第六話


「――いえ、彼の仕業ではないと思いますよ。」


そんな声が聞こえ、アオ達が振り返ると、人々がちょうど道を開けるところだった。

その向こうから現れた一人の少年に、アオとティアは息を呑んだ。

一見少女と見間違うような顔立ち。
萌え立つ緑を思わせる濃い髪と、同じ色の瞳。

白を基調とした法衣を纏い、先が二手に分かれた、音叉を模したペンダントを下げたこの少年は、まさか。


(ここまで、来た、のに――)


『導師、イオン…』
隣に居たティアくらいしか聞こえないような小さな声で思わず呟いてしまった。

「嘘…」

アオの呟きはやはりティアにも聞こえたらしく、彼女もかなり動揺している。




「イオン様」


と、ジェイドは少年を呼んだ。

イオン様。導師、イオン。




ここでイオンが彼女に気づいたら、間違いなく、六神将に戻されてしまうだろう。

今は六神将から脱走しているとはいえ、導師に逆らうのは、できない。


しかもジェイドはイオンのことを知っている。

ジェイドに自分の素性がばれると、なんか――やばい、気がする。


(諦めるしか――、無い、のかな)


「少し気になったので、食糧庫を調べさせていただきました。そうしたら、部屋の隅にこんなものが落ちていました。」


少年―イオン―は柔らかく微笑みながら、青緑色をした毛をつまんで見せた。



「こいつは……聖獣チーグルの抜け毛?」

ローズの問いに、イオンは頷いた。


「ええ。あまり考え難い事ですが、チーグルが食糧庫を荒らしたのでしょう。」

「ほらみろ!だから泥棒じゃねぇっつったんだよ!」
間一髪勝ち誇るようにルークは言って、村人を挑発するように拳を握って見せたりした。

まるで、子供だ。本っ当にもう、頭が痛い。


「でも、ルーク?お金を払う前にリンゴを食べたのは事実よ。疑われる行動を取ったことを反省すべきだわ。」

ティアが咎める。

「し、仕方ねぇだろ。金払うなんて知らなかったんだから」

よし、ティアに加勢しよう。

『だったら村の方達も仕方、ないよね。チーグルの仕業だなんて知らなかったんだから。』


「――ちっ」


屁理屈を、と言いたげにルークは舌を打った。

アオはティアと顔を合わせると苦笑するが、イオンがこちらを少し驚いているように視ている事に気がついて、目を、伏せた。



『…』


その様子にイオンは何を感じたのか、アオにだけ分かるような、小さな、優しい笑みを一瞬だけ浮かべた。

様な気がした。

(ばれた、ね)



「どうやら一件落着のようだね。―さあ、あんた達、この坊や達にいう事があるんじゃないのかい?」

ローズが場を和ませるように村人に向かって言った。



男達は顔を見合わせると、中の一人が前にでて、不承不承といった様子で頭をさげた。


「……すまない、このところ盗難騒ぎが続いて気が立っててな。悪かった。」

ローズは頷くと、ティアを振り向いた。

「坊や達、許してくれるかい?」

「俺は坊やじゃない」

ルークは唇を尖らせる。

(十分に坊やじゃん)

アオはそう思ったが、黙っていた。
ちら、と隣を伺えば、ティアも同意見らしい。

「ああ、ごめんよルークさん。そうだ。今夜の宿代はこちらで持とうじゃないか。どうだい、これで水に流してくれるかねぇ」


ルークは肩を竦めた。


「……別に。どうでもいいさ」

「そいつは良かった。――さて、あたしは大佐と話がある。チーグルのことは何らかの防衛手段を考えてみるから、今日のところは皆帰っとくれ。」


さあさあ、とローズが腕を振ると、男達は家を出て行き、それに続くようにアオ、最後にルークの背中を押すようにしてティアも外にでた。

扉が閉じられたときには、既に人々は自分の仕事に戻ったあとのようで、騒ぎなど無かったように三人はぽつんと残されたが、アオはその場をすぐに去る気にはなれないらしいティアを振り返った。


「導師イオンが、なぜ、ここに…」

『……』

「導師イオン?」
誰だそれ、というように、ルークが首を傾げる。


『ローレライ教団の最高指導者だよ』

「ん?ちょっと待てよ……イオンって奴は行方不明だって聞いてるぞ。あいつを探すからって、ヴァン師匠、帰国しちまうって――」

(どういうこと…?六神将にいた時に、そんな話きいてない…)

