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四龍を集める旅。四人の龍が姫様のもとに集ったある日。 私たちはとある山道の途中で野宿することになった。 「うあーー。こうも平和な日々が続くと腕が鈍るってもんよね」 「うん、俺はどうしてヨルが最近までの日々を平和と言えるのかさっぱりわからない」 今日の夕食の準備をしながらユンが真顔で突っ込んでくる。 皆のお母さんは今日も健在なようです。 「平和でしょー?山賊からご飯もらって、野盗から経験値もらって、強盗からお金もらう旅なんて平和以外なんでもない」 「正しくは山賊叩きのめして食料ぶんどって、ストレス発散!とかいってヨルが野盗ぶちのめして、強盗退治の報酬として一部のお金を貰った、でしょ」 「最近のユンは過激だなー」 「全部ヨルのことだろ!」 そう。最近は私の腕が鈍っていく一方な出来事しかない。四龍という戦力が増えたことで、姫様の身もそうそう危なくなることは無い。ますます思いっきり戦う機会が減っていく。 「でもいいことじゃない。ヨルが危ない目に合わないっていうのは良いことよ」 「姫様…」 「姫さん、この化け物女に人間の基準は当てはまりませんって」 「ハク、ちょっと表に出やがれ」 やっぱりハク、むかつく。 小さいときからの付き合いでこいつの悪態が減ったことは無いけれど腹が立つものは立つ。 …ちょうどいい。この際だから最近の鬱憤とハクへの鬱憤両方晴らしてしまえばいい! 背もたれにしていた木から身を離しハクに近づく。 「…ちょっとハクのことぶちのめしたくなってきたから付き合って」 「ふざけんなよ」 「おかしいな、私は真面目なんだけど」 姫様のことをキジャ達に任せて少し場を離れる。なんだかんだ言いながら私の分かりやすい挑発に乗ってくれるハク。大刀を担ぎながら後ろを歩いていたハクがおもむろに口を開いた。 「…お前が他人を手合わせに誘うとか珍しいな」 「そう?」 確かに暗器を使ってトリッキーな戦いをする私は執拗に他人と手合わせして手の内を見せることは好きじゃないけれど。先ほども言ったように私は鬱憤を晴らしたくてしょうがないのだ。 「…まぁ、私の憂さ晴らしのトリガーをいらぬ一言で引いた責任と思って付き合ってよ」 「ったく」 ここらでいいか、と場所を決めたところでお互い向き合う。 ハクは大刀を正面に構える形で。私は武器は何も構えず力を抜いて。 「ルールは?」 「…ケガしたらユンがうるさそうだし寸止め、一撃でどう?」 「悪くねえ」 「よしきた」 急所を狙い、致命傷になる一撃が寸止めで入るまで。 そのルールを聴いたハクはにやりと人が悪そうな笑みを口元に浮かべた。 やっぱり暗黒龍の名は伊達じゃないと思う。 構えるお互いの間に風が吹きよせる。木の葉が舞い、木々が揺れる。 ざあっという音ののちに訪れた静寂が、私たちの合図だった。 まず最初に動き出したのは私。軽く左右に身体を動かして、そのまま前に飛び出す。 狙うはハクの懐。外套の下から苦無を三本ほど取り出し、右手に持つ。 外套の下で苦無を持ち替えて構えるため、ハクには何を取り出してどんな初動を見せるのかわからないはず。けれど、そんな小細工が通用するような相手ではない。 一気に距離を詰める私を牽制するべくハクは大刀を横に人薙ぎするといったん後ろに下がる。 大刀を大きく横に振られたことにより懐に一発で入れなくなった私も寸でのところで後ろに宙返りをし、武器を持ち替える。ロープの先に軽い苦無が付いたものを感覚で操りハクの足元を狙う。 しかしそれを横に飛んで避けたハクはまっすぐと私の方へと走ってきた。 「っ!」 大きく振りかぶられた大刀を止めるべく腰から剣を抜き出し、止める。 「相変わらず、なんでも持ってるのな」 「っまあ、ね!」 