「あたしを雑魚と言ったこと、後悔しなよ」


…ブランシェ…
「……来ないな」

「…あぁ。」

時刻は午前9時10分。

空はどんより曇り空。

オレと、キリトは長い間転移ゲートの前で黒の情報屋の少女と、白いレイピア使いの少女を待っていた。

「シエルならまだ遅れてくるのは分かるんだが、アスナさんが遅れるなんてなぁ…」

「それ、シエルに聞かれたら殺されるぞ」

「ハハッ。確かに」

シエルとは長いつき合いだ。
絶対零度の眼差しで刀を構える様を簡単に想像出来てしまい、キリトの言葉に思わず噴き出してしまう。


「家に帰って寝ちゃおうかな…」

うわぁ、ポツリと呟いたキリトの目が遠くを見てる。

キリトの気持ちは良く分かる。分かるけど…

「何かあったかな…」

そんな微かな不安とともにふとゲートに視線を向けた瞬間_______

「きゃああああああああ!!?よ、よけてぇ!」

「うわぁ!?」

誰かがゲートからいきなり飛び出してきた。

受け止めるなんて高度な事が出来なかったのでオレは、その誰かしらに半分押し倒されながら地面に倒れた。

ゴツンッ

これ、フィールドだったら確実にHPバーが何ドットか減ってた。いてぇ…

混濁した意識の中、オレは自分の上に乗ったままの体を退かすべく右手を伸ばし、グッと掴んだ

「…?」
すると、何やら好ましい感触が伝わってきて、それの正体を探るべく何度か力を込める。

「や、やーー!」

すると突如耳元で大きな悲鳴があがり、オレの上にあった重みが消えた。

大音量の悲鳴により引き戻された意識を掴みつつ前をみればそこには顔を赤くしたアスナさんがへたりこんでいた。

そして彼女は胸の前で腕を交差させて……胸?

「………や、やぁ。アスナさん…おはよう」

後ろからキリトの蔑む視線を感じる。

どう誤解を解こうか思考を巡らせていると再びゲートが発光した。

アスナさんはハッと振り向くと慌てた様子で立ち上がり、オレの後ろに回り込む。

「……アスナ?」
キリトも首を傾げた時、ちょうどゲートからプレイヤーがあらわれ、地面に降り立った。

そいつは…

「クラディール…」
「え?誰?」

キリトが呟いた名前はオレには聞き覚えのない名前。
彼はギリギリと音がしそうなほど歯を噛み締めたあと、憤懣やるかたないといった様子で口を開いた

「ア…アスナ様!勝手な事をされては困ります…!

