刀剣男士たちに、二人一組での行動を指示した後、真澄は護衛を二振り連れて審神者の元へ向かっていた。 護衛に選んだのは、陸奥守吉行と愛染国俊だ。 室内での戦闘があった場合に有利な刀種であり、練度も高い。 なにより、審神者になった時からずっと傍にいてくれる二振りだ。 バタバタと本丸の中を走る。こういう時ばかりは、本丸の広さを呪いたくなってしまう。 増え続ける刀剣男士の数に伴って、本丸の規模もなかなかのものになっている。 唯一の救いといえば、本丸の構造が全て統一されていることくらいだ。 おかげで目的地である手入れ部屋がどこなのかも分かるし、迷って無駄な時間を食うこともない。 だがいかんせん、廊下が長い。 情けなくも息を弾ませながら走る真澄を振り返りながら、護衛である二振りの刀はいつもの調子ではやしたてた。 「主さんもっと速く走れねーのかよ!」 「これが、あたしの、限界だっての! 短刀の素早さと元気さに勝てるか!」 「ほれほれ、口じゃのうて足を動かしとおせ!」 そう言って、愛染は真澄の手を引きながら、陸奥守は真澄の背中を押しながら走る。 「あの渡り廊下を過ぎたらもう少しだ」 刀剣部屋などがある建物と、手入れ部屋などがある建物を繋ぐ渡り廊下。 それが目前に見え、真澄たちは走る速度をわずかにあげる。 このままの勢いで進めるのならそれが一番なのだろうが、敵がそうも簡単に通してくれるはずもなかった。 突如、ある一室の障子が吹き飛ぶ。 道を塞ぐように破壊されたせいで、三人は立ち止まらざるをえなかった。 「脇差と短刀か……!」 なるほど、屋内のような狭い場所では有利な刀種たちだ。 廊下の上に散らばる障子の破片を踏みつぶしながら、虫のような下半身を持った敵脇差が姿を現す。 敵短刀はぐるりと旋回しながら、こちらの様子を伺っているように見えた。 「こがな時に厄介な奴らじゃ……! しゃんしゃん倒して突破するぜよ!」 「よっしゃ! 見てろよ主さん!」 言うなり愛染は駆け出して、刀を振るう。 刀剣の中でも一番敵との距離が近くなる刀種が短刀だ。戦闘時の恐怖はどれほどなのだろう。 しかしそれを物ともせず、自ら突撃していく彼の勇気は、それすら上回るものだ。 真っ先に突っ込んで来た愛染めがけて、脇差の刃のようになった足が振るわれる。が、それを避けて、愛染は脇差自体を足場にして跳躍した。 「降りてこいよ、なっ!」 宙を浮く敵短刀の頭めがけて、一撃を食らわせる。 バキリと軋むような音をあげながら敵短刀の頭部に亀裂が走り、愛染の狙い通り床に叩き付けられた。 廊下に散らばる障子の破片に短刀が砕け散って紛れ込む頃には、脇差の眉間に陸奥守の銃が押し当てられていた。 刀となった二本の前脚を刀で受け止めつつ、銃口はしっかりと定められている。 「すまんが、おんし相手に時間をとるわけにゃいかんき」 引金を引けば、銃声が辺りに響き渡った。 倒れるでもなく、ぐったりと力が抜けてその場に沈む脇差を見届けて、陸奥守は刀を納める。 硝煙の臭いが立ちこめるのを感じて、真澄は戦闘が一瞬で終わったのだと悟った。 「終わったな! 急ごうぜ、今ので敵に気付かれて増援が来ても困るだろ」 「あ、ああ、わかっ――」 バンッ、という発砲音と、顔のすぐ傍を何かが高速で過ぎ去る感触、そして背後から聞こえた妙な音と呻き声。それらが一斉に、歩き出そうとした真澄に感覚として伝わって来た。 ぎこちなく後ろを振り向けばいつの間に背後にいたのか、銃弾に打ち抜かれた穴をぽっかりと開けた敵打刀が倒れていた。 「いやあ、たまげた! まさか真後ろに迫っちょったがとは思わんかった。何はともあれ、間に合ってよかったぜよ」 豪快に笑いながら銃を軽く振る陸奥守に、真澄は駆け寄ってすぐに着物を掴んで揺さぶった。 本当に心臓に悪い。今もバクバクと心臓が鳴っているし、体を伝う汗は絶対にさっきまで走っていたからという理由ではないに決まっている。 「間に合ってよかった、じゃない! せめて声かけるとかしろよ、あたしがうっかりそっちに動いたらどうすんだよ!?」 