「うお!?」 ぐぐ、と体重を乗せてくるハク。男と女の差は歴然。このままだと押し負けると判断した私は何とか右足を蹴り上げる。そこから飛び出したのは数本の細い針。 後ろに上体を反らして辛うじて避けたハク。 バランスが、崩れた。 「もらった!」 右足を蹴り上げた勢いで一度そのまま一回転してからハクを押し倒す。 そしてその首元にナイフを突きつけた。 「…っ!」 「……」 しばしの沈黙。お互いの息遣いがあたりに響く。 その沈黙を破ったのはハクの長い溜息だった。 「ったく、お前はびっくり箱かっつーの」 「は?」 「寸止めっつー割には本気で殺しに掛かってきやがるし、挙句体中のどこからでも武器が出てきやがる」 「まーハクの武器とは相性悪いよね」 「それが分かってるつーなら…」 「でも、ハクじゃなきゃここまでは無理だし」 「まぁ。確かに」 私はハクの上からどいて苦無を懐にしまう。そしてそのままハクが立ち上がるのを助けようと手を伸ばした…のに 「ぬん!?」 その腕を思いっきり下から引っ張られ地面と顔面で“こんにちは”をした 「いったい!!!何すんのよ!!え!?」 「……」 「ちょっと!ハ、!?」 とりあえず睨み殺してやろうと振り仰いだとたん、手で頭を抑えつけられる。 そしてハクはそのまま、ぐしゃぐしゃと手を動かした。 「ハク?」 あぐらをかき頬杖をついて向こうを向いているハクの顔は私からは見えない。 とりあえずこのハクの奇行が私は理解できない。 「何?」 「毛玉作ってる」 「死ね」 なお私の髪をぐしゃぐしゃと乱すハクを殺気を込めた視線で睨んでも手を止めることがない。 もう、いいや。好きにさせておこう。 私が諦めたとき、ふいにハクが口を開いた。 「何にそんな焦ってやがるのか知らねーがな。お前はいつも通りのお前だし、焦らなくていいんじゃねぇの」 私は自分の呼吸が止まるのを感じた。 “焦る”。 そう、か。ハクにはお見通しってか。 ハクの言う通り、ここ最近は言いようのない焦りと不安に駆られることが多々あった。 少なくとも暗殺という仕事を請け負っている以上、自分の感情にコントロールを効かせることはできる。それでも、自分の胸の内側からこみ上げる得体のしれない不安感が止まなかった。 …姫様を今のまま守り切れるの?姫様を守るに自分は値するの? なにも根拠のない考えが次から次へと浮かんで。自分という存在に焦りを覚えていた。 その不安を、ハクとの手合わせで払拭しようとしたのだけど。 うまく胸の内に隠したまま消去しようとした感情は見事ハクに見破られた 「…なんか悔しい」 「お前が俺に勝とうなんざ100年はえーな」 「ほざけ」 きゅっと口を結んで下を向く。 ハクの手はまだ頭に乗ったままで。 なんだかハクに甘やかされてるかもと、そんな勘違いをしてしまう。 「…ごめん。ありがと。ハクが守る相手は姫様なのに」 「まぁ、化け物女のお守なんて朝飯まえですよ」 「ほんっと一言多いな!!」 私はその場から立ち上がると、姫様たちの元へと足を向ける。 いつまでも四龍たちに任せてられない。姫様を今までも、これからも最後までお守りするのはこの私だ! なんでハクがああいう態度を取ったのかは分からない。それでも私の胸の内がすっきりしたことは確かなのだ。それはハクに感謝せねばならない。 後ろから着いてくるハク。彼に暴かれた焦りや不安よりも奥底に隠した感情と共に彼を振り返る。 「なんだよ」 「なんでもない!」 この気持ちが報われなくても、ただ一人、私の内側を少しだけ軽くしてくれれば私はそれで充分なのだ。 いつか近いうちに訪れる別れのときまでは、精一杯“私”としての生を全うしたい。 彼に背中を預けて戦える時間は、まだまだあるのだから。 私の誇りは、貴方とともにある back ![]() |