…….なんか厄介な事になりそう。
シエルー。何やってんだよー…


「さあ、アスナ様。ギルドに戻りましょう」
「嫌よ!今日は活動日じゃないわよ!だいたいなんで朝から家の前に張り込んでるのよ!」



「ストーカー……?」


どうやら彼は一ヶ月前から張り込みをしていたらしい。
立派なストーカーだよ。

後ろのアスナさんも呆然としている。
キリトなんて半分引いてる

つかつかと歩み寄ったクラディール?は、オレを押しのけてアスナさんの腕を乱暴に掴んだ

「私の任務はアスナ様の護衛です!さぁ、本部に、戻りますよ」



抑えがたい何かをはらんだ調子の声にアスナさんは一瞬怯んだようでオレにすがるような視線を向けてくる

……ここで助けなきゃ、かっこわるいよなぁ。

しょうがない、覚悟を決めようと腕を伸ばしかけた時。





「はい、ストーップ」

場違いな呑気な声と共にクラディールの喉元に刃があてられた





「シエル!?」

『ん?何?』

クラディールの喉元に愛刀・朧蝶を当てながら何もないかのようにコチラをみる幼馴染み。

「犯罪防止コード発動させんなよ……」
「そこかよ!?」

キリトが思わずという感じでツッコミをいれた。

『いやー悪いね、いつかの誰かさん?おたくの副団長は、今日あたし達の貸切だから、そこんとこよろしく?』

クラディールが顔を歪めてシエルを見る

「貴様ァ…!」

『んー?』

それでもシエルは動じない、ってか気にしてない。

『あ、もしかしてアスナが心配?大丈夫だよー。アスナの安全はあたしが責任もつし。あたしの左腕にかけて。だから、さ。……本部にはアンタひとりで帰んな』

スッと細められた目は長いつき合いのオレでさえも恐れを、感じるもの。

キリトは……凄い冷や汗。
多分クラディールが自分だったら、って考えてんのかな。わかるよ、その気持ち

「フザケるなぁ!貴様のような雑魚プレイヤーに…」
あ、それ禁句


『あ゛ぁ゛?』

「…!」

「あーぁ……」
思わずため息をついた。







…シエル…

あたしが雑魚?

……処刑シマース


「そこまででかい口を叩くなら、それを証明する覚悟があるんだろうなぁ!?」

喉元に朧蝶を突きつけられている状況であるにも関わらずデュエルを申し込んできたこの男。

気に入らない。








昨日、絶対何かやらかすと思ってアスナ達と別れたあと、この男の、動向を追っていた。


そして、勘は見事にビンゴ。
奴はアスナの家を監視していた。

流れでアスナの家を知っちゃったけど、これは売らないから、大丈夫。でもゴメン、アスナ!とか思いながら逃げたアスナを追ったヤツをさらに追いかけて今に至る。













『…受けてたつよ』


「いいのか?ギルドで問題にならないのか…?」
なんかキリトが言ってる

「大丈夫。団長には私から報告する」

「はい、アスナさんからのゴーサイン出ましたー!思いっきりやっちゃっていいぞー」

やる気のないブランシェの声が聞こえた。

それと同時にyesボタンを押す。

十秒カウントが表示された。
何か男か叫んでるけど、聞こえない。

興味ないヤツの鳴き声は聞こえない耳なのよね。

「おい!情報屋シエルとKoBメンバーがデュエルだとよ!」

野次馬も集まってきて、それなりの盛り上がり。


『宣伝には、もってこいね!!』

自然と口角が上がるのを感じる。


「おいシエル…目的が違う」


キリトの呆れたような声を聞きながら少しずつ体の力を抜き、リラックス。

緩い動作で愛刀に手を掛ける。
あぁ。やっぱりこの少しの緊張が張り詰める空気が、好きだ。


相手は剣を中段やや担ぎぎみに構え、前傾姿勢で腰を落としている。

フェイントだろうが、なんだろうが、関係ない。

叩きのめす。

朧蝶の黒い刃が相手に向かうのを想像する。

(さぁ、始まりだ。)










そして、目の前で紫色の閃光が弾けた。



「はああああああ!」

デュエルスタートと同時に突っ込んできた。
そのまま剣を振りかざす動作に入る。

おそらく私が受け止めようとしたところでがら空きになった脇辺りを突くためのフェイントだろう。

『……単純すぎだよ、きみ。』

ほんと、単純。
私は剣を鞘から抜かずにくるりと相手の背後に回った。

そしてそのままの勢いを利用してモーションに入る。

「なっ…!」

『ハァイ、まず一撃』

居合いのソードスキル、《辻風》を放つ。

もともとフェイントとしてモーションを取っていた相手に見事にヒットしたそれはデュエルエリア端の壁まで相手をぶっ飛ばした。

「がっ…!」

しかしまだヤツの体力はグリーン。

「…ははっ、なんだ、大したことねぇな」
なにを考えてるんだかそんなことを呟いたヤツは軽く笑っている。
…余裕じゃん?

