第七話




チーグルの森。
そこはちょうどエンゲーブの北に位置する場所。
食料泥棒がチーグルの仕業とは考えにくかったが、ルークは濡れ衣を着せられた名誉挽回のためにこの森へ行くと言ってきかなかった。

そもそも非はこちらにあるのだか、自分が世界の中心であるルークが、泥棒呼ばわりされたままじゃ治まらない、と言い張るなら付き合う以外には無かった。

「何してんだよ!早くしろよ!」

森の入り口に立ってティアと自分を呼ぶルークにアオは嘆息した。

「まったく……」
『しょうがない……』

2人で聞こえないように呟いて足を進める。ルークの後に続いて森に入れば、魔物の気配。

『……』

アオはどうしても癖で、気を張り詰めてしまう。
いつでも銃を引き抜けるようにホルスターに手を掛けて進む。

と、

「おい!」

ルークの焦った声が響く。

『どうしたの、ルーク』
「あれ、イオンって奴じゃねぇか!?」
「えっ」

ルークの視線を追ったアオは凍りつくような感覚を覚えた。
イオンが魔物に襲われている…!

隣にいたティアも焦りを覚えたようで表情を凍りつかせていた。

『やばい…』

標的を魔物に据え、銃を構えたその時。

突如イオンの足元に巨大な譜陣が出現し、光の竜巻が魔物をイオンごと飲み込んだ。

アオはとっさに目を腕で覆ったが、それでも腕の隙間から光が射す。
やがて光が引いていき腕をどかした時には魔物の姿はなかった。
そして、倒れるイオン。

「おい、大丈夫か!?」
ルークが驚くように駆け出してイオンを助け起こす。

その行動が、ルークの本質を表しているようで。
(こういうときに本当の姿がでるよなー…)
アオはおもわず目を細めてその光景を見ていた。

「おい!」
「…大丈夫です。少しダアト式譜術を使いすぎただけで…」

…いや、大丈夫じゃないでしょ。

アオの心のツッコミを表すように、イオンの白い肌は更に白い。
そして唇は紫色。

「あなた方は、確かエンゲーブにいらした…」
「ルークだ」

『何故胸を張る』

「古代イスパニア語で《聖なる焔の光》という意味ですね。いい名前です」

にっこりと微笑まれたルークは面を食らったような顔になった。
…照れてる?

目を逸らしたルークの様子に微笑み、イオンは次いでティアを見る。
「あなたは…」

ティアは粛々とローレライ教団式の礼を行った。
「導師イオン。私は神託の盾騎士団モース大詠師旗下、情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」

「あなたがヴァンの妹ですか。噂は聞いていましたが、お会いするのは初めてですね」

その話を聞いたルークがすかさずティアに噛み付く。
その様子を微笑ましく見守った後、イオンはアオに向き直った。

「……アオ。行方不明と聞いていたのですが…。無事でなによりです」
『…お心掛け感謝いたします』

よそよそしく礼をするアオの姿をみたイオンは優しい微笑みを少し寂しそうな笑みに変える。

「行方不明の件は….」
『誠に自分勝手ではありますが。私と出会ったことはどうか内密にしていただけないかと』
「そうですか…。分かりました。あなたの事です。きっとなにか事情があるのでしょう?」
『…申し訳ありません』
「…………」

と、

「あっ!」

突如何かに気づいたイオンが声を上げ、とある一点を指す。
そこには…

『チーグル?』

そのアオの言葉に言い合いをしていたルークとティアが振り返る。
そして4人は見た。

小さな獣が茂みに飛び込むのを。

「んのやろー!やっぱりこの辺に住み着いてたんだな!追いかけるぞ!」

と言うとルークは走り出した。
興味は完全にチーグルに向いているようで先ほどのティアとの言い合いは頭から締め出されているようだ。

『ちょっと…!ルーク!!』

1人にしない方が良い。
そう判断したアオはルークを追って茂みに飛び込んだ。

『ルーク!待ってってば!』
「見失っちまうぞ!」
『コラ!待て!』

ルークとアオの後を追ってイオンとティアが続く。
そして2人がルーク達に追いつくとルークが叫んだ。

「だーっ!ほら見ろ!おまえらがノロノロしてっから逃げられちまった!」

怒ってる。すっかり怒ってる。
(単純……)

「大丈夫ですよ」

そんなルークにイオンは優しく微笑む。
曰くこの先にチーグルの巣があるらしい。
どうやら元々、イオンもエンゲーブでの盗難事件の事がイオンも気になっていたらしくこの森に来たのだとか。

「…だったら目的地は一緒ってわけか」
「では3人もチーグルのことを調べにいらしたんですか?」
「濡れ衣着せられて大人しくできるかっつーの。…仕方ねぇ。お前もついてこい」
「え、よろしいんですか?」

