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ルークたち一行はあれからずっと誰一人口を開かず、ただ、黙々と歩いていた。 シンとしているが、その静けさの奥にはさまざまな音が潜んでいて屋敷の中の夜とは何かが違う――ルークはそう思った。 と、足裏に、なにか粘着質な感触があって足を止めてみたルークは、大きくため息をついた。 「はぁー……まったく冗談じゃねぇっての。」 ぬかるんだ泥が靴を汚していた。 アオは、ただ静かにそんなルークの様子を見ている。 「ごめんなさい、私が屋敷までおくるから…」 「当たり前だっつーの!」 ルークはほとんど反射的に怒鳴り返しながらティアをみた。 ルークの言い方に頭にきたアオがルークに口を開く。 『ルークさん!そんな言い方ないと…!』 「アオ、大丈夫。…ほんとにごめんなさい。」 月の下で佇むティアの表情はとてもつらそうで、また、アオが自分をとがめるような顔をしてこちらを見ているのを見て、そんな顔をさせたのが自分だということに、ルークはなんともいやな気分になる。 「ま、まぁ、屋敷の外に出られたことなんざなかったし、散歩がてらっていうのも悪くないかもしれないけどな!」 するとティアは不思議そうな顔をして、 「あなた、帰りたいの?帰りたくないの?」 とルークにたずねる。 それを聞いたルークがまたティアに反発する―― そんなやり取りをアオは苦笑交じりにみまっもっていた。程なくし、ルークがなにやら落ちついたようだ、と思った矢先だった。 『この気配は…』 まわりを囲まれている。ティアのほうへ視線をめぐらせると、ティアも気づいたようで、ルークを黙らせる。 『魔物…』 「ま、魔物!?」 アオの呟きを聞いたルークが思わず声を出してしまったが、まだ小声にするくらいの余裕はあったらしい。 だが、ティアもアオも答えない。 ティアはルークをかばうように杖を、アオは二人を守るように二丁の拳銃を足のホルダーから抜き出し、構える。 「じょ、冗談だろ!?魔物だなんて―――うわあ!!」 ぼとり、ぼとりと木の上から巨大な植物の実、そして、巨大な花のようなものが落ちてきて周りを囲まれた。 ただの植物ではないことはすぐにわかる。それらが動き出し、こちらを伺うようにじりじりと動いたからだ。 「なんだよ、こいつら!!」 「プチプリとマドロンテン――植物種の魔物よ。花みたいのがマドロンテン。いい?とにかく落ち着いて。」 「落ち着けたって、どうすりゃいいんだよ!?」 魔物は明らかに敵意を持っている。 ルークは腰を探った。 指先に剣の柄がふれたが、それが木剣ということを思い出す。 『ルークさん。複数の敵と戦うときは相手をよく見てください。魔物の中に飛び道具を使って来るやつもいるから、相手がどんな攻撃をしてくるのか、それを見極めて。斜め上に――』 「だーー!そんなに一気に説明されてもわかるか!大体なんで一般人の癖に――」 ティアはため息をつくと、杖を握り締めた。 「……くるわよ!」 「へ?」 ティアの言葉が戦い開始の鐘であったわけではあるまいが。魔物は無言のまま襲い掛かってきた。 すばやく反応したアオは二丁の銃を前に突き出し、 『ツインバレット!』 すばやく後ろに後退しながら低い体勢で二丁の拳銃を撃ってゆく。 一般人という嘘を気にしてられるか! アオは次々と敵を打ち抜いてゆく。 (すげぇ…) 「ルーク!」 アオの戦いぶりに気をとられ、その間に近づいてきた魔物にティアの声とともに気づき、とっさに防御するも、腕のように振り上げられたプチプリの巨大な葉に殴りつけられ、じん、と腕がしびれた。 だが、だが怪我はない。 ほっと安心したのもつかのま、さらにプチプリが襲い掛かってきた。 やられる!とおもいきや、いきなりプチプリの片方の葉がちぎれとんだ。 アオの銃弾が当たったのだ。そのままアオは中に飛び上がり―― 『ガトリングバレット!!!』 