アオは、一人、顎に手をあてて考え込む。


「そうなの?初耳だわ……どういう事かしら……誘拐されてる風でもないし」

「俺、あいつに聞いてくる」

踵を返して戻ろうとするルークの腕をティアはあわててつかみ、一人考え込むアオに視線を向けるとルークに言った。


「やめなさい。大切なお話をしているみたいだから、明日にでも出直しましょう。……アオも疲れてるみたいだから…」

「ちぇっ、なんかむかつくぞ」


「いいから宿に向かいましょう。せっかくローズさんのご厚意で、無料にしてもらえるんだから。その分のお金は――そうね。あなたの武器を買うのに回しましょう。この先も、魔物と戦うことがあると思うから、いくらなんでも、練習用の木剣じゃ不安でしょう?あなた、真剣を使ったことは?」

「あ、あるよ!あるに決まってんだろ!」

ルークはそう言ったが、ないのね、とティアは看破した。だが、それでも木剣はだめだ。

真剣に慣れてもらったほうがいい。

「…そう言うことで、アオ。今は宿にいって、今度彼の武器を買いに行きたいのだけれど……大丈夫?もう少し休憩、する?」


そこでティアに話しかけられて、やっと、はっ!と我に戻ったらしいアオは顔を上げて首を横に振った。

『ううん。大丈夫。心配してくれて、ありがとう。…疲れてないから、大丈夫!』

「ほんとに、大丈夫?無理はしないでね。」

『ありがとう!』




そんな会話をしながら宿屋に向かっていると



「連れを見かけませんでしたかぁ!?私よりちょっと背の高い、ぼや〜っとした男の子なんですけど!!」

そんな声が聞こえて、アオは足を止めた。宿のそばで愛らしい顔の少女が、村人らしい男を捕まえてなにやら詰め寄るようにしている。

(嘘…っ)

ほとんど黒といっていい髪を耳の上で黄色のリボンで結んでツインテールにし、ピンク色の丈の短いワンピースに、腿の半ばまである白いブーツ、前掛けと後ろに垂れのあるマントは真ん中で割れていて、蟲の羽をデザインした様にもみえる法衣を纏ったあの少女は――



(アニスっ!!?)



少女が背負っているぬいぐるみが、何よりの証拠だった。



ツインテールの少女に詰め寄られていた男性はなぜか逃げるように去っていった。

少女はその場で腰に手をあてて、くりっとした茶色の瞳であたりを見回しながら、可愛らしく唇をちょっとだけ尖らせた。



(アニスに見つかったらめんどくさい事に…。隠れるか?どうする…)

「もー…イオン様ったら何処行っちゃったのかなぁ」


アオが考えている間にも近づくアニスとの距離。
ルーク達にここから離れようと伝える前に

「イオン?それって導師イオンのことか!?」

ルークが口を開いてしまった。

『なんて事してくれたのよ!!』
「あだっ!…っ何すんだ!!」

小声だがアオは叫びついでにわき腹に蹴りを入れといた。

ルークの叫びを聡く聞きつけたらしい少女が振り返った。
そうして、とととっと駆け寄ってきて、両拳で口元を隠すようにしてくねっと腰をひねる。

「知ってるんですか?…ってアオ!?」

駆け寄ってきた少女はルークの隣にいたアオに気づき、声を上げた。

「なんでアオがここに居るの?向こうでは行方不明って聞いて…」

『あぁ!!ちょっといろいろあって!!それで…』
(やばい、どうしよう!)


