「まぁ、何とか出来ないこともないけど……」


『……ホントに《軍》はボス部屋行ったのかなぁー?』

無茶な進軍を推し進める《軍》を一応心配し、あたし達も安全エリアを出発した。
《軍》の背中を追いかけかれこれ30分は経過したけれども、ヤツらの鎧姿はどこにも見当たらない。

「ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃね?」
『ありえるー』

おどけるあたしとクラインに相反して残りの3人はどこか焦るように足を進めている。
…あたしには持ち合わせがない、正義感が彼らを突き動かしているようにみえてあたしはそっと視線を外した。
どんどん歩を早めるキリト達を追いかけつつ、回廊を進んだ時、不意に何処からか反響した音が聞こえてきた。

________ああああぁぁ……

人間の、絶望と恐怖に満ちた、悲鳴。

その声を認識するや否や真っ先に走り出したのはキリトとアスナだった。
あたしほどじゃないにしろ敏捷パラメータを振りまくった二人にブランシェとクラインは半置いてけぼりをくらった。

『ったく…あたしが先行するから、二人は二人の限界スピードで着いてきて!』
「頼んだ、シエル!」
『このツケは今度の夕飯ブランシェの奢りで!』

先行した二人…特にアスナの方を何処か放って置けないと感じ、ブランシェとクラインよりも先に走り始める。
後ろの二人に言葉を投げつつあたしの最速スピードで走り出せば、先行した黒と白の背中に追いつくのは簡単だった。
青く光る石畳の上を半分走る形で疾走する。
やがて姿を現した大きな扉は左右に大きく開いていた。
まるでこの先の地獄にあたし達を歓迎するかのように。
そこに見えるのは奥で蠢く巨大な影。
そして聞こえるのは断続的に響いてくる金属音と…悲鳴。

その事実を確認したあたし達は更に加速し、扉の前で急ブレーキをかけた。
ブーツの鋲から火花が散る。

「おいっ!大丈夫か!」

キリトが叫びつつ半身を乗り入れた。
それに続いてあたしも扉の中に続けば目の前に広がるのはまさしく地獄絵図だった。

『あちゃー…。こりゃ、《軍》の努力は報われないね』

中央に聳え立つ巨体のHPバーは3割も減っていない。
《軍》の名が廃るほど統率が取れていない中で逃げ惑う人、人、人。
けれどその人数は先ほどよりも減っていた。

『…二人死んだね』

あたしがポツリと呟いた瞬間、《軍》の誰かが吹き飛ばされ床に転がった。

「何をしている!早く転移アイテムを使え!!」

その人物に向かってキリトが叫ぶ。しかし吹き飛ばされた男は此方を振り返り叫びかえしてきた。

「ダメだ!く、クリスタルが…使えない!」

その表情はまさしく、絶望。
キリトは彼の言葉に絶句した様子だった。

恐らくこの部屋は《結晶無効化空間》。
今まで迷宮区で偶に見かけていたが、ボス部屋で適応されたのはここが初めてだ。

「なんてこと…!」

アスナが息を呑んだ瞬間、また新たな声が響いた。

「我々に撤退の2文字はありえない…!戦え!戦うんだ!!」

間違いなく、この声はあたしのことを《一般プレイヤー》呼ばわりしたコーバッツ!!

『あんのやろう…!』
「馬鹿野郎…!!」

あたしとキリトの声が重なった。
恐らくキリトやアスナは、こんな状況下にありながらもまだ死人を出そうともがくコーバッツに憤りを感じている。…このままだと二人とも飛び出しかねない。

…さて、どうするかなー…。

あたしがこの状況をどう切り抜けるか思考を巡らせたその時、ようやくクライン一派とブランシェが追いついてきた。

「おい、どうなってるんだ!」
『どうもこうも、見事に《軍》が粋がって、それでこの有様』
「おいおい…笑えねぇぞそりゃ…」
「な、何とかできねぇのかよ…」
『まぁ、何とか出来ないこともないけど……』

あたしはクラインに口籠る。
そう、この状況を打開する手札を持ち合わせていない訳ではないのだ。
あたしには、この状況を打開することができるであろう、手札を持っている。
けれど、それは……。

あたしが逡巡している間、どうにか部隊を立て直したらしいコーバッツの声がまた響いた。

「全員…突撃…!」

もうほとんどHPが残っていない…文字通り風前の灯火の命である《軍》のメンバーがコーバッツの号令で突進を始める。

「やめろ…!」

喉の奥から絞り出すようなキリトの叫び声。
けれどそれは最早、彼らには届いていない様子だった。

蜘蛛の子を散らすように群がっていく《軍》を、青い悪魔は雄叫びと共に斬りとばす。
《軍》の内の誰かがその攻撃で掬い飛ばされ、地面に激突するように落下した。

「…コーバッツ…」

ブランシェがその人物を確認し、悲痛な声音で名を呼んだ。
コーバッツは地面に激突した後、なんとも言えない表情で口をはくはくと動かした。
直後。
その身体が無数の断片となって霧散した。

