ep.2


「姫様…あなたが夜明けの暁ならば私は、夜へと向かう黄昏なんですよ」


遠い昔に1人の少女が姫へと零した言葉。
ポツリ。一言だけ零した少女の背中は誰よりも小さかった______。




夜に咲く ep.2


山賊から村を守るため滞在を決めて数日。
暫くは手応えの無い応酬を繰り返すだけだった日々が大きく動いた。

お世話になっている宿屋の娘が、山賊に攫われた。
そして彼女を助けるべく、山賊が拠点にしているという山岳に乗り込むこととなった。






「シンア、山賊の場所分かる?」

ヨルが振り向きざまに問えばシンアはコクリと頷き、ある一点を指差した。
あそこに攫われた宿屋の娘と山賊がいる。

その意図を汲み取ったヨルは、娘が傷付けられないかそのまま山賊の動きに気を配っていて欲しいと、そう伝えた。

昔から緋龍城で共に護衛として育った俺とヨル。
垂れ目野郎とは違った意味で軽い態度を取っているように思われがちな彼女だかその裏では、他人を信頼しない、昔からそんな雰囲気が漂う不思議な少女だった。
信用はしてくれてると、自惚れでなくそう思う。
じっちゃんに拾われてから、今でも他人に触れられる事を苦手とするヨル。
全身に暗器を忍ばせている故だろうが、彼女のそれは中々に酷いもので下手をしたら首の皮が……なんて惨事を俺は幾度となく見てきた。
そんな中、俺があいつに触れて武器を向けられたことは無いと記憶している。…訓練を除いて。

俺と同時に城にあがり姫さんの護衛として仕えて、あいつがどれだけ姫さんを大切にしてるかなんて嫌でも分かる。
俺にとってもイル王の忘れ形見である姫さんは大事だ。だがそれ以上に俺はヨルのことが大事なんだということについ最近気づいた。多分、姫さんの“大事”とは違う意味で。
この気持ちをあいつに押し付ける気は更々無いし、俺たちには姫さんを護るという命よりも大切な使命がある。
自らの命と引き換えにしてもその使命を守ると豪語するヨルだが、そんな使命の為に命を落として欲しく無いとは思うほどには既に俺はあいつのことを大事だと思っている。

外套のフードを深くかぶり、ヨルは俺たちの後ろを姫さんとのんびり歩いてくる。
その2人の雰囲気は今から山賊を狩りに行くのだとは思えない和やかさが漂っている。

「それでね、ハクったら私のことブサイクって言ったのよ!!!!」
「姫様…!あんな珍獣の言葉に耳を傾けてはいけません…!あのクソッタレな珍獣は私が後ほどシメておきますから!」

「……なんだと暴力女。返り討ちにしてくれるわ」
「ハッ!あんたに出来るものならね!」
「テメッ……」

聞こえてきた言葉に言い返せば更に言葉が返ってくる。
まさに売り言葉に買い言葉。
姫さんが俺たちを宥める素振りをするがこんなやり取り、ガキの頃から繰り返している。どこまで本気でどこまでじゃれあいなのかは承知してるのだろう。あまり本気で姫さんは俺たちを止めようとはしない。

「はーい、珍獣どもー、騒がなーい」
「ユン〜!ハクが虐めるの〜!!」
「嫌よ嫌よも好きのうち、ってね」
「え、何それ嫌だ」

おい、ガチトーンで引くのやめろよ

「ヨルちゃん、ハクが駄目なら僕はどうかな」
「ゼノ、ヨルのこと好きだから〜!」
「わ、私は、ひ、姫様が…!」
「………」
「うん、ありがとう、珍獣共。キジャそれ以上言ったら首飛ばすからね」

騒ぎ始めた四龍共から姫さんを守るように後ろから抱き寄せ白蛇を牽制するヨル。
相変わらず姫さん主義だな。

「おいおい血生臭いのだけは勘弁してくれよ。ヤるなら寝込みをサックリと刺してやれ」

俺は再び前を向くと歩き始める。
その後ろをゾロゾロと珍獣が騒ぎながらもついてくる気配を背中で感じる。

「ハク!そなたなんてことを!!そんな事を言ったらヨルは本当に……」

白蛇が後ろから俺に追いつき噛み付いてくる。
ギャアギャアと更に続くと思われたその言葉は突如背後からの轟音に、いや、大勢の怒声にかき消された。

「な、なんだというのだ!?」
「にいちゃん!後ろ!」
「!?」

ゼノの言葉に考えるよりも先に身体が反応した。
大刀を振り向きざまに大きく振るえば、持ち手を伝って手に振動が伝わった。
山賊の襲撃か?
そんな俺の予想は直後に裏切られる事となる。

「なんなんだ一体…ッ!」

タレ目の言葉が詰まる。
襲いかかって来たのはつい先日まで傷だらけの姿で俺たちを迎えた村人達だった。
そして俺たちの列の最後尾。
姫さんとヨルがいる場所を振り返れば。