地面に向けて身体をひねらせながら発砲した。 すべての銃弾を喰らったプチプリは光のような粒子になってきえた。 「なんだ…?」 『音素に帰っただけです!油断しないで!』 鮮やかに着地したアオが答える。 ごめ―といいかけてルークはそれを飲み込み、ティアの横から迫りつつあったプチプリに向かった。 心臓が激しく動いている。 恐ろしい。 こいつらが魔物なら、どんな戦いの手段をもっているかわからない。 それでも。 「うりゃあ!――爪牙斬っ!!」 ルークは自分を奮い立たせるために技の名前を叫びながら、木剣を振るった。 音素を乗せた上下からの攻撃がプチプリを叩き潰す。 肉体が、音素に還る。 「ルーク、行ったわよ!」 その声に振り返るとマドロンテンの鮮やかな橙色の姿があった。 (まにあわねぇ!) とっさに両腕で頭をかばうも強い衝撃を感じ、自分が弾き飛ばされたのだとわかった。 ずきりと体が痛む。 息が、詰まる。 きしきしと笑い声のようなものを上げながら、マドロンテンが花弁を開くのをみた。 その奥にルークは花にはありえない≪牙のある口≫をみて、悲鳴を上げたくなった。 『癒しの力よ――ファーストエイド』 アオの声が辺りに響いた瞬間、ルークは自分の周りに譜陣が出現するのをみた。 光が立ち上がり、傷がいえてゆく。 体が、動く。 「だぁっ!」 ルークは木剣でマドロンテンを横から思いっきり殴りつけた。 バッと花弁が散り、直後、それは光の粒子となって空中に拡散した。 辺りにしんとした静けさが再び戻った。 アオもひとまず安心する。 (とりあえず、よかった…) 雄たけびを上げているルークを横目で見ながら、銃をホルダーにしまい、胸をなでおろす―― と、視線を感じた。 視線をめぐり、見てみると、その主はティアだったらしい。 彼女のサファイヤブルーの瞳がこちらをじっと見つめている。 あなた、何者?と。 そしてルークもそれに気がついたかのように口をひらく。 「おまえさ、何で一般人なのにあんなに戦えるのかとか、あんなトコに倒れてたとか、話さねぇの?――たしかにさっきの戦い方みてると、すげぇって思ったけど、あれじゃ、ちょっと合点がいかねぇ。」 うっ…。 世間知らずの癖になかなか観察力はあるらしい。 「そうね。すこし、説明してもらえる?」 そういうティアの声音はとがめる気配も微塵もなく、むしろ、とてもやさしかった。 が、アオは彼らから視線をそらす。 『……今は…できない。たぶん、ティアさんには理解できると思うけど、ルークさんは…』 はぁ、とため息をつく。 「俺を馬鹿にしてんのか?」 ゆるゆると首を振るアオ。 『ともかく、あなた方が、ヴァンの味方ではない、という保障ができるまでは、なんとも…、でも、きずいているように、一般人でないことは、確かです。』 ごめんなさい。 そういい、アオは頭をさげる。 「気にしないで…とはいえないけど。あなたが悪いわけではないわ。だから、顔をあげて。あなたは、これから、どうするの?」 『……』 アオは顔を上げるとまっすぐティアを見る。 『私は…、ヴァンから逃げてる。けど、会いたくないわけじゃない。』 「どういうことだよ?」 『聞き出したいことがある。』 そういった。 『だから、ヴァンに会うまではあなたたちと行動をともにしたいのですが…』 「わかったわ。でも、…」 ティアはルークへと視線をそらす。 「お、俺は、っ、何も、害がなけりゃ、別に…」 『本当ですか!?ありがとうございます!おそらく、私の正体は遠からず、そのうち自然とわかると思いますが…、よろしくお願いします! 』 そういってアオは勢いよく、二人にまた、頭をさげた。 「ふんっ。…」 ルークは鼻を鳴らしながら横を向く。 「こちらこそ。…それから、さんをつけるのと、敬語は、なし。これからともに旅をするのだから、それくらい、ね。」 ティアはやさしく微笑んだ。 ……♪…… back ![]() |