あなたの世界に、溺れていく



あなたの世界に、溺れていく





「岩鳶高校水泳部です。今日もよろしくお願いします」


岩鳶水泳部の部長の一言で始まった合同練習。

わらわらとプールにメンバーが向かっていく中、私はタイム計測に使う道具や記録用紙を準備しに用具室へ向かっていた。

ほんとは向こうが着く前に準備したかったのだけど個人アップに思いのほか引っ張りだこでそれは叶わなかった。
…無念。



「……ストップウォッチ、紙、ペン…。よし」

一通り確認しカゴに入れて部屋を出ようとしたとき。
「なんでいんの」


私の双子の妹である刹香と、岩鳶高校水泳部部長の橘がいた。





「あの、ね。荷物多いかなと思って、手伝おうかなって」

「刹香が心配しててさ、」
「いらない」


橘の言葉を切って私は彼らの間をすり抜けるようにその場を立ち去ろうとする。

「っ、待って!」

パシッ

刹香が私の腕を掴んだために動けない。


「…………」

練習はこの物品がなければ始まらない。
それをこいつは理解しているのかと、苛立ちを通り越し呆れさえ浮かんできた。

「確かにお父さんとお母さんはお姉ちゃんに対して酷いよ。でも、私はお姉ちゃんの見方だよ、マコちゃんだって、ハルちゃんだって、皆んなお姉ちゃんのこと心配してるの。だから…」

「離して」

「刹李、」
「離してよ!」

橘が私の名前を呼び掛けるがそれすらも嫌だった。

拒絶の言葉は自分で思っていたよりも大きな声となって放たれたらしい。

「おい、刹李?」

なかなか戻らない私の様子を見に来たであろう、凛が少し驚いたような顔をしている。

「なんでもない。ごめん部長。すぐ行く」

未だ刹香に掴まれたままであった腕を無理やり解き、私は凛の顔を見ずに告げるとその場から逃げるように立ち去った。











もともと私と双子の妹である刹香、そして近所に住んでいる七瀬遙と橘真琴は幼馴染だった。

幼稚園くらいまでは四人でよく遊んでいたし兄弟のようにして一緒の時を過ごしてた。

そして、幼稚園を卒業し小学校に上がり高学年に上がろうという頃。

刹香の両親(つまり私の親でもある)が私に対して興味を示さなくなった。

双子の私たちは何かとお互いが比べられる対象にあった。
だいたい私の方がテストの成績も良ければ教師からの評判も良かった。

でも私たち双子は割とそんなこと気にしてなかった。
比べられようが他人からの評価がどうだろうが自分達は自分達。関係ない。

そう思ってた。



しかし親は違った。

親は妹である刹香を大変可愛がっていた。
幼い頃からそれは薄々気づいてたけど幼馴染の存在や彼らの両親がいてくれたこと、双子の妹とはまだ仲が良かったこともありまだ気にしていなかった。

けれどある時を境にそれは顕著になり始め。
いまでは家に帰っても誰も私を“見る”ヒトはいない。

辛うじて刹香は言葉を掛けてくるがいつからかそれすらも鬱陶しく感じ始めた。

そしてある種のコンプレックスを抱え始めた時に凛が転校してきた。

「お前、妹と違ってほんと、笑わないよなー」

無遠慮に放たれた言葉にかなり腹が立ったのを今でも覚えている。

「どーせ、双子だからって気にしてるんだろうけど、お前はお前なんだろ?俺さ、お前の笑うところがみたい。お前のこと、絶対笑わせてやる!」

よくもまぁ、小学生がそんなセリフを。と今では思う。

その後、辞めようかと思っていたスイミングクラブも凛に引き止められズルズルと中学まで引きずったり
距離を置き始めてた幼馴染との距離も凛が埋め始めてくれていた。


そんな凛も居なくなってしまった後は自分でもビックリするくらい荒れに荒れ。

幼馴染とは接触を絶ち、刹香とは顔も合わせたくなかった。

なのに今も。
幼馴染や刹香は私に近寄ろうとしてくる。


彼らといると嫌でも自分の“立ち位置”というのを感じてしまう気がして益々苛立つというのに。
彼らはそれを踏み越えようとする。

それが何よりも嫌だった。











「お待たせしましたー」

ドカッとプールサイドに物品を置けば、プールの中で個人個人でアップしてたメンバーがプールから上がってくる。

「んじゃ、いつも通り列にならんで。まずはフリーからいこうか。計測しまーす」

「刹李先輩、なにか手伝うことありますか?」
その指示を的確に聞いて動いているメンバーを横目に用紙やらストップウォッチやらをカゴから出していると横から掛けられた声。