「言うよりも撃った方が早かったがで」 「だからっ、ああもうあんたはほんっっっと……!」 けろりと言ってのける姿にがっくりと力が抜ける。 審神者の影響なのか、どうにもうちの刀剣男士たちは大雑把というか言葉が足りないというか。 言うより先に行動を先に起こす事が多いのが、良い所でもあり悪いところだ。特に今回みたいなパターンの場合は。 「本丸に戻ったらじっっっっくり話し合うぞ、いいな!」 「何でちや! 緊急事態やき仕方がないことで――」 「二人とも、痴話喧嘩はあとでやれよなー!」 「「痴話喧嘩じゃない!!」」 言い残して逃げるように先に駆け出した愛染を、真澄と陸奥守も慌てて追いかける。 緊迫した空気のはずなのに、彼らといるとどうにも調子が狂う。彼らのペースに巻き込まれるのはもはや日常茶飯事だ。 ともあれ、無事に渡り廊下も過ぎて手入れ部屋が目視出来る距離にまで到達した。 「あれは……」 手入れ部屋の前には、影が三つ。 部屋を守るように刀を構えてこちらを警戒しているのは、今剣と小狐丸、鯰尾藤四郎だった。 見れば、彼らに目立った大きな傷はない。 他の場所に配置されている刀剣男士たちが敵を凌いでくれているおかげか、こちらには敵が押し寄せるといった事はなかったらしい。 不審な動きをすればすぐにでも斬りかかってくるだろう。鋭い視線を受けながら、真澄は陸奥守と愛染を下げて前に出た。 「こちらに救援として送られた審神者です、どうか刀を下ろしてください。こちらに審神者……雫遥様がいらっしゃると聞いて参りました、真澄と申します」 「……あるじさま」 ちらり、と今剣が障子に視線をやる。 「大丈夫、その人は味方だから信じても良いよ。外は危険なので、中へ」 女性の声が聞こえる。同時に、小狐丸と鯰尾がカラリと障子を開き、中へ促した。 大人しく従って部屋へ踏み入れると、数振りの刀剣男士の中央に凛とした女性が佇んでいた。 彼女は真澄の顔を見ると、少し安心したように肩の力を抜いて柔らかく笑みを浮かべる。 「遅くなってすみません、お怪我は」 「刀剣男士たちが守ってくれたおかげで、なんとも。こちらこそありがとうございます。貴方方の救援のおかげで、戦況も少しずつ変化しているようです」 「……顔色が、優れないようですが」 会う時はいつも明るく血色の良い顔が、やや青ざめて見える。 こんな状況なのだ、不安や緊張もあるだろうから当然ではあるが、それにしては疲労が濃く出ている気がした。 気になり問いかければ、彼女――雫遥は眉を下げて苦笑を浮かべた。 「霊力を使いすぎているだけです。予想よりも、外からの攻撃が激しくて……ちょっとでも気を抜くと、敵の侵入を許してしまうので。 でも、正直そろそろ限界も近いらしくて、すでに何度か敵の侵入を許してしまっている状況なんです。やっぱり術の併用は負担が大きいですね」 ぐっと拳を握りしめる彼女の額には、うっすら汗が浮かんでいる。 情けない、とぼやく姿に、真澄はそんなわけあるかと心中で叫んだ。 彼女は本丸の防衛結界を強化しつつ、傷ついた刀剣男士の手入れも行い、疎通術も全刀剣男士にまで繋いでいる。 むしろそれだけ霊力を消費しながらここまで耐えているのが夢のようだ。 「あたしも手伝います」 申し出れば、雫遥は驚いたように目を瞬いた。 しかしそれ以上に反応を示したのは、護衛である二振りだった。 「はあ!? やめとけよ、ぶっ倒れるぞ!?」 「愛染のゆう通りやか。あくまでこの本丸の審神者やき平行して出来ちゅうことで、おんしの力じゃ到底出来ん。無茶はやめとおせ!」 確かに二人の言う通りだ。真澄の霊力は質も量も、審神者の中では並。 雫遥と同じことをしようものなら、まず間違いなく倒れるだろう。無理をしようものなら、その先に何が待っているかは分からない。 主のためを思って抑止の声をあげる陸奥守と愛染に、真澄はそれでも意思を揺らがす事はなく、ビシリと指を突きつけた。 「言っとくがな、あたしは別の本丸の刀剣男士だろうと、折れた刀を見るのはごめんだぞ! それにこの場にはあたしの大事な"家族"だっているんだ。