君の世界に、包まれる




君の世界に、包まれる






のそり。

我ながらまさしくその効果音がピッタリだと思われる仕草でベッドから起き上がった。


けたたましく鳴り響く目覚まし時計を止めて時間を見れば世間一般的にいえば遅刻間際の時間。

…まぁいつも通りだけど。


かつて部屋に持ち込んだ小型冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、そのまま飲む。


「…………」


不気味なくらい静かな家に響くのは自分の生活音だけ。
つまりそれはこの家に私だけしかいないということ。

それも、いつものこと。


適当に身なりを整え、放課後に鮫柄での部活動で使う道具だけを鞄に詰めて家を出た。











朝の9時少し前。
それが私の登校時間だ。

丁度HRが開始されたらしく、どの生徒もお行儀よく席に着いている。

そんな教室に後ろのドアから入った私。

もはや周りの視線なんて慣れたもの。
何度注意されても当校時間を改めない私にとうとう教師は諦めたらしく、最近は不快な視線をひとつ寄越されるだけで済んでいる。




自分の席につければこちらのもので。
あとは本日分の授業が終わるまで寝るだけ。



だというのに。

一週間前の夜、凛に言われた言葉が頭から離れない。





_______お前を受け入れようとする世界を怖がるな。前に進め。…俺が隣にいる


多分、私にとって一番言われたくて、一番言われたくなかった言葉。

自分の思考と感情がぐちゃぐちゃになって。
凛にしがみつくようにして泣いてしまった。



(私を受け入れようとする世界なんて)


あっては、いけないのだ。
そんな世界が存在するということは同時に、私を拒絶しようとする世界が存在する。

だったら私は、”拒絶”のみが存在する世界で、独りで。

そう思ってたのに。

いつのまにか、凛が私の隣にいた。

いつのまにか、七瀬や橘、刹香がこちらに手を伸ばしていた。





凛に、「側にいる」と言われたとき凄く嬉しかった。
凛の隣なら、凛がいればと。
ついこの間までは思ってたのに。


知らぬ間に伸ばされた手が少しずつ、私に向かって伸ばされていることに気づいてしまった。

再びその手を取ってもいいのか。

凛と別れ帰宅した後に悶々と考えた。
そして今も。
まだその答えを素直に導き出すことを躊躇っている自分と、素直に受け入れてしまおうかとそう思っている自分がいる。


きっと私に取って伸ばされた手を取ることは長い時間を必要とすることで。

周りはそれを分かっているということも薄々感じていた。


それでも手を伸ばせないのは再び”拒絶”の矛先が私に向かうことが恐いから。


………なんという、弱虫。





(やめよ。寝よ)


考えても自己嫌悪と、ある一種の恐怖に囚われそうになる思考を振り払うべく意識を闇の中へ集中させる。


と、


制服のポケットに入れていたスマホが振動した。


「…………」


取り出して画面を見れば「松岡凛」の文字。

岩鳶高校と多少授業カリキュラムが違う鮫柄では現在休み時間なのだろう。
メールが来ていた。




_____明日、オフ。どっか行こうぜ



たったそれだけ。

だけど、その文には私がこれからどうしたいのか。それを教えてくれという意味が込められているのだろう。
凛は、私が彼に依存するだけということを望んでいない。その先を、望んでいる。

この一週間、あれから特に凛が七瀬や橘達について言うことはなかったけれど、私の答えを待っていてくれることに変わりはないのだろう。


「……………」


アスリートである凛の事を考えればオフの日はもっと大切に使って貰うべきなのだろう。
しかし自己管理をしっかりと行える彼のことだ。
きっと明日出掛けたとしてもさして影響が出ないと、凛がそう判断してこのメールを送ってくれたのだろう。