「そなた…!何を…!」
「…!」




「なに、やってんだよ……」

俺の声が、震える。

それほどまでに唐突だった。

「なにやってんだ!ヨル!!」

振り返った俺たちの先には姫さんを後ろから抱きかかえた大勢のまま、姫さんの首筋に苦無を押し当てるヨル。
その周りには村人達がそれぞれ武器を構え、ヨル達を護るようにして立ちはだかっていた。
先ほどの怒声は山賊じゃない。
ヨルを取り囲む村人の物だと、そう思わせるには十分な雰囲気が漂っている


「………何って、長としての仕事」

俺の怒鳴り声に微塵も表情を動かさずヨルが答えた。
その目は今までに見たことがない、冷たい色を映していた。
何がどうなってんだよ…!
そもそも山賊の話はどうなってる?

「ヨル…?」
姫さんの声が震える。当然だ。スウォンに裏切られて、挙句今まで半分姉妹のように育ってきたヨルに武器を当てられているのだから。
だが、俺はそれ以上に、“俺個人として”この状況を信じたくなかった。

「姫様、貴方にはまだ生きてもらう。……我らが一族の為に」

一族…?なんの話なんだよ…

「……そっか、ヨルは…」
未だ状況を上手く飲み込めない俺の隣でゼノが呟いた。

「黄龍ゼノ。やっぱり貴方は知っていたのね」
「うん。でもまさか…」
「なんで…!ヨル……ッ!?」
「ユン!」

置いてけぼりの会話に苛立ちが増す。
突如ユンに斬りかかってきた村人を俺とシンアが弾き飛ばす。
それを合図にヨル達の周りにいた村人達が襲いかかってくる。

「村人達…!怪我してたんじゃ無かったのかい!?」
「何故なのだ…!!」
それぞれがそれぞれの困惑を抱えたまま、目の前の事に対処するしか無かった。

「アッハハハハハ!ごっめんねぇ、皆?山賊の話、あれ嘘なの」
襲い掛かってくる村人をそれぞれ弾き飛ばす中、ヨルが姫様の首筋に刃物を当てまま言い放つ。

「ヨル!」

「私が情報操作をして、あなた達を…ヨナ姫を我らが一族の村へとおびき寄せたの」
「!?」

また、初めて見る顔。
冷たい笑顔の筈なのにどこまでも哀しそうな、辛そうな、そんな顔。
やめろ、そんなお前の顔は見たくねぇ…!
なんなんだよ!

しかしそんな顔も一瞬で。
俺の戸惑いと苛立ちをまるで嘲笑うかのようにヨルの後ろから現れた村人が俺の行く手を阻んだ。
「どけ!!」
「私達の一族は遥か昔に虐げられたのよ。たった1人の王様に」

それぞれ足止めをくらい、誰1人ヨルに近くことが叶わない。
ヨルは未だ呆然とする姫さんを抱えたまま淡々と言葉を放ち続ける。

「姫さんを傷つけるなよ!ヨル!!」

ヨナ姫の専属護衛として、というよりも。なによりもお前のために。お前は姫さんを絶対に傷つけちゃいけない。俺がさせねぇ…!


群がる村人を一掃し、ヨルを追いかけようとした俺の肩を垂れ目が引き止める。
「ハク!ここでバラバラになったら…」
「うるせぇ!!!!」
反抗しようと力を込めるがそれを上回る力で白蛇にまで押さえつけられる。
ゼノだけがただ1人冷静にヨルを見つめている。
そんな状況が余計に腹立たしい。

「くそッ…!」

「せいぜい頑張ってよ、皆。私達の一族はなかなか手強いよ?だってみーんな一族の復活を望んでるんだもん!それが叶おうとしてる。…緋龍王の死を間近で見れるかもしれないってね!!」

聞いたこともないようなヨルの声。
そんな辛そうな声、聞きたくねぇんだよ…!!

「お前は!姫さんを!自分の命に代えても守ると誓ったんじゃねぇのかよ!」

埒が明かない。まるで無限に次から次へと襲いかかってくる、一族。あまりの数の多さに大刀を振るう腕が疲労を訴えてくる。
それでもヨルへ投げかける言葉だけは絶対に止めない。この手を、止めない。
絶対に届かせてやる。