内心アオがおろおろしていると。


「導師イオンなら、ローズさんの家にいらっしゃいましたよ」
ティアがにっこりと微笑みながら何気なくアオをフォローした。

「ホントですか!?ありがとうございます♪」

それを聞いた少女はツインテールを揺らして頭を下げ、再度アオに向きなおる。

「何してるのか良くわかんないけど。早く戻りなよ?」

『う゛、うん…。……あ、アニス、先を急いでるんじゃないの?』

「はうあ!」
奇声を上げて、それじゃあ!といいながら脇を駆け抜けていく少女。

「ちょっとあんた!」

その背中をルークが呼び止める。

「はに?」
きゅっと立ち止まり、少女は振り返った。背中でぬいぐるみが跳ねる。
アオにはイシシという笑い声が聞こえたような気がした。

『……』
「なぁ!どうして導師がこんなところにいるんだ!?行方不明だって聞いてたぞ!」

「はうあっ!」

少女はもう一度先ほどと同じような奇声を上げた。

「そ、そんな風な噂になっているんですか!?イオン様に伝えないとっ!」

くるりと踵を返して少女はあっという間に走り去り、ローズ邸へと駆け込んでしまった。

「あー……くそ……結局、理由を聞けなかった……」

所在無げに伸ばした手を、ルークは頭にやって髪を掻いた。

『そうだね…。でもあの子は導師守護―フォンマスターガーディアン―だから、ローレライ教団も公認の旅なんだと思う。』

「導師守護―フォンマスターガーディアン―?」

振り返ったルークに今度はティアが頷いた。

「イオン様の親衛隊よ。神託の盾―オラクル―騎士団の特殊部隊ね。公務には必ず同行するの。」

「あんなガキでもヴァン師匠(センセイ)の部下ってわけか。……にしても行方不明って話はなんだったんだよ!誤報ならマジムカつくぞ!」

確かにアオもこの話は初耳だったから、かなり気になる。

どういうことだ…と再度考え込んでいると、コツン、と後頭部に小さな衝撃。続いて聞こえたのは、やべっ、というルークの呟き。

『ルーク…?』

振り向けばルークは青ざめた顔をしているし、ティアはあきれたような顔をしながらこちらに向かってきている。

アオがふと足元を見ればそこにはすこし大きめの小石。

(あ、なるほど。)

事を理解したアオは指をパキパキならす。ちなみに足のホルダーから二丁の愛銃を出しながら。

『歯ぁ食いしばれよ…?』

「っは、はぁ?な、何で俺がピンチにならなきゃなんねーんだよ!?そ、そうだ、よけなかったお前が」





パン、パァンッ





悪いと続けようとしたルークの言葉をさえぎった2つの銃声。
ちなみに弾はルークの両サイドの髪を掠めていった。

『誰が、悪くなくて、よけなかった、誰が悪いって…?』

(黒い)笑顔で迫るアオにさすがに怖気づくルーク。

「だ、だから…その…」

『言い訳は聞きたくないなぁ。…額に風穴開けられるか、喉元掻っ切られるか、選べ。』





「お、俺が悪かったッッッ!!」






















「ったく何で俺がこんなボコボコにされなきゃ」

『ルーク?』

「…すみません」

はぁ、とティアはため息をつきながら、とりあえず落ち着いたアオの後頭部の傷を術で癒していた。

ルークは自業自得のため誰も治していない。

「とにかく、明日はカイツールの検問所へ向かいましょう。橋が落ちた状態では、そこからしかバチカルには帰れないわ。あとは旅券をどうするかね。」

アオの治療を終え、ルークを見れば、彼はまだローズの家のほうを見ていて、こっちの話を聞いていないようだった。

「ルーク?」
『?』

彼の様子に気づいたらしいアオも彼のほうをみる。

「……なんか、腹の虫がおさまらねぇ。このままじゃ帰るに帰れねぇぞ!」

「…呆れた。まださっきの事起こってるの?」

「当たり前だろ!泥棒呼ばわりされたんだ!」

(あ、そう言うことか。ボコボコにされた件を言ってたのならさらにボコボコにしたのに。)

話の流れをつかんだアオとティアのほうをルークは振り返ると、真正面からこちらの目を覗き込むように見た。この顔は――

何を言っても無駄な人間の顔だ。

「なぁ、チーグルって知ってるか?聖獣って言われてたけど」

『…そりゃぁ、知ってるよ。東ルグニカ平野北部の森林地帯に生息する草食性の獣だよ。始祖ユリアと並んで、ローレライ教団の象徴になってたよね、ティア』

「えぇ、そうよ。たしかこの村の北辺りに生息してたはずよ。」
ティアがアオの補足をした。

するとその話を聞いたルークは

「明日になったらその森に行く」
と口を開いた。
(やっぱりですか)

「行ってどうするの?」
呆れるアオの代わりにティアが彼に尋ねる。

「そいつ等が泥棒だって証拠を探すんだよ」


『「無駄だと思うけど」』


「うるせぇな!もう決めたんだ!…てか、声そろえて言うな!」

吐き捨てるようにルークは言うと、肩を怒らせながら宿に向かって歩き出し、その背中にアオとティアは深いため息をついた。


『これ、決定、なの…?』
「おそらく…ね。」











……♪……

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