「え、ちょ、…姫様!登り坂!無理!」
なんでこう、このお姫様はお転婆なのか。
後ろで呆れているハクを後ろに置いて、私は姫様に引っ張られるまま村を目指すことになった。








:

「ようこそ、来てくださいました」

村に着いた私達を迎えたのは白髪と立派な髭を携えた長老。
さっそく長老の家に招かれた私達は思うままに一部は寛ぎ、一部は真面目に話を聴くこととなった。囲炉裏が中央にあるだけの簡素な家の中、その囲炉裏を挟んで長老とヨナが向かい合い、私が姫様の右隣に。ユンが左隣に座った。キジャとゼノは私達の後ろに座って家の中を見渡している
ハクとジェハ、シンアは念の為外で見張りをしている。
「初めまして。私はヨナ。…それで、問題の山賊は?」
流石、我らがお姫様。直球ストレートな問いかけに長老は嫌な顔をすることなく話してくれた。
「えぇ、えぇ。そうですな。……奴らが現れたのはつい最近のことでして…。たしか1カ月もしないほどでしたかな。いきなりこの辺鄙な村を襲ってきたと思ったら目につく食料品や金目の物を奪って行ってしまった!抵抗した物は皆返り討ちに…」
長老がそこまで話すと家の外が突如騒がしくなった。
「何?」
ユンが外を見ようと立ち上がったとき、勢いよく戸が開き外から人が雪崩れ込むようにして押し寄せてきた。

私はその光景を正確に捉える前に、もう長年の癖で姫様を背に庇うようにして立膝をつき懐から暗器を出して構えた。

「ちょっとハク!何してたのよ!」
「うるせぇよ、暴力女」

私が戸の外に向かって叫べば人の山の後ろからひょいっと顔を出したハク。
…何年経っても嫌味が消えない奴だな

「こいつら、いきなり大勢で押し寄せたと思ったら俺らが止める前にこの有様になっちまったんだよ。…別に殺気とか敵意とか感じねぇし良いんじゃねぇかと」
「あんたねぇ…それでも」

「俺たちを助けて下さい!!!」
「あいつらが…!やつらさえいなければ!」

姫様の専属護衛なの!?
私が身体を震わせ叫ぶ瞬間、長老の家に雪崩れ込んできた人たちが口々に訴え始めた。

「な、なんなのだいきなり…!」

その気迫にキジャも狼狽える。

「この傷を見てください!この腕の傷を!」
村人の一人が私と姫様に近づいて包帯に巻かれた腕を翳して見せた。
包帯には僅かとは言いがたいほどの血が滲んでいてその傷の凄惨さを思わせる。
その村人は、家に押し入ってきた山賊に抵抗したところを斬りつけられたようで、傷はその時のものだそうだ。
他にも女性や子供まで、押しかけて来た人は様々だったが誰一人として無傷の人はいなかった。

「……ヨル、ハク」

誰もが押し黙る中姫様が私達の名前を呼ぶ。
なんとなくそれだけで察してしまった私はため息を一つ吐いて立ち上がった。
それに続いてキジャ、ゼノ、ユンも立ち上がり最後に姫様が凛とした態度で長老に向き直った。

「長老。私達があなた達を守るわ」

その瞬間、長老の目が見開かれる。
村人達もどよめき、ついで歓喜の声があがる。
そんな中、私は目の合図で姫様をキジャ達に任せ、村人の波を押し分けてハクに近づいた。
「姫様がここを守ると言った。なら、」
「分かってるよ」
「うん」
長年の付き合いだ。
もうお互い言いたいことは言葉にしなくても伝わるらしい。
そんな関係が私にとっては何よりも心地よいと感じる。