********************

「………ハクは相変わらずだなぁ」

ポツリ、思わず言葉が溢れた。
“自分の命に代えても姫様を守る”
その誓いを忘れる訳ないじゃない。

「…ヨル?」
腕の中の姫様がこちらを見上げて来たのが気配で分かった。

でもここで姫様の目を見たら、全てを、終わりを迎えることが怖くなってしまう気がして。姫様の顔を見ないよう、何気なく視線を周囲へと向けた。

我が一族はその昔緋龍王の前にこの国を統べていた最強の一族だったらしい。
しかし緋龍王と四龍の力を前にしてはただの人間には抗う術はなく一族は時代から姿を消した。
緋龍王亡き後もその子孫らによる支配は続き益々生きる場所を無くした私達の先祖達は今の今まで“緋龍王から王位を取り戻す”ことを悲願としてきた。
“緋龍王”。つまりは彼の生まれ変わりを殺さなければ一族の悲願は果たされない。
静かに機を待ち続けた一族は私の代になってようやくその機会を得たのだ。
私は現代の長。初代から長として代々継がれてきた血を継ぐもの。この血を継ぐもの以外が長となることは決してなく。そしてこの血がある限り我が一族は潰えない。
私自身が緋龍城に幼い頃から入り込むということはかなりのハイリスクだったけれどやっと、やっと“この時”まで来たのだ。絶対に失敗は出来ない。せめて彼等が私を恨めるように悪役を演じなければ。
なのに。一族と今も私の目の前で戦い続けるハクは私に叫ぶ。手を伸ばそうとする。
なんで。なんで?

「ヨル。あなた…ハクのこと好きなんでしょう?」
「………は?」

意に反して間抜けな声が出た。
こんな状況で何を言っているのだこのお姫様は。さっきまで震えていたくせに

「なんで昔から頑なに護衛仲間として接するのかは知らないけれど。いっつもハクの隣にいたがるんだもの」

何が可笑しいのかフフフ、と笑う姫様。
私が、ハクを、好き?

「世迷言を…」
「そうかしら?」

真っ直ぐとこちらを見つめてくる目。そんな目が苦手だった。

“ハクの隣にいたい”

物理的にじゃない。1人の人として。
そんな想い…。

「よくこんな状況で言えましたね」
「だってあなたは私を傷つけないでしょう?」
「どうでしょうか。私は一族の長として…」

「ヨル!!」

私の言葉を遮るようにハクが怒鳴った。
つられてそちらを見ればもう、一族の中で立っているものは居なかった。
皆地に伏せ、動かない。
その中心で、ハク、ユン、キジャ、シンア、ジェハ、ゼノが怒ったような表情でこちらを見据えている。
ハクは“怒ったような”じゃないな。“怒ってる”。
嗚呼、もうすぐ。もう、少し。

「お疲れ様。一族総員で掛かったのに。やっぱり珍獣は強いのね」

「姫さんを離せ」

私の言葉を無視してスラリと大刀を向けるハク。そんなの威嚇のつもりでもなんでもないことを知ってる。
貴方に私は斬れないよ。

「うーん。そうしたいのは山々なのだけれどもこればっかりはそう簡単にはねぇ…」
「ヨル!姫様をこちらへ離せ!」
「ヨルちゃん。君は今までなんのためにヨナちゃんを守って来たんだい?」

じっと、見つめてくるジェハ。周りのことをよく見てくれるジェハは苦手だった。どこか見透かされているんじゃないかと、いつもそう思う。

「なんのため?愚問。この日のためだよ」
「でも一族は全滅した。ヨル以外は皆珍獣共がやっちゃったよ」
「残るはヨル…“黒き民”の長だけだよ」
「そうね、ユン、ゼノ」

“黒き民”

この光さえも反射しない黒い髪。
その姿になぞらえて付けられた名。

もう、終わりにしないと。

私は暗器を袖口から滑らせ手に持った。
瞬間彼等が殺気立つ。姫様の身体も僅かに強張るのが伝わって来る。

「やめろ…やめろよ!!」

私の暗器を弾き飛ばそうとこちらに大刀を振るおうとハクが動いた。
それよりも速く。
私は。






上手く微笑む事が出来ただろうか。
皆好きだった。

姫様も、ハクも、ユンも、キジャも、シンアも、ジェハもゼノも。
ムンドクもイクスもギガン船長も、イル陛下も。

________珍獣と、姫様が目を大きく見開く。ハクが大刀を捨てて腕を伸ばすのが見えた。

私に優しくしてくれた。
愛してくれた。

________なんとなく、その腕に触れたかった。腕を、伸ばしてみようか

ただ、一族の長としての道具だけでなく。
ヨルとして愛して、育ててくれた。

________自分の体が傾いていくのが分かった。あぁ、地面にこんにちはだ。ユンに怒られそう

そんな人たちを殺せない。

道が、これしか無かったの。


________ハクに触れられると、ひどく安心すると、いつの日に知ったのだっけ。


“黒の民”は長の血に集まり、長の血によって存在する一族。

私が死ねば全てが終わるの。


____恩返し、したかった。


ハクにありがとう、って言わなくちゃ。
初めて私の名前を呼んでくれた、大切な___







自らの手にもつ暗器で。




自らの喉を掻き切った。


_____アカ、赤、紅。










広がるアカは闇を飲み込んだ。



夜に咲く ep.2






「姫様は私が何があっても、必ず、お守り致します。…この命に代えても」

「やだー、ヨルは私と一緒にいるの!」

「姫様…あなたが夜明けの暁ならば私は、夜へと向かう黄昏なんですよ」

____大好きだから、一緒にはいられない。

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