コーバッツが死んだことで今度こそ統率を失った《軍》は喚き声を上げながら逃げ惑う。

「だめ……だめよ……もう…」

絞り出すようなアスナの声にハッとしたブランシェが彼女の腕を掴もうとした。
けれど、一瞬だけ遅かった。

「だめーーー!!」

アスナが絶叫と共に飛び出し、青い悪魔に突っ込んだ。

「アスナさんっ!」

ブランシェが抜刀し、彼女の背を追いかける。そしてキリトも背から剣を抜き放つと彼らを追いかけて行った。

『やっぱりこうなるかー』
3人を見やり、あたしは無意識に腰に下げた刀に手を添えた。
ここで死ぬ気はない。
けれど、《軍》の奴らを助けようという正義感も、あたしには無い。
あるのは、身の内を焦がすような強烈な、高揚感だけ。

『…久しぶりに暴れるかぁ!!』

どうやらアスナの捨て身の一撃は青い悪魔のHPをろくに減らすことはできなかったらしい。
反撃を受けて座り込んだアスナと巨剣を振りかざす悪魔の間に入り込んだブランシェが間一髪でその攻撃を受け流した。

『うわぉ』

わずかに軌道がそれ、床に深い孔を穿った。
その様子をみて思わず感嘆詞が漏れ出た。
《現実世界》にいた時には味わえない、高揚感。画面越しならこんな気持ちを味合うことは出来なかった。

『よぉし、行くよ!!』

ヒュッと空を割いて巨体の背中へ回り込む。
姿勢を低くした状態で抜刀の構えをとった。
全体重とバランスを支える足に力が篭り、地面でジャリッと音を立てる。

『ハッ!』

気合いと共に抜き放つ刃。
まっすぐ悪魔の背中へと吸い込まれるように攻撃がエフェクトの尾を引いて叩き込まれる。
しかし鋼鉄を思わせる悪魔の装甲の硬さに、刃を使って振動が伝わった。

『っ、』

思わず刀から手を離してしまいそうな程の痺れ。
それに意識が囚われている隙に、アスナ達へ振りかざしていた巨剣を悪魔が此方へと薙いできた。

『しまっ…!』

一瞬の判断と行動が命取り。
未だかつてない程の高揚感が、隙を作ってしまった。
避けれない。
そう確信した瞬間。

「バカッ!!」

目の前に黒が広がった。

『キリト!!』
「油断するな!シエル!!」
『ごめん…って、バカとは何よ!!』
「無駄口叩くならさっさと立て直せ!」
『ッ、了解!』

間一髪、巨剣を受け流したキリト。
その背に庇われるようにしてあたしは体勢を立て直した。

『ありがとー…。助かった…』
「いや、油断はするなよ…。」
『したくても出来ないねぇ…』

お互い背を預ける形で悪魔と向き合う。
周りを見渡せば、ブランシェやクラインの仲間たちが倒れた《軍》のプレイヤーを部屋の外へ引き出そうとしているのが目に入る。

けれどやはりというべきか、誰の攻撃もこの状況を打開するほどの火力ではないのが明らかでそれに伴って救援作業も中々進まない。

『いやー、こういうときこそ情報屋の真価を発揮できれば良いんだけどねー』
「…いくらだ?」
『現在有力な情報を持ち合わせておりませーん』
「だよな」

もし、入念な準備をしてからこのボス部屋に挑んでいたら。情報屋というスキルをフルに活用して打開策を打ち立てることが出来たのに。
キリトもそれは分かっているだろうけれども、あたしの軽口に乗ってきたってことは、まさしく猫の手も借りたいというところかな。

キリトと二人同時に駆け出して左右同時に攻撃を繰り出してはパリィの繰り返し。
そのパリィでさえもHPバーをどんどんと削っていく。まさしく死へのカウントダウンに思える。

「ぐっ!」

とうとう悪魔の一撃がキリトを捉えた。キリトのHPが一気に減少した。
もう、手の内を隠し切ってこの場を逃れることは不可能であるとこの世界で剣士の経験を積んで来たあたしの直感が告げた。
と、その時