私は凛に返信のメールを送ると再び机に突っ伏して今度こそ寝るために意識を闇の中へと沈めた。





















「おー刹李。早かったな」

「まぁね、たまには」

待ち合わせ場所として決めてあった駅前に行けばやはりというべきか。
既に凛がいた。

「待っててくれたでしょ。ありがと」

「別に。そんなに待ってねぇよ」

そんなやり取りをしながら私たちは歩き出す。


「それで?何処行くの」
「あーー……。」

「だと思った」


特に目的もなくブラつくのはいつものこと。
それでもなんとなく私が「何処行くの」って質問して。
「だよね」ってお互いに苦笑する。

「それじゃ、カフェでも入りますか」



駅前のカフェに入って、ラテを頼む。
二人とも会計を済ませて取り敢えず席に着く。

「二人で出掛けるの久しぶり」
「最近は大会やら合同練習やらで忙しかったしな」


大会は少し前に終わってしまっているが、屋内にプールがある鮫柄では基本的に練習がシーズンオフとなることはない。

そんな中でやっと落ち着いたこの日。

「だからたまには良いだろ」

ニッと笑う凛は何処か得意げで、眩しい。
思わず目線を逸らしてしまう。

「………まぁ」

七瀬や橘、刹香とこれからどうしていくのか
それを答えなきゃいけない。


凛は、
依存するだけの世界では、居てくれない。





「後で海行こうぜ。海」
「は?なんで?」
「なんとなく」

なにそれ。

突拍子もない凛の提案に、少なからず動揺した。

いつもは海とか言わないくせに。

「………別に良いけど」

「決まりな。んじゃ行こうぜ」
「はやっ!?」


半分と飲んでいないドリンクをぐいっと飲み込み私の腕を引く凛。

「ま、待って!これ飲ませて!」

私もつられて慌てて残りのラテを飲み干し、凛に引っ張られて店を出る

「そんなに慌てなくてもいいのに」
「刹李の気が変わるうちにと思ってな」
「私そんなに気が変わるの早くない!」

なんだかこうして、子供っぽく騒ぎながら出掛けるのも久しぶりな気がする。

凛と出掛ける事は、彼と再会してから幾度と無くあったけれど。

凛はこんなはしゃぐタイプだったっけ。








「やっぱ海っつったらここだよな」


駅前から地元に戻り、たどり着いたのは私の自宅から程近い海。
七瀬や橘の家も当然近い。
幼い頃は4人でよく遊んだっけ。

それも、凛が転校してきた時期には既に私は七瀬や橘、刹香と離れ始めてて。

こんな風にこの海に遊びに来たのは本当に久しぶりだった。

「…………」

「………刹李?」


「凛。…私、さ。少しだけ、怖いよ」

隣に立って私の顔を覗き込む凛の袖を軽く掴む。

「…………」

凛はその手が震えている事には気づいているのだろうか。

「凛に、“前に進め”、“隣にいるから”って言われて私、大丈夫かもって思った。可笑しいよね。凛だけがいれば良いってずっと思ってたのに。凛の、そのたった一言で、大丈夫かもって、七瀬や橘…刹香に近づいても、もう、平気かもって……思い始めてる」

足元の砂浜を見つめ矢継ぎに話す私を凛は止めない。じっと、聞いてくれてる。

さっきまではしゃいでたのが嘘みたいな、沈黙。

「この海に凛と来て、また昔みたいにって。またみんなと一緒にいたいって、思った」

「………あぁ」

自分から遠ざけておいて今更。

サミシイと、感じてしまった。

「………なんて、自分勝手なんだろう。私」
「刹李、」

凛が、私を抱き寄せる。

ちょうど1週間前の夜のように。

「その上ね。七瀬達に“自分勝手”って思われるかも知れないって思った。………それが怖くて。そういう風に感じてる自分が、凄く怖い」

凛のシャツをギュッと握る
と、「フッ」と笑う音が聞こえた。

「…凛?」

「なぁ、刹李。俺は、“自分勝手”だとは思わない。刹李がもう一度前に進もうとしてるって、……スゲェ、嬉しい」

「………」

「それにきっとハル達も待ってた。…俺は刹李があいつらに近づくのが怖いと思ってたのも、躊躇っていた理由もなんとなく分かってた。………それはハル達も知ってたんじゃねぇかな」

……凛は。
全て知ってた上で、私の隣にいると言ってくれていた。
その優しさに、甘えてた。

「自己嫌悪すんなよ。少なくとも、俺に対して甘えて、それを自己嫌悪するなら尚更、な」

「…!」

つい、顔を上げれば凛が得意げに笑ってこちらを見下ろしていた。

「だから、安心しろよ。俺は、隣にいる」




「……凛は、優しすぎるよ」

「ハハッ」

いつものように、それでいて。
いつもよりも優しく笑う凛。


「ありがとう、凛」

「ん」


ゆっくり身体を離してお互いに向き合う。

「………」
「………」

沈黙。
聴こえるのは穏やかな波の音。

それから。


凛のいつになく真剣な眼差し。

「……好きだ。これまでも、これからも。隣にいる」


大好きな人の、とても大切な、アイの言葉。




「…うん!」

凛に向かって飛び込む。
一度離れた距離が再び埋まる。

凛が優しく受け止めてくれる。

凛が隣に居れば、きっと前に進める。





私を包む世界に、光が見えた気がした。


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