君の世界に、遡る




君の世界に、遡る




「…で、今日は戦果無しと」
「そーすけ、うるさい」

鮫柄での部活が終了して。今日も食堂のおばちゃんの好意に甘えて鮫柄の食堂で夕食をとる。
隣には凛。目の前には呆れ顔の宗介。

七瀬や橘、刹香達に歩み寄ると決めて1週間。私は未だ彼らと上手く距離を詰められずにいた。
私が彼らに歩み寄ってみようと決めたことを宗介はどうやら凛に聞いたらしく。あの日の翌日から「で?」と毎日のように私の進捗を聞きたがっていた。
それからというもの毎日の様に私の進捗を聞いては呆れ顔を浮かべている。

「まぁ…宗介もそう焦らせるなって」

凛が綺麗にほぐした鯖の味噌煮をはむ、と口に入れながら言う。

「こいつも…まぁそれなりに努力はしてるし」

どうやら凛は、今日も宗介に呆れ顔を浮かばせる原因となった出来事を思い出しているらしい。目がどこか遠くを見てる。
今日、部活が終わった直後に橘から電話が掛かってきた。私は橘達には、あの決意を伝えていない。今まで受信するはずの無かったその電話は呆然とする私の手の中で鳴り続けていて。たまたま通りかかった凛を見上げればにやりと笑った。
……はかったな!!!
そう心中で叫びながら、さてどうしようかと画面とにらめっこを開催し始めたところで、凛は私からスマホを取り上げ通話ボタンを押したのだ。そしてそのまま私の耳に無理やり押し付けた。

《もしもし。……刹李?》

そのスマホの向こうから聞こえてきたのは橘の声。

「誰だと思ってかけて来たんですか」

思わず橘の第一声にツッコミを入れてしまった。すると隣からはブフッと吹き出す声。凛だ。身体を折り曲げ、震えている。
その振動で上手く私の耳元に固定できなくなったスマホを仕方なく受け取り、自分で耳に近づけた。

《えっと…その、》

「……切るよ」

この後には今日の部員の記録の整理とデータの収集に物品の確認に…やることが沢山あるのだ。幾ら歩み寄りたいとは思ったものの、自分の仕事をするべき時間を無駄な間で取られることはやはり腹立たしくて。いつものようなトゲトゲしい言葉しか出てこなかった。
そしてやはり隣からは凛の堪えきれない笑い声。

《ああああ、待って、切らないで!》

ギロ、と凛を軽く睨みながら言葉の先を待つ。

《来週の日曜って鮫柄はオフかな?》
「なんで」
《えっと…。俺の家でバーベキューしようって話になって。ハル達と。…そしたら皆んなが刹李も誘おうって…》
「…………」

なんだ、それ。

端的に、そう思った。
なんでそこで岩鳶の面子がいきなり私を誘おうって思うのか。分からなかった。
元々角質、というか私の一方的な嫌悪に関係無かった江ちゃんが言い始めたなら分かる。けど、なんでわざわざ【皆んな】って…。

《…刹李?》

なにも発さない私を不思議に思ったらしい。

「なに」

《あ、いや…。俺たち、凛から聞いたんだ。…というかさ、全部分かってる。…と思いたい。》

「は」

《こういうのはどうかと思うんだけどさ、刹李が今まで思ってたこと、気づいてたんだ。…特にハルと刹香は》

なんなんだ、いきなり。
そんな話をされたところで。
私は、

《俺たちも、刹李と、もう一回。昔と同じようにとは言わない。また、幼馴染になれたらって思った》

隣から視線を感じる。
凛が、そっとスマホを持っていない手を握ってきた。
【幼馴染になれたら】
そんな言葉、向こうから伝えられるなんて思っても無かった。
だって、勝手に自分から切り離して、そして、また勝手に歩んでみようと。ただの自己満足な行為なんだと思ってた。
それなのに。
これじゃあ私は、自己満足じゃなくて、相手に甘えきりの最低な人間じゃないか。
…違う。自己満足の時点で甘えていたんだ。

《待ってる。俺たち。…来週の日曜日、会おう》

言わなきゃ。例え今、伝える相手が真琴だけであろうとも
【ごめんなさい。ありがとう。私も、幼馴染になりたい】
いろんな言葉を伝えなきゃ。
頭ではそう思っているのに、口がはくはくと動くだけで音が出てこない。

《……》

しばらく続く沈黙。

繋がれた片手に力が篭った。

「ま、」

《それじゃあ…。日曜日に》

おやすみ、そう言って電話はプツリと切れた。







「それで、何も言えなかった、と」
「そうですよ!何も言えませんでしたよ!」
「ハルや真琴の前でもそんくらいの気力でいてくれたらなー…」
そーすけに噛み付く私を凛が虚ろな目で見てくる。
「うぅ…」
腹いせに目の前の宗介のプレートにのったプチトマトを2つ拝借する。
確かに私が悪い。彼らがいない場所ではこうして【私】として過ごせるのに、七瀬や橘、刹香たちが関わるととたんに狡くて臆病な人間に成り下がる。
「でもま、バーベキュー良いんじゃねーの?…肉食えるし」
「凛……最初から知ってたでしょ」
このことをけしかけたのは絶対に凛であると確証があった。なんとなく。
「まぁ…知ってたっつーより…仕掛けたっつーか…」
「どうせそうだろうと思った」
「凛も行くのか」
「来週の日曜はオフだしな、っつかだから来週の日曜っていうか」
「やっぱりグルじゃない!!」

立ち上がって凛にヘッドロックをかます。

「おい!今食ってただろ!」
「知るか!くらえ!」

学園の食堂、それも水泳部の部員が皆揃って食事をしている場でギャーギャーと騒ぎ始めれば他の部員もその騒ぎに乗じるのが常で。

「また部長と刹李さんがイチャついてる!!」

最初に騒ぎ立てるのは百太郎とだいたい決まっている。

「うっさい!百太郎!」
ギロリと自慢の眼力で睨み黙らせる。
そんな光景はもはや他の部員にとっては名物である事を私は知らない。

「おまえらほんっと飽きないな」

そーすけが目の前の夕食に目を向けながら言葉を放つ。

「凛の!バカ!くらえ!」
「…別にお前にやられても痛くも痒くもねぇし。…てか」
「なに?」

凛が私を見上げてくるので自然とその綺麗な顔を見下ろすことになる。
そして凛が自由な手で私の後頭部を抑えて顔を引き寄せた。
「わっ!?」
「………当たってる」
「…………」
耳元で囁かれた言葉を理解するのに数秒。

「死ね」

久々に吐いた暴言とともに繰り出された必殺パンチは凛の額に大きなコブを作った。





きっと、凛がいれば大丈夫。
彼と一緒に過ごす時間は、恋人同士として過ごす甘い時間の反面、小学生のあの時に戻ったみたいな感覚を呼び起こす。

その感覚は、ハルや真琴、刹香達と歩み寄るためのリハビリなんだ。

来週の日曜日。
臆病で狡い自分とさよならするその日が、少し怖くて、不安で、それでも楽しみと感じられた。


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