「君、なんか隠してる?」




回廊の突き当たりにある灰青色の2枚扉。
その扉からはなんともいえない妖気が漂ってる気がする。

あたし達はその扉の前で顔を見合わせる。
「これって…やっぱり…」
「多分…ボス部屋だな」

アスナがブランシェのコートをギュッと握った。
……女子力。

『覗く!?覗く!?覗こう!?』

「ボスモンスターはその守護する部屋からは絶対に出ない。ドアを開けるだけなら……」
『よしきたぁ!』

キリトの言葉にあたしは扉に向かおうとする。
が。

「そ、の、ま、え、に!…一応転移アイテム用意しといてくれ」

私の首根っこをキリトが掴み、言う。

「そうだな」

ブランシェやアスナ、キリト自身もアイテムを手に取った。
あたしも一応それにならいアイテムを腰のポーチから取り出したことでキリトから解放される。

『良い!?開けるよ!?』

「シエルはほんと元気ね」
どこかアスナの呆れたような視線を受け取りつつ、ドアに手をかける。
ワクワクしながら力を込めれば一見重たそうなその扉は簡単に開いた。
そして扉が完全に開ききったことでその内部を曝け出す。

暗闇。

ひとことで表すならそれ。
今あたし達が立っているこの回廊の光も飲み込むような闇。

『……』
半ば無意識に、その闇に惹かれるように足を踏み出しかけたその時。


「あ、おい!シエル!」

キリトの呼び止める声と同時に、ボッと部屋の両側に青い炎が灯る。
ボボボボボ…という連続音と共に炎の道が出来上がり、部屋の全体が照らし出される。

「取り敢えず戻ってこい…な?」

一歩分の踏み出していた距離を戻ればすかさずキリトに腕を掴まれた。

『……女子ですかキリトくん』
「お前がまた部屋に入らないようにだよ!」

「ちょ、ちょっと2人とも…!あ、あれ……!!」

『何よ、アス……ナ…』


アスナが指さした方へ視線を移したあたしは思わず言葉が詰まった。
何故なら。


全身縄の如く盛り上がった筋肉。
深い青色の肌。
分厚い胸板の上に乗る山羊の頭。
捻れた角に、据わった目。


まさしく"悪魔"が、そこにいた。

名を、《The Gleameyes》。

間違いない。この層の……

『ボスモンスター!!』


「「「で、でたああああああああああ!」」」

あたしの嬉々とした声を合図に3人はなんとも情けない悲鳴をあげ、くるりと向きを変え、全力ダッシュ。

あたしは腕を掴んだままのキリトに引っ張られる形でその部屋から離れたのだった。










敏捷度パラメータに物を言わせてダンジョンを走り抜けたあたし達は今、安全エリアとなっている部屋にいる。
へたりと座り込んだあたし以外の3人を横目に、さてこの情報をどうするかと考えていた。

「……ぷっ」

誰ともなく笑い声が聞こえる。

「あはは、やー、逃げた逃げた!」
アスカが愉快そうに笑う。
「こんな一生懸命走ったのすっごい久しぶりだよ。まぁ、わたしよりブランシェさんのほうが凄かったけどね!」

「…否定できないな」

『ブランシェかっこわるー』

ぷぷぷと口に手を当て笑ってやれば凄い剣幕で睨まれたが知らんぷり。

「しかし、あれは苦労しそうだな」
「確かに。パッと見、武装は大型剣ひとつだったけど特殊攻撃もアリそうだな」
「前衛に堅い人を集めてドンドンスイッチしていくしかないね」

「盾装備のヤツが10人は欲しいな…。まぁ、当面は少しずつちょっかいを出して傾向と対策って奴を練るしか無さそうだ」

…キリトの最後の言葉にあたしのアンテナが引っかかった。

『キィリトくぅん』
「なんだよキモチワリィ」

『君、なんか隠してる?』

「いきなり何を……」

明らかに狼狽えるキリト。
キモチワリィ発言は見逃すこととする。

なんといっても片手剣の最大のメリットは盾なのだ。
しかし今の今まで、彼が盾を持っているところは見たことがない。
スタイルが優先の場合に持っていなかったり、アスナのレイピアの様にスピードが落ちないように、という理由で盾を持たないなら分かる。
でもキリトはそのどちらでもない。

