6


「で、結局、あたしは倒れた、と」
「助けに行った人が何してるんだって話だよね」

目を開けば、見慣れた部屋にいた。
ぼそりと呟くと、自分の面倒を見てくれていたらしい燭台切が苦笑しながら言葉を返して来た。

「心配しなくても、彼女の本丸はちゃんと守り通したよ。誰も折れてないし、敵も全部倒した。
 政府の担当も来たし君も倒れちゃったから、僕らは先に本丸に戻って来たけどね」
「皆は?」
「体を休めてるよ。大きな怪我をした子はいないし、心配しなくても大丈夫」

大きな怪我はしていない、という言い方をするからには、軽傷程度にはなった刀がいるのだろう。
起き上がって手入れに向かおうとしたのだが、あっさり布団に押し返されてしまった。
燭台切がいる以上、きちんと回復するまで部屋から出してはもらえなさそうだ。
そういえば、自分が倒れてからどれくらい経っているのだろう? 流石に一日も経過してはいないにせよ、気になるものだ。

「君が倒れてから、大体五時間くらいかな。まったく、無茶して一度に大量の霊力なんて使うから倒れるんだよ」

考えが読まれたのか、燭台切がそう告げる。

五時間……ずいぶんと眠っていたものだ。
最後に陸奥守に寝るなと言われていたのを思い出して、思わず渋い顔になる。

「雫遥さんは? あの人も相当限界で耐えてただろ」
「彼女はほら、君よりしっかりしてるし」
「どうせあたしは駄目ですよー!」

駄目だ、このままだと新入り刀のことを言えなくなりそうだ。いっそ一緒に甘酒でも飲みながら拗ねたい気持ちになってくる。
うだうだと考えながら真澄がうつぶせになって枕を抱えていると、襖が開かれた。
ただ一言「入るぞ」とだけ告げて入って来たのは、大倶利伽羅だ。彼は真澄を一瞥すると、スタスタと部屋に踏み込む。

「大倶利伽羅が馴れ合ってる……珍しいこともあるもんだなあ」
「主が心配で様子を見に来たんだよね」
「……誰がこいつなんかを」

そう言いながらも、大倶利伽羅はぺたりと座り込む。
馴れ合うつもりはない、というのを主張するように部屋の隅に座ったのだろうが、この部屋に居座るつもりの時点で台無しになっているようなものだ。
もっと素直になれとも思うが、本丸に顕現したばかりの頃に比べればだいぶ成長したほうだ。

「そうだ、光忠も倶利伽藍もありがとな。あんたたちのおかげで、誰も折れずに無事に乗り越えられた」

本当は思い切り二人の頭をなで回してやりたかったのだが、どうせ起き上がろうとしたらまた寝かされるのは見えていたのでやめておく。
それに一人は部屋の隅にいるせいで距離が遠いし、一人はきっとセットが崩れる! と怒りそうだ。
なので代わりに、近くにいた光忠の膝をぽんぽんと叩くだけにしておいた。

「あたしも何か出来るようになった方がいいか……あっ、ぶしさんと修行でもしてみるか」
「主が鍛えるべきは筋肉じゃなくて、女の子としての力じゃないかな」
「体鍛えるならやっぱ山登りだよな。倶利伽藍も一緒にやる?」
「勝手にしてろ」
「ねえ、僕の話聞いてるかな!?」

聞いていないことはないが、聞きたくないのでスルーだ。
真澄としては女子力といわれるものよりも、もっと審神者として活用出来るような力が欲しい。
なので先ほどの燭台切の言葉は聞かなかったことにしておこう。

ごろりと寝転がりながら二振りと話しているうちに、だんだんとこちらに近づいてくる複数の足音があることに気がついた。
襖が開いたかと思えば、すぐに賑やかな声で部屋は埋まっていく。

「良かった、気がついたんですね主様!」
「顔色は良さそうだね。倒れたと聞いた時は驚いたよ」
「嬉しいのは分かりますが、あまり騒ぎ過ぎないようにしなければ」
「もう、ぼくたち心配したんだよ!?」
「あーあー、心配かけたのは謝るから一斉に喋るのはやめてくれ! 聞き取れない!」

丁度様子を見に来てくれたのだろう男士たちがわいわいと真澄に声をかける。
ありがたい事だが、こうも一斉に話しかけられては何を言われても反応が返せない。
大倶利伽羅は人の集団から一人だけこっそり逃げようとしているし、燭台切は話を無視した仕返しなのか助けようとはしてくれない。
ああ、視界のすみで短刀が一人「他の人たちも呼んでくる!」と善意から駆け出して行った。
ここからさらに賑やかになるのか……そう思うと気が遠くなりかけたが、それだけ自分が慕われているという答えでもあるので、正直悪い気はしなかった。