…さっきから嫌な気配が近づいている

ハクと頷きあい長老の家の中を見れば、話が終わったようで姫様達が一人の少女を伴って家から出てきた。
どうやらその子は今日からお世話になる宿屋の娘らしく、丁寧にお辞儀をすると道案内を申し出てくれた。
「ありがとう。それじゃあ、私達が良いと言うまではまだ家の中にいて」
私はそういうと村の出口に向けて足を踏み出す。
「あの……?」
「ちょっと、ね。ほらほら他の人達も怪我したくなかったら家に帰ったほうが良いよ」
ジェハが戸惑う少女をさりげなく長老の家に押しやり、唖然とする他の村人達にも家に入るように促す。
「向こう……人が沢山…」
シンアがある場所を指差して告げれば村人たちが顔色を変えて、蜘蛛の子を散らすように家に帰っていく。
姫様が長老たちと一言、二言交わしこちらに向かってくるのを横目で確認した私は駆け出した。
後ろに姫様と珍獣共が続く。
それぞれが何時でも戦えるように戦闘態勢を整える。
「キジャ!ゼノ!姫様を頼んだ!」
「うむ!」
「了解っ」
私は叫ぶと同時に一層地を強く蹴る。
そこにジェハが並ぶこととなり、今回の戦いも先頭を努めるのは私達二人となったらしい。
もとより暗器を使い敵を陽動するのが得意な私は先鋒を切って戦うことが多かったが、そこに機動力の高いジェハが加わり更に陽動力が上がることとなる。
そうこうしているうちに村の出口へと近づいた私達。既に山賊らしき人影がいくつも見える。
数は……30くらいか。
割と人員が潤っているらしい。

「僕がいくよ」
「りょーかい」

ジェハが高く舞い上がり敵のど真ん中で文字通り山賊を蹴散らした。
「ハク!後ろ任せた!」

ハクの返事を待たずに、私は突然のジェハの攻撃に気を取られている山賊の群れに紛れ込んだ。
懐ろからロープを掴み、長年培ってきた独特の感覚でそれを引き抜いた。
「よいしょ!」
まるで私の意志を理解したかのような、狙った通りの軌道で弧を描いたソレは、先に着いたクナイで次々と山賊の喉元を斬りつけた。
「なんだ!?」
山賊の一人がロープの先を辿り、私を視線に捉える少し前。グッと体重を前に傾けた私はその力を利用して山賊の懐に飛び込んだ。
「っ!?」
思わず口角が上がる。
私は腰から剣を引き抜いて山賊を下から斬りつけた。その傷口から溢れ出た赤が降りかかるのも気にならない。
斬りつけた反動のまま、剣を持っているのとは反対の手でロープを加減すればそれは私の周囲に群がってきた山賊をなぎ倒す。
…あぁ、なんて気持ちいい!!

と、

私やジェハがいる所とは別の場所から悲鳴が聞こえ、次いで山賊が吹き飛んできた。
ハクとキジャ、シンアも戦闘に参加し始めたようだ。
中と外を同時に攻め込まれた群れはあっという間に壊滅の兆しを見せ始める。
人間離れした龍の戦闘力と私やハクの戦力、そして姫様とユンのコンビによる弓の攻撃で、人数こそ劣るものの、こちらの軍勢が圧倒している。

「そろそろ、潮時かなっ」

姫様達にも近づいていた山賊に向かってクナイを数本後方に投げつけ動きを封じたところをロープを飛ばし喉を掻き切る。
「ちょっとぉ!ヨル!危ないじゃないか!」
「ダイジョーブダイジョーブ!」
ユンの文句を適当にあしらいハクと合流する。
「どお?終わりそ?」
「まぁ、な!」
お互いの背後に迫っていた敵をなぎ払い、背中合わせに立つ。
周りを見渡せば大量の山賊が転がっていた。
うーん。呆気ない。
シンアやキジャ、ゼノ、ジェハの方も心配いらないようで、皆んな無事で終われたようだ。
「…物足りな」
「こんの…化け物女」
「煩い」
「ってぇ!」





こうして山賊を蹴散らした私達だがこれで終わりな筈はない。
宿屋で集まり、この先の事を話した。
結論から言えば、山賊の大元を叩くが早やし。

「まぁ、虫のように湧いてくるだろうし?」
「ヨルちゃん、その例えは美しくない」
「頭を潰しちまえばこっちのモンだな」


「絶対に…村の人達を傷つけさせない」
姫様の言葉に皆が頷く。


太陽が沈み始めた空は暗い紺色に染まり始めていた。

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