「江ちゃん!助かる。これとこれ、よろしく。」

凛の妹である彼女に物品と記入方法をおしえてマネージャー二人分を彼女に手渡す。

「任せてください!」
「頼りにしてるよ」


用具室から戻ってきた刹香に近づいていく彼女を見送り私も並んでいるメンバーへ近づく。


「それじゃあ。そっちの列は岩鳶のマネージャーさんが、こっちは私が計測するから。鮫柄は取り敢えずフリーの計測が終わったら個人で用紙を受け取って後で個人でファイルに入れて提出して」

「「はい!」」

「……なぁ、刹李。リレー…」

「っひゃあ!!?」


突如耳元に囁かれた低音に思わず奇声を上げてしまった。

「ちょっと!り、…部長!脅かさないでよ!!」

「いや、そんなに驚くとは思ってなくてだな。………なあ、リレーしようぜ」


「僕も!僕もリレーやりたいです!」

似鳥まで便乗してきた


「……後でね。取り敢えずタイム」


メンバーが早く泳がせろって目で見てきてる。


「それじゃ先頭から始めまーす。位置についてー…」















「んー……タイム伸びないねぇ…」

一通りの計測を終え、似鳥の相談に乗っている現在。

「…やっぱり練習量なんでしょうか」
「いやいやまって、早まるな」

凛に憧れている彼は焦る癖があるからなぁ…
どうしたものか…


「えっと…すみません今いいですか」
「良くないです」

「そんなぁ!」

「あ!七瀬さんさんに橘さん!」


そりゃいいですかって聞かれたら良くないですって答えるでしょ。

もともとの垂れ目をさらに垂れさせてこちらに来る彼の動作にやっぱりイラついた。

「なんのようですか、マネージャー業ならそちらのマネージャーさんに」
「そうじゃない」

「じゃあなに」

「俺たちにも少しアドバイスっていうか…そういうのして貰いたいんだ。ダメかな、刹李」
「嫌。合同とはいえなんで他校を強化しなきゃいけないの」

「合同だからこそだろ」


珍しく七瀬が良くしゃべる。

「刹李さん、いいんじゃないですか?きっと松岡先輩だって…」
「俺がなんだって?」

…また面倒くさいのが。

「松岡先輩!いい所に!あのですね、岩鳶の方達が…」

凛が似鳥に気を取られてる。
逃げるなら……今だ!


パシッ



「…………」

私の腕を掴んでいる先をたどれば


ニヤリ。

そんな効果音付きで凛が見下ろしてきた。

コンッノヤロー………


「どうかな、凛」

「いいんじゃね?遅いやつと泳いでもつまんねぇし」

は、ちょっと!
なに言ってんのこの人!

橘も「良かったぁ、よろしくね刹李」じゃないよ!


「…………凛」
「俺もいてやるから」
苦笑気味に返された言葉に反射条件で頷いてしまう私はそろそろヤバイのかもしれない。


「それから私も参加しても良いかな」

そして現れた双子の妹。

なんなのもう



苛立ちが絶えない。

あぁ、ほら、反対側で私を指差して話をしてた宗介と百太郎が冷や汗流し始めたよ。


「おー刹香。さしぶり」
「うん。久しぶり。……お姉ちゃん、私も……」

「うっさいな」




あの日、確かに遠ざけた筈なのに。





「良かったな刹香。良いらしい」
「おい七瀬!解釈間違えてるからな!」




なんで。





こんなにも______________
















あなたの世界に、溺れていく


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