――後日。

体の調子も万全。負傷していた刀剣達の手入れも済み、真澄はのんびりと縁側で日を浴びていた。
傍らには平野が入れてくれた茶と、歌仙の作った可愛らしい和菓子がある。

「ん?」

バイブ音につられて部屋の机上に視線を向ければ、端末が光っていた。
慌てて部屋に戻り端末を持ち上げると、着信の画面が表示されている。相手は……と、名前を確認してすぐに通話ボタンを押した。

「雫遥さん?」
『こんにちは。先日はお世話になりました。お体の方はいかがですか?』
「もう大丈夫です、ありがとうございます。迷惑かけてすみません」
『それはこっちの台詞ですよ! 倒れたのは、ちょっと驚きましたけど』

あはは、と笑いながらお互いに礼を言う。彼女の明るい声を聞いて、改めて彼女を助けられたのだと実感できた。
よく耳を澄ませば、声の裏で人の声や物を動かす音も聞こえてきた。

「もしかして、今大掃除中だったり?」
『そんなところです。敵が好き勝手やってくれたんで大変ですよ! 障子は壊れるわ廊下は破壊されるわで散々で……』
「派手にぶっ壊れてましたもんねー……」

記憶にあるあの日の本丸を思い浮かべる。
あれを以前の状態までに戻すにはどれだけかかるのだろうか。時間だけでなく、金額の面でもどれだけか、と考えかけて思考を放棄したくなる。
審神者という職は普通の職より収入は良いとはいえ、これはなかなかの痛手になりそうだ。

端末の向こうから、「主ー!」と呼ぶ声が小さく聞こえ、雫遥はそれに返事を返すと慌てて言葉を繋げた。

『呼ばれたのでちょっと行って来ますね。あ、あと今度ゆっくりご飯とか行きませんか? 今回のお礼もしたいし、もっとゆっくりお話ししたくて』

予想もしていなかった誘いに、ついうっかり、へ? とまぬけな声が出た。

「ご飯? え、いいんですか、あたしで?」
『勿論! ほら、政府の呼び出しで外に出た時くらいじゃないですか、今まで会ってたのって。たまにはどうかな、と思うんですけど』
「ああ、そういやそうっすね……うん、あたしでよければ、ぜひ」
『ふふっ、よかった。それでは、また連絡しますね』
「はい。片付けがんばってください」

プツリ、と通話が切れる。

雫遥とは演練で偶然一緒になり、そこから機会があれば顔を合わせるくらいの関係が続いていた。
顔を合わせても、なかなかじっくりと話し合う時間もなく近況報告とちょっとした雑談を交わすのがせいぜいで、休暇を取って一緒に食事、なんて考えもしなかった。
審神者になってから、同僚ではない、初めての友人らしい友人が出来るかもしれない。
柄にもなくワクワクとしながら、端末を机上に置いてくるりと振り向く。

このふわふわした気持ちのまま、美味しいお茶と菓子を満喫しよう。

「って思ったのに、何してんだあんたら」
「歩いていたら、偶然茶が置いてあったからな。ありがたく頂戴していた」
「この菓子を作ったのは歌仙か? 器用なもんだな」

先ほどまで自分が座っていたはずの場所にいたのは、白と緑の鳥刀たちだ。
鶯丸は正直予想出来ていた。茶を飲んでいる以上、彼の出現は想定しておかなければいけない。
が、まさか鶴丸まで来るとは思っていなかった。
挙げ句に鶴丸は、真澄が楽しみにしていた和菓子をひょいと手に取ると、そのままためらいもせず口に放り込んだ。

「はああ!? ちょ、吐け、今すぐ吐けアホ鶴!! せっかく歌仙に作ってもらったのに!!」
「いてっ、一つ食べたくらいで怒ることはないだろう! まだ皿の上に残って……ない……?」
「ん? ああ、美味いな」
「鶯丸まで……っ!」

楽しみにしていた小さな贅沢が、目の前であっさり奪われた。
落ち着け真澄、と真澄は脳内で自分に言い聞かせる。

美味しいと喜ぶ彼らの姿を見ろ。幸せそうで良かったじゃないか。
のどかな景色と何気ない日常会話。平穏に満ちて良いことじゃないか。
茶も菓子も、いつでも味わえるじゃないか。

「でも今日この瞬間は味わえないじゃないかああ……!」

悔しげにうずくまって畳を叩く。
落ち込む真澄をよそに、鶯丸と鶴丸は笑いながら茶会を開始した。平野が気を利かせて湯呑みの予備を置いてくれていたおかげで、きちんと三人分の茶が用意されていた。

「ほら主、菓子ならまた今度美味いのを土産に買って来てやるさ」

手渡された湯呑みを受け取って、真澄は溜息をつきながら二人の間に腰を下ろした。

庭の桜を眺めながら、何気ない話を交わしつつ、いつもと変わらぬ日が過ぎていく。

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