第五話


ルークが村の食糧庫をあさった犯人と勘違いされ、一向は今、村で一番大きな―といっても些細な違いだが―にいた。



「ローズさん、大変だ!」
アオとティアがルークを助けなかったのは、彼の自業自得だし、彼の社会勉強にもなるんじゃない?という理由だった。

ローズというのは、おそらくこの村の実力者なのだろう。 恰幅のいい女性は、一睨みで興奮した男達を押しとどめる。


どうやら軍のお偉いさんが来ているらしいが、男たちはお構いなしにルークを目の前に突き出して、ギャァギャァやってる。


ルークも必死に反抗。


『なんか、かわいそうじゃない?』
アオはティアに耳打ちするようにたずねるが、
「そう?まだ、様子を見ててもいいと思うわよ。彼、人間に暴力を振るうことなんてできないみたいだから。」
というごもっともな意見で返ってきた。



一方興奮しきった男達は―


「逮捕だ!」
「そうだ!軍のお偉いさんが来てるならちょうどいい!」

「逮捕だ!」
「逮捕だ!」
「逮捕だ!」


「だぁー!俺は泥棒なんかじゃねぇっつてんだろ!こちとら、食いモンに困るような生活は送ってねぇーんだよ!」


(…キレた…)
アオとティアはルークが強引に腕を振りほどき、周りの男達が将棋倒しになってゆくのをみた。


「おやおや、威勢のいい坊やだねぇ。」
ローズはそんな様子を見ても豪快に笑っていたが。

「まぁ、皆落ち着いておくれ。」
ローズが男達―ルークを含む―をなだめた、そのとき。





「そうですよ、皆さん。」





笑うように言って青い軍服を着た長身の男が立ち上がった。

この人が軍のお偉いさんだと、一目で分かる。
身にまとっている服からも分かるが、なにより―この男に取り巻いている空気が、只者でないことをアオに感じさせた。

それはティアも同じなのか、彼女の面持ちは少し緊張していた。



「だれだよ、あんた」

そんな彼を見てルークは口を尖らせて言う。


『…ティア。』
「何?アオ」
『マルクト軍の人にルークのフルネームは、まずい、よね。』
アオの言いたいことを理解したティアはそうね、と返した。

「もし、彼がフルネームを言いそうになったら私が」
「私は、マルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。」

止めるわ。とティアが言いかけたところで軍服の男―ジェイド・カーティス―はルークに名を告げた。

おそらく、先のルークの言葉に返したんだろう。
『ティア。嫌な予感が。』
「えぇ…。」


「それで、あなたは?」



((やっぱりか))



「ルークだ。ルーク・フォン――」

((!まずい!!!))

「ルーク!!」

アオの隣にいたティアが切り裂くように言って家の中に飛び込んだ。アオもジェイドの、突き刺すような視線をあえて、無視してティアに続く。


(…私のこと、六神将補佐のこと…ばれてる、かな…。)


不安に思いつつもなぜ名前を遮られたのか分かっていないルークにティアとともに説明する。



<……忘れたの?ここは敵国なのよ?あなたのお父様、ファブレ公爵は、マルクトにとって最大の仇の一人。うかつに名乗らないで。>

《特に、あのジェイドっていう人はどこまで、何を知っているのかも分からない。…ましてや大佐の階級にいるならなおさら…ね。》

ティアとアオは絶対ルーク以外に聞こえないほど小さな声で言う。
譜術士(フォニマー)ならではの芸当だ。


「へ、そうなのか?」

(…ルークのこの返事はこの際、仕方ない、よね…)

あまりのルークの無知さに落胆しつつも気を取り直すアオ。

《…そうだよ。ルークのお父さんに家族を殺された人がここには大勢いる。無駄な争いは避けるべき、でしょ?》


ちら、とアオとティアはジェイドを見る。彼は最初から唇に薄い笑みを浮かべてこちらをみている。

そして首を微かにかしげる。


「どうかしましたか?」





聞かれたか?だからこその余裕かも。
だとしても絶対になんとしても誤魔化さなければ。

ティアはつかんでいたルークの腕をはなした。
怒ったせいか、顔が赤い。

(お願いだから短期を起こさないで…っ!
ティアの邪魔になるから)

その様子を見ながら、ティアは何気にアオを自分の後ろに隠すように立ち、ジェイドに向き直って一礼した。

アオを隠すようにしたのはアオの事情を知っているからだろうが、アオは素直にその心遣いがうれしかった。

《ありがと、ティア。》
ティアはちらりとアオを見たがすぐにジェイドに向けて語りだした。


「失礼しました、カーティス大佐。彼はルーク。私はティアと申します。ケセドニアに行く途中でしたが、辻馬車を間違えてここまで来ました。」


「おや、ではあなたも、漆黒の翼だと疑われている彼の仲間ですか?」

からかうような口調。
(…なんか…むかつく。)

イラッとした顔をしたアオを視線で慰めてティアがさらに続ける。

「私達は漆黒の翼ではありません。本物の漆黒の翼は、マルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追い詰めていたはずですが。」

「あぁ。なるほど。」

ぱふ、と手袋をした手をうちならし、視線をティアの後ろのアオに向ける。

突き刺すような視線に自然と構えようとしてしまう。

「それで、あなたのお名前は?…ティアさん、ルークさん、とおっしゃいましたね。彼女と彼の名は分かりました。…が、なぜティアさんはあなたの名前を私に教えてくださらないのでしょう。
―それに、その髪の色、どこかで見たような――
…疑いたくなっちゃいます。」


にこ、としながら有無を言わさない圧力でジェイドがアオにといかける。


ティアをみると、微かにうなずくのが分かった。アオはティアにうなずき返すとティアの前にでてジェイドの目をまっすぐ見据える。


『…どこかでみた、というのはカーティス大佐の勘違いと思われますが。
―私はアオといいます。こんな髪の色の人なら、どこにでもいるでしょう。』


「…ありがとうございます。あなたのことは確かに私の勘違いかもしれませんね。
 それで、先ほどの辻馬車に、あなた達も乗っていたんですね?」


さすが、軍人は切り替えが早い。それで、わざとらしい。

ティアとアオは頷く。

「どういうことですか、大佐?」

ローズが、話が見えない、といいたげに訊く。

「いえ、実はですね、ティアさんが仰ったとおり、漆黒の翼らしき盗賊はキムラスカ王国のほうへ逃走したんですよ。ローテルロー橋を破壊して。」

人々がどよめく。

「だから、彼らは漆黒の翼ではないと思いますよ。私が保証します。」



「ほらみろ!!」

ルークが吼える。
黙って、とアオが囁いたが聞こえたかどうか。

「だけどそれは!」
村の一人が反論する。「こいつらが漆黒の翼じゃないってだけだ!食糧泥棒じゃないって保障にはならねぇ!」

そうだそうだ、と男達がつづく。

「なんだと!」

ルークは振り返って凄んだが、男達の声は小さくならなかった。が―――





「いえ、彼の仕業ではないと思いますよ。」





その場に今までいた誰でもない声が家に響いた












……♪……

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