![]()
∬本丸襲撃事件 「アカツキ様の本丸より、救援要請を受け取りました。」 突如現れたこんのすけから告げられたのは、私のお師匠様であり、今でも良くお世話になっている人(コアラ)の危機だった。 「主!」 「…うん、そうだね……」 隣で聞いていた鯰尾に指示を仰がれ、暫し考える。 お師匠さんの刀剣は皆手練れだ。なのに応援要請が来るという事は、事態はかなり切迫していると考えていいだろう。 ならば、数だけ多くても仕方がない。 「…第一部隊に出撃準備するように伝えて。遠征中の第二部隊を呼び戻す。15分後、出発しよう。」 「了解しました!」 「あ、腕章を付けるようにも言って。なんかごちゃごちゃしそうだから。」 はーい!と良い返事をして駆けていく近侍の足音を聞きながら、第二部隊の獅子王と連絡を取ろうと端末を持ち上げた。 「遠征中悪いんだけど、緊急事態。今すぐ戻ってきて。怪我人がいる場合は今報告すること。」 『おう!怪我人は無しだ、今すぐ戻るぜ!』 「OK、帰ったら腕章を付けて正門前ね。」 そう言い残して通信を切り、弓と矢筒を引っ掴んでパーカーを羽織る。 誰かが、怪我をするかもしれない。 いつも感じている恐怖だけど、これは戦争だ。怪我をするかもしれない、なんて考えても仕方がないのかもしれない。それでも、願わずには居られない私は、弱いのだろうか? 大丈夫、きっと、みんな無事で帰ってこれる。 気持ちを落ち着けるために一度だけ大きく深呼吸をして、外に出た。 自室から出た私は、本丸中の空気が出陣前のいつもより騒然としている事にやっと気がつく。 第三部隊は現在遠征に赴いている為不在だが、指示を出していない第四部隊の面々を中心にして、非番の刀剣まで武装をして走り回っているのが見える。 「主殿」 慌ただしいのを横目に見ながら正門に向かっていると、後ろから声をかけられる。 「一兄?」 「本丸は我々にお任せください。くれぐれも、お気をつけて。」 成る程、武装していたのはそういう事か。 「ありがとう。大丈夫だとは思うけど、こっちに何かあったら直ぐに連絡をよろしくね。…じゃあ、行ってきます。」 約束の時間までもうすぐだ。 靴紐を固く結んで玄関を出ると、紅葉が舞い散る中、第一、第二部隊が整列していた。 朱金の糸で刺繍された揃いの腕章が意外にも存在感を発揮していて、少し誇らしくなる。 「ごめん、遅くなった。皆、準備はいい?」 そう問いかけると、はい!やら、ああ、やら、思い思いの返事が返ってきた。 それに一つ頷いて、門を開き、宣言する。 「只今より、お師匠…アカツキ様の本丸へと向かう。 無茶だけはしないようにね!」 石を投げ入れられた水面のように、波打つゲートに飛び込む。 くらりとした眩暈にも似た感覚が襲った次の瞬間、そこは見知った自分の本丸に良く似た、けれども全く違う場所に足を着いていた。 「こりゃ驚いた!もう来たのか!」 真っ白な衣を紅く染め、それでも尚にこやかに笑う鶴丸国永がそこに立っている。 一瞬、ぎょっとしてしまったが、私達が来た目的はこの翁に驚かされる事では無いので、直ぐに本題に移る。 「えっと…、連絡を受けて救援に来ました。お師匠は?」 「遠路はるばるご苦労さん。主の元へは俺が案内しよう。」 「わかりました、宜しくお願いします。」 そして、指示を飛ばすべく素早く後ろを振り返る。 「鯰尾、骨喰、悪いけど付いてきてくれる? その他は散開して敵を討ちつつ、現地にいる刀剣方に指示を仰ぐこと。 単独行動だけはしないように!くりちゃん!わかった?!」 単独行動、という点では一番心配な大倶利伽羅を名指しして注意する。一人でうろうろしない!と注意されている彼を見ていると、なんだか小学生を思い出すのだが気のせいだろうか。それはさておき、これだけ釘を刺しておけば、一匹狼もふらふらする事はない、はずだ。 目を合わせてくれないのは気になるけれど、まあ、なんとかなるだろう。 「よし!解散!!」 ぱんっ!と手を打ち鳴らし、くるりと鶴丸に向き直る。 「じゃあ、案内お願いします。」 「随分立派になったなぁ、鯉の。頼もしい限りだぜ。さあ、主はこっちだ。」 競うように駆け出して行った仲間達を見届けた後、羽織をひらりと翻した鶴丸の後に続いて本殿へと踏み込んだ。 ちらりと此方を見た後、彼等にとってはなんてことない、私に合わせてくれているのであろう速度で疾走し始めた白い背中を追い、本丸の中を土足で走る。 