何もせず、ただあんたらが傷ついていくのを見るだけの主にゃ絶対なりたくない。 だからあたしはあたしに出来ることなら何でもやる。その為ならぶっ倒れようが構うもんか。そもそもな、同じ事が出来ないのはあたしだってちゃんと分かってる。 あたしに出来るのはせいぜい手伝いだ。不足してる部分を補うくらいしか出来ないけど、補うくらいならできる。 まあ結果的に死ななきゃいいんだよ、長谷部の口癖だろうが、『死ななきゃ安い』って」 自分の想いを告げて、真澄は両手を広げるようにして雫遥に向き直る。 「てことで、あたしの霊力も使ってください。質も量も貴方には劣るけど、ちょっとした足しにはなるはずです。それに二人なら、負担も半分になるでしょう?」 にっ、と笑いながら言えば、雫遥は戸惑うように陸奥守たちに視線を向けた。 本当に良いのか、止めるのならばこれが最後だぞ、というように。 対して二振りは、呆れたように溜息と笑みを零すだけだった。 「相変わらず無茶苦茶だよな」 「これがわしらの主じゃ。こうなったら、しまいまで付き合ってやろうやか」 返事はそう返された。 「分かりました。お力、ありがたく使わせていただきます」 こくりと頷くと、雫遥は静かに手を差し出す。 彼女の目は、勝利への希望に満ちていた。 「手を。本丸の防衛結界の強化を行います。ここさえ押さえて敵の侵入を防げば、あとは中の敵を叩くだけ。きっと、勝利はすぐそこです……始めます」 差し出された手に自分の手を重ねると、妙な浮遊感にも似た感覚と共に真澄の体から力が抜けていく。 手入れや顕現の際にも、似たような感覚を味わう事がある。霊力を使用した時に感じる独特のものだ。 ただしこれは、いつもの比ではない。外からの攻撃を防ぐにはこれだけの力が必要なのだと、敵の攻撃がどれほど激しいものなのかと、次々に吸収されていく霊力の量から嫌でも察した。 少し力を添えているだけでも真澄は軽い目眩を覚えるそれを、雫遥は一人でこなしていたのだ。 (やっぱこの人は凄いな) 彼女の刀剣男士が強いわけだ。 自分とは力も、想いも、何もかもが桁違いだ。 「結界強化、完了。――結界内の浄化、および敵の弱体化、刀剣男士の強化」 雫遥の声が淡々と言葉を紡いでいく。それらは言霊となり、力を得て実現される。 本丸の主である彼女と繋がっているからか、真澄にも感覚として様々なことが伝わって来た。 空がほのかに光り、他者の侵入を完全に防ぐ。瘴気が溢れていた空気が軽くなり、同時に敵刀たちの力が弱まるのを感じる。 術によって、また審神者の想いによって、刀剣男士たちに力が注がれていく。 「完了」 雫遥の目がゆっくりと開かれる。 「私たちの家をめちゃくちゃにした"お返し"を、たっぷりしなくちゃね」 真澄が目を開けば、雫遥はにこりと微笑みながら言う。ふわりと、どこからか桜の花弁が舞った。 「……全刀剣男士に告ぐ! 『侵入者を排除せよ』!」 言霊が刀剣男士に伝わる。 一斉に刀剣男士が刀を抜き、前線で戦う仲間の元へと走り出した。 これできっと、戦況はさらに大きく動くだろう。誰一人欠けることなく、笑顔で戻って来てくれる。その確信があった。 「陸奥、国俊」 名前を呼べば、後ろに控えていた二振りの刀が真澄を見つめる。 いつ見ても、この二振りの目は好きだ。絶対に勝つ、生きて戻るという意思が伝わり、こちらも鼓舞される。 「二人も行ってこい。最後だからって、気を抜いて怪我するなよ」 ひらひらと手を振れば、陸奥守に頭を軽く小突かれた。 「おんしこそ、わしらがもんてくるまで居眠りしなや!」 「誉とって帰ってくるから待ってろよな!」 「あはは、まあ寝ないよう気をつけとく」 見送った陸奥守たちと入れ替わるように、負傷した刀剣男士たちが手入れ部屋にちらほらと姿を見せ始めた。 そのどれもが雫遥の刀剣たちらしく、長い時間を耐えきったのだろうボロボロの体でふらつきながらもたどり着く。 無事で良かった、ありがとう。そう交わされる彼らと審神者の会話を聞いて、真澄はほっと息をついた。 「真澄さん!?」 近くにいるはずの彼女の声が、やけに遠くで聞こえた気がした。 back |