『そうね、あたしを侮辱したヤツを一撃で沈めるなんて、勿体ないじゃない』




_____フザケるなぁ!貴様のような雑魚プレイヤーに…




『あんたが言ったんだよ?あたしのこと、雑魚って。………その雑魚に惨めにフルボッコにされる屈辱を味わえばいいよ』

「…っふっざけるなあああああ!」

ほんと、頭悪いのかなコイツ…

単純な挑発(90%本音)に引っ掛かった相手はそのまま突進のモーションに入る。

この技は…《フュリアス・デストロイヤー》
前進しながらの5連撃。
んー……単純。


HP半減で終了するこのデュエルをこの一撃で終わらせる気が見え見え。

私はカタナを肩に担いだままタイミングよく横に移動する。
そして腰から鞘を抜き放つとそれを相手の首筋に叩き落とした。


「がはっ…!」

勢いで地面に叩きつけられたヤツの顔は見えない。

『どお?じわじわフルボッコの刑は?』
「貴様ァ……」

ぐぬぬぬ

まさにそんな効果音と共に顔を上げる相手。
覗きこむようにしゃがんでみれば勢いよく剣を降られたので間一髪でよける。

『きみはさ、ほんと、単純なんだよ』

立ち上がり、こちらに走りだそうとしたヤツに足を引っ掛け再度転ばせる。

《辻風》の分のダメージと、転んだり地面に打ち付けられたり殴られたりでヤツのHPはイエローギリギリ。

『もろいなぁ…』

そろそろかなと見切りをつけ、止めを刺すべくこちらも戦闘体制に入ろうかな。

バックステップで相手と距離をとる。

我ながら黒蝶の名に恥じぬ華麗なステップ。

『さぁて。いこうか』

静かに相棒である《朧蝶》に語りかけ、モーションに入る。

相手は距離を詰めようと向かってきている。
しかしそんなものは無視。
思考に残すのは「勝つ」のみ。

「殺す殺す殺すっ!」
『ははっ、物騒だなぁ。…………《朧月夜》」

突き、横、縦斬りの連続技。
防御を捨て、スピードにステータスを降りまくったあたしの連撃は相手に吸い込まれるようにクリティカルを連発した。

「ぐっ……!……っ、な!?」

そしてあたしがカタナを鞘に納めると同時に相手のHPはレッドゾーンの0ギリギリで止まった。




『……あたしを雑魚と言ったこと、後悔しなよ』


______あたしを侮辱したやつらをPKすること以上に簡単なことはないよ


「!?」

鞘に納めたカタナで喉元を突き付けながら耳元に囁く本音。

いやー、素敵な表情ですな。
何度も言うが、あたしを侮辱したことを後悔しろ



『……さて、どうする?”続けますか?”』

「……降参だ」

『そ。』










…キリト…
シエルが三連撃を放ち、三連撃全てがクリティカルでヒットしてこのデュエルは終了した。
……HP0寸前で止めるとか、えげつねぇ

ステータスを殆どスピードに振っていることは噂に聞いていたがまさかここまでとは。
絶対相手にしたくないヤツだと改めて思った。

『あたしを雑魚と言ったこと、後悔しなよ』

そう鮮やかに言い、クラディールを見下ろす彼女の目がどこまでも冷ややかに感じた。

なにかを囁いているような素振りも見せたがそれは考え過ぎだろう。
あいつのことだ。苦渋に満ちたクラディールの顔を真近でみたいとかそんなところだろう。


そして満面の笑みでこちらに近づいてくる彼女は雑魚と言われたこと、どこのだれかも知らないと言われたことなど全ての恨みを晴らしたかのようにスッキリしていた。



…シエル…



『さぁて、キリト達ぃー!勝ったよぉ』

「…えっげつねぇな……」
「グッジョブ!シエル!」

デュエルのフィールドが解かれ、キリト達のもとに戻ればキリトのなんとも言えない顔とブランシェのスッキリした顔。


『さてさて、行きましょうか?オヒメサマ?』

あたしがキザったらしくアスナに手を差し出せば彼女は苦笑しながらもあたしの手を出し取った。

「シエルったら…。ほんと無茶苦茶ね。でも、ありがとう」
『お礼はコルでどうぞー』



「なぁ、キリト君。なんであいつはあんなに男前なんだろうな」
「………俺らの立ち位置……」

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