こんな事態じゃなければ、間違いなく誰かに怒られるだろうな。と少しずれた事を考えながら、ただ走る。 偶に飛び出してきては、三つの刃によって瞬く間に地に堕ちる敵を飛び越え、踏みつけ、一人思う。 ……これ、弓いらなかったかな。 「おっ、ほら、見えてきたぞ!」 ちょっと現実から逃避している間に、どうやら目的地に到着したようだ。 手入れ部屋……成る程、この一部屋を拠点にしておけば結界も張りやすいし、なにより負傷した刀剣男士を癒してやる事も出来るだろう。もし、私の本丸でも同じ事になったら真似させてもらおう。と考えたあと、ふと、あの審神者から学んでいる事は意外と多いのだなぁ、と思う。本気を出したらあの審神者はある程度の事はこなしてしまうのではないだろうか。コアラだけど。なんかよくわからない顔をしたコアラだけど。付き合いが長いと、あの顔もだんだんと可愛らしく思えてくるのだから不思議だ。 「……さ、入ってみるといい。驚きが君を待っているだろうからな!」 「なんか嫌な予感しかしないんですけど…。まあいいか…錦です、入りま…っ?!」 目の前で火花が弾けた。キイン!という澄んだ金属音が耳朶を打ち、閉じる事すら出来なかった目を見開いたまま、ゆっくりと火花の原因を探る。少しかがんだ姿勢で下から刃を受け止めている鯰尾と骨喰が持つ合計二振の脇差。そしてその先、いきなり刃を振り下ろしてきた張本人、小さいと言えど大きい小狐丸が持つ太刀。これか、これなのか。何故小狐丸は斬りかかってきたのか、近侍二人は襖を開ける前に気付いていたのか、いや、気付いていたら教えてくれるだろうし、ギリギリで受け止めたのか。鼻先三寸、ほんとギリギリ。ありがとう、君たちが居なかったら私は真っ二つだったよ。ん?うちの近侍達がギリギリで気が付いたって事は、この狐、私だとわかって思いつきで切り掛かってきたな?なんと恐ろしい。おい鶴爺、君、小狐丸が此処に居るって知ってたんだろう?この狐と付き合い長いんだったらこうなる事がわかってたんじゃないか?驚きってこれか?おい、笑ってないで説明しろ。 「おや、鯉のか。気付かなくて斬ってしまう所だったのう。」 「いや、私名乗りましたよねこぎ爺。遂に耳が遠くなりました?」 これまた澄んだ音を響かせて此方二人が太刀を弾いた。少し下がり、優美な動作で太刀を納める小狐丸…こぎ爺をじとりと見ながら文句を言う。刃を納めたものの、未だ警戒して私を庇うように前に立つ鯰尾と骨喰の肩を軽く叩き、大丈夫だと伝える。この本丸のおじじズは皆こうだ。いちいち食ってかかっていたら疲れてしまう。 「こぎつねまる、こいをいじめたりしたらだめですよ!」 「久しぶりだなぁ、鯉の大将。何時までも其処に立っていないで、入ったらどうだ?」 「お久しぶりです、今剣さん、薬研さん。うわぁ、中に意外といっぱいいる。じゃあ、お邪魔しまーす」 今剣に助けられ(?)、薬研藤四郎に手招きされ、ここどうぞ、と座布団を出してくれた鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎にお礼を言いつつ、いらない驚きをくれたお礼に鶴爺を締め出した。先程の殺気は何処へやら、わあ、俺達がもう一人いるー!とはしゃいでいる鯰尾と骨喰…んん、なんかややこしいな、こっちの鯰尾と骨喰はずおばみコンビでいいや。ずおばみコンビを眺めて癒される。うわあ、粟田口短刀もわらわら集まってきたー。 「ほれ、こんなもんしか無えけど、お茶くらい飲んでけよ。」 お盆に湯呑みを三つと柿の種を載せた獅子王が近づいて来る。あ、お久しぶりですー、なんて会話をしながらお茶を頂く。熱い。猫舌つらい。あー、私達何しに来たんだっけなぁ、なんて考えながらぼうっとしていると、湯呑みを持ち、きょとん、と此方を見る鯰尾が問いかけて来た。 「主、寛いでいる所悪いんですけど。お師匠さんには会わなくていいんですか?」 あっ……。そうだ、私達は救援に来たんじゃないか。目の前の目標を見失うという失態を自覚したと同時に、顔から血の気が引くのがわかった。慌てだした私を見て、骨喰が溜息を吐いた気がする。ごめんよ、不甲斐ない主で。わたわたしている内に、骨喰の手によっていつの間にか湯呑みが取り上げられ、代わりに鯰尾の手に立ち上がるように促されていた。うちの近侍達がこんなにも優秀。 「えっと、お師匠さんは何処に?」 「俺が案内しよう!!」 