「シエル!アスナとクライン、それからブランシェも!10秒だけ持ちこたえてくれ!」

キリトが突如として叫んだ。
その意図はなんとなく掴めたあたしは、キリトが無理矢理作り出したブレイクポイントに割り込む様に悪魔と応戦した。

『任せて!!』

あたしもクラインもアスナも武器の重量さに欠ける。悪魔の攻撃を捌ききることは難しいかもしれないけれど、なんとかする。

『ブランシェ!』
「おう!」

現在先頭に参加する4人の中で恐らく最も筋力にパラメータを振っているのはブランシェだ。
あたしが掻い潜るようにして避けた一撃をすかさずブランシェが受け止める。
その隙に素早く懐に潜り込んだ。

『でぃや!』

上から下へと抜刀攻撃を放つ。
この攻撃のあと、数瞬だけモーションが取れない。
そのあたしの隙を埋める様に今度はクラインが応戦する。
ブランシェのサポートはアスナに任せた。

「おらよ!」
『ナイスクライン!』

パリィを狙った攻撃でHPを減らしたクラインとともに撤退する。

「いいぞ!」

キリトのその言葉を合図にブランシェとアスナもこっちに退いて来た。
二人のHPはイエローゾーン。5割とちょいを削られていた。
そして白の二人がこちらに退いてくると同時にあたしは悪魔へと飛び出す。

『ハアアァッ!』

気合いと共に放つ突き技は空中で悪魔の剣と衝突して火花が散る。
あたしと悪魔はともにノックバック。
それがあたしの狙いである。

「スイッチ!」

あたしの狙いをしっかりと読み取ったらしいキリトがすかさず叫ぶ。
飛び込んできたキリトの背には見慣れないもう一振りの、剣。

『任せた!』

ニッと笑ってキリトを見送る。

「うおおおおおお!」

二刀を使った、16連撃。
絶叫するように叫びながらキリトが放つその攻撃は全て悪魔の巨体へと叩き込まれた。
最後の一撃が胸を貫いた。
瞬間、悪魔の動きが制止した。

「やったか……?」

あたしの着地地点にいたらしいブランシェが呟く。
たしかにガラスを砕くようなエフェクトとともにモンスターが消滅する寸前に似ている。
…けれど。
よく目を凝らして悪魔のHPバーをみれば、僅かにそのHPが残っていた。

『キリト!!!』

おそらく16連撃のノックバックにより動けないであろうキリト。
猶予はなかった。

『ブランシェ!!キリトを回収!!』
「は、え、あ」
『早くしろこのてるてる坊主!!!』
「酷くない!?」

やっと脳内処理がおいついたらしいブランシェが泣き言を言いつつ悪魔の隙をついてキリトを後ろに下がらせにいく。
一方あたしはブランシェに指示を出しながらメニュー画面を開いた。
キリトが《隠しスキル》を得ていたように、あたしにも《隠しスキル》が、ある。
ノックバックから回復した悪魔は直ぐに反撃に出てくるだろう。
やつを倒すのはこの数秒の時間しか残されていない。

『よし!』

腰に下げていた愛刀・朧蝶と入れ替えで武器をセットする。
朧蝶が下げられていた場所に現れたのは、あたしの身長を優に越す長さの長刀。
名を《朧月》
真っ黒な刀身と鞘を持つ朧蝶と反対に、朧月は真っ白な全身を持つ刀である。
その重みを確かめるように軽く触れる。
チャキッと応えるように軽く音がなる。

『全員、あたしの後ろに!!』

腰を低くし、構えを取る。
この技を溜めるのにかかる時間は15秒。
朧月を見たキリトとアスナは目を丸くしながふらもあたしの言葉に従う。
そして、唯一スキルの存在を知っていたブランシェが前に出た。

「時間稼ぎなら任せろ」

白い背中を無言で見送る。
大丈夫。
もう誰も、死なせない。

神経を手元に集中させる。
そして脳内にイメージを描いていく。
一撃で、殺す。
ここで失敗すればキリトの判断を無駄にしてしまう。

確実に当てるにはあたしの脳内のイメージと、サポートによってノックバックで敵を硬直させることが必須。


「シエル!」
『ありがとう!!』

技が溜まった瞬間にブランシェがノックバックを発生させた。
足元に力を溜める。
視界が、狭くなる。
音が、遠くなる。






『はあああああああああ!!!』

素早さと攻撃にパラメータを振りまくった全てで長刀を抜き放つとともに前へ足を踏み出す。
加速され、元々高い攻撃力に上乗せされた威力を持つ斬撃は悪魔の胴体を二つに切り裂いた。

______グオオオオオオ!!!


半ば瞬間移動のようにして悪魔を挟んだキリト達の反対側に着地したあたしは勢いを上手く殺せず前につんのめる。
背中で悪魔の咆哮を受け止めながら、息を整えた。
刹那。

パリン

涼やかな音を立てて、史上最悪のモンスターは砕け散った。

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