「………」
『ま、いいけど』

キリトが口を開きかける。
が、あえてそれを制するようにあたしは先に口を開いた。
所詮、他人のスキルなんて興味ない。

「………」

妙な沈黙。
それを破ったのはアスナだった。

「わ、もう三時だ。」
『ほんとだー』
「遅くなっちゃったけど、お昼にしましょうか」

「なにっ」

途端色めき立つブランシェ。
ヨカッタネー

『アスナの手作りー?』

アスナは無言ですました笑みを浮かべると、手早くメニューを操作し、白革の手袋を解除して小ぶりなバスケットを出現させた。

『中身はなに!?』

「はいはい、ちょっと待ってね」

アスナはバスケットから大きな紙包みを人数分出し、全員に配った。
中には丸いパンをスライスして焼いた肉や野菜をふんだんに挟み込んだサンドイッチが。

男ども2人は物も言わずにかぶりついた。

「う、うまい……」

「美味しいな…」

キリトとブランシェの言葉を聞いてあたしもかぶりつく。
途端、NPCのレストランでは味わえないような格の違う風味が口一杯に広がった。

どうやらこの味はアスナの努力の賜物らしい。
マヨネーズに醤油。
見事に再現されたそれら。

是非ともこのレシピは買い取らせて頂きたいところではあったがブランシェに断固拒否された。
「オレの分が無くなると困る」
『意地汚っ!』
「なんだと!?」
「いや、俺もブランシェに賛成だ!」
『キリトまで!?』

ぎゃあぎゃあ、と3人で言い合いしているのをアスナが何処か遠い目で見ていたそのとき。
6人パーティーが鎧をガチャガチャ言わせながら入ってきた。

と、リーダーらしきバンダナ男がこちらによってきた。
「おお!キリト!しばらくだな」
どうやらキリトとの知り合いらしい。
「まだ生きてたか、クライン」
「相変わらず愛想のねぇ野郎だ。珍しく連れがいるの…か………」

ブランシェを放ってキリトたちに近づいたのあたしをみて目を丸くするバンダナ男。

『なに?誰?』

「あー……シエル、お前ボス戦参加してても周りはあんま見ねぇもんな…。紹介するよ。こいつはギルド《風林火山》のクライン。で、こっちが…」
「キリトおめぇ、情報屋のシエルと知り合いだったのかよ!?」

『ワァオ』

キリトがあたしのことを紹介する前に言葉を発したクライン?は、キリトの襟首を掴んでガクガク揺らしている。

「ちょ、やめ……」
「なんでもっと早く言ってくれねぇんだ!情報屋のシエルっつったらお前!このアインクラッドでトップレベルの…」
「なに、盛り上がってる?」
「ちょ、キリトくん!?」

クラインの叫び声につられてブランシェとアスナがこちらにやってくる。
あぁ、また面倒くさくなりそ…

クラインがキリトの襟首を離し、ブランシェとアスナを見る。
そしてクラインは目と口を丸く開けて完全停止した。

「このやろ…、ってクライン?おい」
『ラグってんの?』
キリトとあたしで脇腹をつついてやるとようやく口を閉じ、凄い勢いで最敬礼気味に頭をさげる。

「こ、こんにちは!!くくクラインという者です24歳独身」

ドサクサに紛れて妙なことを口走るクラインの脇腹にブランシェが一発入れる。
だが、クラインの台詞が終わるか終わらないうちに、後ろの残りのギルドメンバーが群がってきた。
あたしは巻き込まれないように退避してその異様な光景を眺めることとした。

ブランシェが必死にアスナのセコムをし、キリトがクラインとどうでもよさそうな会話をしていると背後から新たな足音が響く。

………あらー。


『おーい、キリトぉー。《軍》が来たよぉ〜』

キリトがハッとして入り口を注視する。
クラインも仲間を壁際に下がらせる。

このダンジョンに来る前も道すがら軍を見かけたが、その時は足並み揃い、いかにもという雰囲気だった。
…だが今は違う。
足取りは重く、ヘルメットから覗く表情は疲弊で染まっていた。

あたしらの反対側に部下を休ませた隊長格の男がこちらに歩いてくる。

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」

「キリト。ソロだ」

キリトが軽く答えたため、この場はキリトに預けようとあたしは静かに見守る。

「君らはもうこの先も攻略しているのか?」
「あぁ、ボス手前まで、な」

ブランシェも参加し、まぁ上手くやってくれるだろう。
そう思っていたあたしだったが、次のコーバッツの言葉で参戦を決めた

「うむ。ではそのマップデータを提供していただきたい」

『はぁ!?ちょっとあんたねぇ!さも当然の様に…!』
「テメェ、マッピングする苦労がわかって言ってんのか!?」

「我々は君ら一般プレイヤーのために戦っている!」

『頼んでないし!てか一般プレイヤーだと!?』
最近はどいつもこいつもあたしのことバカにしやがって…!
怒りがフツフツと湧き上がる。
それはクラインも同じの様で。
お互いに顔を見合わせると更に口を開こうとした。
…と。キリトがあたしらの口を後ろから塞いだ。

『むぐっ!』

キリトに避難の視線を送るがキリトはどこ吹く風。
なんと彼らにデータを提供してしまった。

『ちょっとキリト!』
「人が良すぎじゃないか…?」

流石にブランシェも軽く講義の声を上げる。

データを受け取ったコーバッツはボス部屋に挑むらしく、疲弊したメンバーを率いてその場を立ち去ってしまう。

『キリトぉ……どうすんのよー』
「まさか…とは思うけど………」


あたしとアスナの言葉で互いを見合わせたあたし達はため息ひとつつき、彼らの後を追うべくその場を後にした。

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