『いやいやいや、待て待て待て』

イオンが目を輝かせているところ申し訳ないが、アオやティアとしては承服できる話ではない。
なんせ彼はローレライ教団の導師。
最高位にある人物である。

「そうよ!何言ってるの!?イオン様を危険な場所にお連れするなんてことできないわ!」
『そうだそうだー!』

「だったらこいつをどーすんだよ?村に送ってったとこで、また1人でのこのこ森に来るに決まってる」

「……はい。すみません。どうしても気になるんです。チーグルは我が教団の聖獣ですし」
「ほれ見ろ。それに、こんな青白い顔で今にもぶったおれそうな奴、ほっとくわけにもいかねーだろーが」

「ありがとうございます!ルーク殿は優しい方なんですね!」

イオンが目を丸くして感激したように腕を上げ胸の前で組んだ。
それを聞いて焦ったらしいルークは誤魔化すように歩き始める。
そしてイオンに一つの約束事。
それはダアト式譜術を使わないこと。
魔物と戦うのは自分達がやる。
そう話したルークに更に感激したらしいイオンは嬉しそうにルークの後について歩き出した。

「……」
『……』

そんな2人の少年のやり取りを呆然と見守っていた女子2人も顔を見合わせる。
そして怒鳴られる前に、彼らに続いて歩き出した。









「みゅ、みゅう!みゅみゅう」
「みゅー!みゅー!みゅー!」
「みゅっ!」

『うわーっ、一杯いるー』

森の奥にある暗い洞。
先ほどのその洞に入っていくチーグルを見つけた一行。
その洞がチーグルの巣であるという確証を得たイオンは臆することなく洞に入っていったため、残りの3人も入ってみれば。
なんとチーグルが行く手を塞ぐほど沢山いた。
「あの、通してください…」
「魔物に言葉なんか通じるのかよ」
『チーグルは始祖ユリアと契約し、力を貸したらしいけど…』

さて、どうするか。
4人が困っていたその時。
薄暗い奥から老成したような声が聞こえた。
するとチーグルの群れは左右に分かれて、ルーク達に道を開けた。
そして現れた一匹のチーグルは他のチーグルと少し違った。
どこか長老を思わせるそのチーグルの、一番の違和感は腰に金環をつけていることだろう。

「ユリア・ジュエの縁者か?」
『喋った!』
「魔物が喋ったぞ!」

驚く2人にティアも「え、えぇ」と頷く。
驚いていないのはイオンのみ。

「これは、ユリアとの契約で与えられたリングの力だ。お前達はユリアの縁者か?」
「はい。僕はローレライ教団の導師イオンと申します。あなたはチーグル族の長とお見受けしますが?」
「いかにも」

話は食物盗難事件に移る。
どうやら犯人はチーグルで間違いないようだが事情が些か複雑である。

曰く。
半月前とある半人前のチーグルが北の森で火事を起こした。その結果、北の一帯を住処としていたライガがこの森に移住してきた。
…チーグルを餌とするために。
定期的に食料を届けなかった場合、ライガはチーグルを攫って食らってしまう。

そこまで聞いたルークが「弱いもんが喰われるのは初めてたり前」発言をするがそれで片付く問題ではない。
これは本来の食物連鎖の形ではないのだから。

ルークはチーグルを村に突き出したいらしいが、そうしたら今度はライガがエンゲーブを襲うのは明白だ。
それにエンゲーブの食物は世界中に出荷されている。
つまりは、チーグルを差し出したところでこの問題は解決されない。
要するに……

「ライガと交渉しましょう」

結論を出したのはイオンであった。















ライガとの通訳として同行することとなったチーグルの子供、ミュウ。
この子が事の始まりであったらしい。
なぜかルークを「ご主人さま」と呼び慕う姿はとても愛らしい。

ミュウの案内でたどり着いたライガの住む洞。
そこには巨大な4足獣が伏せていた。

『うーん、あれが女王か…。話に聞いていたけど中々…』
「女王?」
『ライガは巨大な雌を中心とした集団で生きる魔物だからね』

昔、魔物使いの少女から聞いた話。
……どこかで突っ掛かりを覚えた。
(あれ、あの子の親は…?)

「ミュウ。ライガ・クイーンと話をしてきてください」
「はいですの」
イオンの依頼に大きく頷き、ミュウは洞の中へと入っていく。
アオ達も後に続きながらいつでも戦える状態にする。

今は、突っ掛かりの原因を考えるのは後回しだ。

「みゅう」
挨拶をするように手を挙げ、ミュウはそう鳴いた。
みゅうみゅう、と懸命に話す姿はなんとも癒されるがライガは虚しいかな、咆哮でミュウを吹っ飛ばした。

そのミュウをイオンが慌てて助け起こす。
「おい、ブタザル!あいつはなんて言ってんだ!?」
「た、卵が孵化するから…来るな…と、言ってますの……。ボクがライガさんたちのお家を間違って火事にしちゃったから、女王様、すごく怒ってますの…」

『まずいよ…』
「卵を守るライガは凶暴性を増しているはずよ」
だからと言って出直せば。
その間に卵は孵化し、ライガの子供たちは好物である人間を求めて街を襲ってしまう。