忘れてもらっては困る、と言う様にスパンと小気味良い音を立てて障子を開け放った鶴丸は、さあこっちだ、と言う様に意気揚々と手入れ部屋の奥へと向かった。 襖の前で此方を振り向き手招きをした彼に従い、一声掛けてからすらりと襖を引く。 「お師匠、錦です。入りますよ」 「ああ、錦ちゃん、いらっしゃい。」 思っていたのとは違った返事に、光景に、思考回路が停止する。入室を許可したのはいつもの「ア"ア"ア"ー」という声ではなく、綺麗な女の人の声。そして、目に飛び込んできたのは、子供の落書きのような不思議な顔をしたコアラではなく、少し離れた場所で座布団に正座している美人だった。 襖を開けた格好のまま固まっている私を見て、その美人は少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、先程と同じ綺麗な声で告げた。 「ふふ、どう?驚いた?この姿では初めましてになるね。あなたの師匠の、アカツキです。」 開いた口が塞がらないとは、正にこの事。あ…、とか、え…?とか、意味のない言葉しか発する事が出来ないほど驚いている私や、固まって目を見開いている鯰尾と骨喰を横目で見つつ、驚きとやらの提供に成功した本人はとても嬉しそうに笑いながら美人ーお師匠の隣に立った。 「どうだ?驚いただろ。俺が君達に見せたかった驚きは、小狐丸のあれではなくて、これだ。」 とりあえず、目を擦った。右隣で呆然としていた鯰尾に、慌てて腕を掴まれて止められるくらいに。今度は、瞬きを繰り返してみた。左隣で動揺していた骨喰に、心配されて声を掛けられるくらいに。 それでも、目の前の現象は変わらず其処にあって、これが夢ではなく現実なのだと主張している。 「ははは、そんなに驚いて貰えるとは。どうだ?なかなか乙な驚きだろ?」 「主の目が赤くなったら、鶴丸さんの所為ですからね。」 「俺だけなのか?!」 「お師匠…….、人間だったんですね…。」 「うーん、人間は止めてるんだけどね?」 各々が各々の心情を素直に出して、収集がつかなくなってきた頃、骨喰の静かな声が全員を"襲撃を受けている"という現実に引き戻した。 「…今、戦況はどうなってるんだ?」 「増援が来てくれたお陰で、此方が大分有利になってるかな。後はもう、皆で一斉に制圧しておしまいになりそうだよ。」 「それでだ。いっその事、待機している奴らも全員制圧に向かわせようかと思ってるんだが。勿論、鯉のの鯰尾と骨喰にも向かってもらおうと思っている。どうだ?やってくれるか?」 どうやら鶴丸さんの中では、私は戦場に出ずに此処でお師匠と共に待機する事になっているようだ。確かに、護衛も全て制圧に駆り出してしまえば、事が収束するまでの時間はかなり短く出来るだろう。お師匠の結界は強力だし、もし、本当に万が一突破されても、多少なりとも戦闘が出来る私がいれば、誰かが駆けつけてくれる時間くらいは稼げるだろう。 「でも…」 心配してくれている二人の気持ちだけ受け取って、素早くこの事態を収束させる為に指示を出す。 「鯰尾、骨喰。私達は多分大丈夫だよ。もし何かあっても、直ぐに転移術を使って二人を呼ぶから。皆の所に行って、残党を全て狩って来なさい。」 「…わかりました。無理だけはしないで下さい。」 「…行ってくる。」 鶴丸さんと共に部屋を出て、駆けて行った背中を見送り、いつ何があっても良い様に背筋を伸ばして気を引き締めた。 「錦ちゃん、本当に頼もしくなったねぇ。見習いで此処に居た頃は、物置のポルターガイストに大泣き…」 「その話はもうやめて下さいよ!っていうか、この本丸はなんであんなに不思議現象が起こるんですかね?!」 何故か突然暴露される黒歴史に、思わず声を上げる。この本丸の不思議現象には、本当に悩まされた。 「うふふふふ、なんでだろうねえ。あの時の清光と一期の必死さ、凄かったよねぇ。思い出すだけで笑えて来ちゃうな。」 「駆けつけてくれたお二人には本当に感謝してます。っていうか、もう本当にこの話止めません?」 「えー、どうして?」 「気が抜けるんですよ!」 「まあまあ、何かあっても、錦ちゃんがどうにかしてくれるんでしょう?」 その言葉が合図だったかの様に、背後の襖の奥から、鋭い殺気が飛んでくる。傍に置いてあった弓を掴み、矢をつがえながら片膝を立てて素早く振り向く。 襖に横一線の軌跡が走り、崩れた先に現れた遡行軍の打刀の喉元を狙い、引き絞った弦を解放する。 