イオンが、この地から立ち去るように伝えてくれないかとミュウに頼み、それをミュウが伝えるが再びの咆哮。
洞全体が共鳴して震える。
ふと影がミュウの上に落ちて、アオが空を振り向けば、天井を作っている樹の一部が剥がれ落ちてきていた。

「危ねぇ!」

アオ同様、それに気づいたらしいルークが木片を弾き飛ばす。

『ないすー』
「ありがとうですの!」
「か、勘違いすんなよ!」
『ルークってばー、照れてるの?』
「ちげぇよ!俺はおめーを庇ったんじゃなくて…」

が、そんなくだらないやり取りをしている場合では無かった。
低く唸りながら、ライガ・クイーンが動き出した。
ミュウの通訳によれば“お前ら餌にしてやる”。

『あらー、物騒』

呑気に返しながらもアオは銃を抜き、構える。
『導師は下がってて下さいね』

「お、おい。ここで戦ったら卵が割れちまうんじゃ…」
「残酷かもしれないけど、その方が好都合よ」

ティアの瞳が冷たい。
「け、けどよ」

『卵を残して、もし、孵化したら?ライガの子供たちはエンゲーブを襲って消滅させてしまうかも。…ねぇ、ルーク。今私たちが守らなければいけないのはライガの子供?それとも、ヒト?』

「…っ!」

ルークが一瞬たじろぐ。
ティアの言うようにアオ達が今からすることは残酷かもしれない。
しかし常に相手を殺して自分が生きるか、相手を生かして自分が死ぬか。その選択に迫られて生きてきたアオにとって、今回の選択は間違っていないと、感じている。
決してその答えが正しい訳ではないかもしれない。
でも、ルークのように一歩立ち止まれる内なら、“大丈夫”だとアオは思っている。
(まぁ、私にはそんな優しさは苦しいんだけど)

「く、くそ!」

ライガ・クイーンが突進の姿勢に入ったところでルークが走り出した。
ティアはすでに譜術の詠唱に掛かっている。

アオは、走り出し取り敢えず前足に回し蹴りをお見舞いする。

『うわー、おっきい!』

人の顔よりも大きい掌を持つライガがその蹴り一撃でよろける筈はない。
が、アオの狙いはそこじゃない。

『よいしょっ』

この蹴りは技の連携を繋げるための第一歩に過ぎないのだから。

ジャキッ

空中で真っ直ぐ腕を伸ばして銃を構える。

ダンッダンッ!

続けざまに二発お見舞いし、そのまま宙返りをしながら更に撃ち、着地。
一度距離を取る。

その銃弾の雨で一瞬クイーンがたじろいだのを見逃さなかったルークが剣を十字に振るった。
そしてそのまま爪牙斬へと連携を繋げるも、技は毛皮の上を滑って終わった。

『ルーク!』

間一髪、ルークの頭の上で、がちん、と牙が噛み合った。
「うわっ!」
そしてルークが転がるようにアオの方へ逃げてくる。
『危なかったねぇ』
そこへ
「深遠へと誘う旋律_____」

ティアの譜歌が始まる。

(この歌は…)
恐らく体の自由を奪うもの。
しかしその譜歌もライガの咆哮ひとつで掻き消された。

『うるさーい』
耳を塞ぐアオ。
「おい!どうなってるんだよ!」
キレるルーク。
「まずいわ…こちらの攻撃がほとんど効いてない…」
焦るティア。

このままではラチがあかない。
そう感じたアオはとある決断をする。

『…2人とも。ちょっと時間が稼いでくれない?』
「何か策でも?」
『ちょっとね』
「だったらさっさとやれっつーの!」

ルークが微かな苛立ちを露わに再び走り出す。
そしてティアも彼のサポートに徹するために杖を構え直した。

クイーンが咆哮する。
剣がぶつかる甲高い音。
ティアの美しい譜歌の音色。

それら全ての音を意識の外へ追い出すべく、アオはそっと目を閉じる。
銃はホルスターにしまい、意識を集中させる。

イメージするは降り注ぐ氷の柱。
前に突き出した両の掌に大気に浮遊している氷のフォニムが集まってくる。

それらを丁寧に、術に組み上げる。
そしてそれらを解放する術式を唱える

『全てを氷結させ破砕せし氷塊よ。今ここに降り注げ!…ルーク、ティア!離れて!』

アオの言葉に従い2人がクイーンから離れるのを確認し、術を放った。



『________インプレイスエンド!』


瞬間、クイーンの頭上に青色の譜陣が出現する。
そこからいくつもの巨大な氷の塊が表れ、クイーンを貫いていく。

「うわっえげつねぇ…」

逃げることも許さず絶え間なく降り落ちる氷の塊は全て命中した。
しかし

「まだよ!」

瀕死の状態ではあるものの、辛うじてクイーンは立っていた。

『うっそぉ……』

そのしぶとさにアオが若干ヒいたその時。







「インディグネイション!!」


大いなる雷鳴がライガ・クイーンを貫いた




…♪…

[ 7/7 ]

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