ヒュッ、と小気味の良い音を立てて宙を駆けた矢は、狙い違わず喉笛に突き刺さり、力を失った巨体は重い音を響かせてその場に崩れ落ちた。 「ひゅー、やるねえ。弓の師匠は脇差の誰かかな?」 「ええ、まあ。実践レベルまで鍛えてくれました。」 息をついて弓を下ろしたのと同時に、物言わぬ骸となった巨体がカシャン、という軽い音と共に砕け散り、その破片は空気に溶けて消えていく。何処か幻想的で儚い光景を、せめて次の世では幸せに、と祈りながら見送った。その後、ささやかな抗議をするべく、ぱちぱちぱち、と拍手をするお師匠に、頬を膨らませながら振り返る。 「ちょっと、お師匠。わざとあの打刀を入れたでしょう。」 「いやー、弓を使ってる錦ちゃんが見てみたくて。アフターケアはしっかりするつもりだったから、そんなに怒らないで?」 あまり反省の色が見られないお師匠に、思わず溜息が漏れた。好奇心の赴くまま、危険な賭けに出るのは止めてもらいたい。頬を膨らませたままお師匠を見つめ、怒ってますよアピールをしていると、廊下の奥から割と多めの足音が響いて来た。その音はどんどん近くなって来て、僅か数秒後、息を切らせた二人の刀剣男士が、広間になってしまった手入れ部屋に駆け込んで来た。 「「主!!」」 「「うわお」」 すごい形相の腕章を付けていない加州清光と、腕章を付けた鯰尾藤四郎。その勢いに、お師匠と共に思わず引き攣った声を出したのは許してほしい。 「主、無事?!良かった、さっき此処に入る打刀が遠目に見えたんだけど!」 「主、怪我は?!あー、もう、心臓に悪いですよ!直ぐに俺達を呼んでくれて良かったのに!」 鯰尾に肩を掴まれ、心配した、怪我はないか、という内容の言葉を延々と掛けられ、うん、大丈夫、ありがとう、と返す傍、ちらりとお師匠を見ると、同じ様な状況になっていて少し笑ってしまった。 「清光、どう?!」 「兄弟、どうだ?!」 そして恐るべきシンクロ率で駆け込んでくる腕章を付けていない大和守安定と、腕章を付けた骨喰藤四郎。加州さんと鯰尾にそれぞれ肩を掴まれている私達を見て、二人はホッとした様に息をついた。 「良かった、二人とも無事だったんだね。残党狩り、終わったよ。」 「勝った。」 「お疲れ様。よし、外に出ようか。…錦ちゃん、大丈夫?」 「あ、はい、大丈夫です。」 お師匠に促され立ち上がると、加州さんと大和守さんに頭を撫でられた。久しぶりの感覚に驚いてお二人を見ると、頑張ったね、お疲れ様。と声を掛けられた。圧倒的お兄ちゃん感。 数多くの部屋を横切り、縁側から大きな庭に出ると、先程見た暗雲立ち込めるどんよりとした空とは打って変わって、清々しい青空が広がっていた。穢れが綺麗さっぱり祓われた証拠だろう。 その光の下、数多くの刀剣男士が晴れ晴れとした表情で集っていた。 そこに、背筋を凛と伸ばしたお師匠の声が響き渡る。 「皆、お疲れ様!」 ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○ ……その後の後片付けや、時の政府への報告なども、恙無く終了した。 歴史修正主義者による容赦のない破壊により、とても人が住めるような場所じゃないような廃墟になってしまったお師匠の本丸は、お師匠の刀剣男士、私の刀剣男士、そして、救援に来てくださった他の審神者の方の刀剣男士達により、元の本丸以上に綺麗になって帰って来た。なんというビフォーアフター。匠もびっくりな変わりようです。玄関は広めに面積を取り、天井高いところに取り付けられた天窓からは、とても気持ちの良いお日様が燦々と降り注いでいます…。なんて、ここでは伝えきれないので割愛させて頂く。 沢山の刀剣男士が入り乱れ、賑やかに作業を進めていく様は、何か手伝える事を探してうろちょろしていた身から見てとても楽しそうだったから、きっとやっている本人達も楽しかったのだろう。 その刀剣男士達の活躍にしても、とてもここでは伝えきれないので割愛させて頂こう。ただ、大工道具を携え、やる気満々に場を取り仕切っていた陸奥守吉行トリオの熟練感は凄かったとだけはここに記しておく。 演練の場だけではなく、もっと別な、気楽にコミュニケーションが取れる様な機会も必要だと思う。それが、今回の事ではっきり分かった。今度こんのすけにでも言ってみようと思う。 ―とある審神者の日記より抜粋― back ![]() |