「それ、一番キリトに言われたくない言葉ね」


○●キリト●○
シエルの後ろにアスナと並んで歩くこと約20分。中々目的地…シエルのホームに着かない。

しかも転移門にまったく向かっていない。

……まさか

「…おい、シエル。まさかお前のホーム、アルゲートにあるってことは……」


『そのまさかだけど』

俺達の方を肩越しに振り向きながらさも当たり前のようにさらりと俺の言葉をさえぎった。


「…シエルがここをホームタウンにしてる何て意外だわ」


『ごめんねぇ…。ゴミ溜めの街でさぁ…。アスナのホームタウンはこんな汚らしいところじゃないでしょ?』


…汚らしいとは何だ。汚らしいとは。
一応俺もここに拠点を置いているんだぞ。

「うぅーん…そうね……。ここより開放感あるかなぁ…」


「…開放感…。この街には無縁の言葉、だな…。羨ましい」


「なら君も引っ越せば」


「圧倒的に金が足りません」


『キリト、何で攻略組で金がないの』


「俺にもいろいろと事情があるんだよ、事情が」


ふーん。そう適当に俺の言葉に返すとシエルはくるりとこちらに体を回転させ、そのまま後ろ向きの状態で歩きながらアスナに顔を向ける。


転ぶぞ


『……そりゃそうとアスナ。本当に良いの?さっきの…』



「………」


それだけで何のことか察したらしいアスナは俯いてブーツの踵で地面をとんとん鳴らした。


「…私一人のときに何度か嫌な出来事があったのは確かだけど、護衛なんて行き過ぎだわ。要らないって言ったんだけど…ギルドの方針だから、って参謀職達に押し切られちゃって……」

やや沈んだ声で続ける。

「昔は、団長が一人ずつ声を掛けて作った小規模ギルドだったのよ。でも人数がドンドン増えて、メンバーが入れ替わったりして…最強ギルドなんて言われ始めた頃からなんだかおかしくなっちゃった」



言葉を切って顔を上げたアスナのどこかすがるような表情を見て、俺だけでなく、シエルも微かに息を呑むのが分かった。

が視線をそらしたアスナは濃紺に染まりつつある空を見上げ、場の空気を切り替えるように歯切れの良い声を出す。


「まぁ、大したことじゃないから気にしなくてよし!早く行かないと日が暮れちゃうわ!」

シエルを前に向かせ、その背中を押して歩くアスナに続いて俺も街路を歩き始めた。






シエルの住む家はアルゲートにこんな所があったのかと思わせるような、この街にしては小洒落た場所に建っていた。


「…こんな場所あったのか」

『結構いい場所でしょ?』

ニカッ、と笑ってシエルはホームの玄関へと向かう。
その背中を追おうとしてふと彼女のホームの壁に寄りかかる白が基調のデザインの防具を身にまとうプレイヤーが目に入った。



……不審者か?





○●シエル●○

キリト、アスナを連れて家の前まで来ると白い物体が壁に寄りかかって立っていた。

……ブランシェじゃん。


ブランシェはこちらに気が付くと手を振って近づいてきた。

「おぉシエルやっと帰ってきたのかー。待ちくたびれたぞ」
『待ちくたびれたも何もあたし、あんたの事呼んでないし』


私がいつこいつを呼んだのだ、いつ!


「俺はてっきりシエルが死んだのかと…」
『不吉なことをいうなっ!!』

縁起でもない事を言いやがるブランシェを一喝し後を振り返る。

『ごめんねぇ、キリト、アスナ…。今日はこいつも一緒にウチにくるから…』

「え、えぇ…それは構わないのだけど…。シエルの知り合い…なのよね?」

『………ソウデス。
……あぁ、でも肉の事は気にしないで!こいつには分けなくていいから!』


「……というより俺は元より3分の1に分けるつもりもなかった」


キリトがどこか拗ねた口調で呟いたが無視。
取り合えず家に入りたい。


『それじゃ、取り合えず入って。こいつの事はそれから紹介する。』

















***

『調理道具は好きに使ってー。あらかたそろってると思うから。』

家に入り防具の装備を解除しながらアスナに告げる。
キリトは何故か驚き顔。
ブランシェは慣れた様子でソファーに座ってくつろいでる。
……このやろう



「何か意外だな…お前の家がこんなきれいだったなんて…。調理道具一式そろってるのが特に。」


『キリトさん?何か言った?』

このやろう。
本日二回目の真っ黒い笑顔をお見舞いしてやった。
まだ昼間の件でのことにあたしは腹がたってるらしい。

「い、いや……」

『そう?…あ、適当に座って。』


アンティーク調のテーブルと同じデザインの椅子を引き出しキリトに進める。


「ん、」


それから、アスナの元に。

『着替えはその奥の部屋でしてくれて構わないよ。散らかってるけど』


その言葉を聞いたアスナがあたしの部屋へ向かっていくのを見届けてからブランシェの方へ向き直る。


ちゃっかりブランシェと距離をとって座ってるキリト、ウケる。


『んで?ブランシェ。君は何をしに来たのかな?』

「ひどい言い様だな、シエル。変なマニアが家の周りをうろついてるからその警護に加えて例外なく朝っぱらから家を飛び出してったお前を待っててやってたんだろうが」

「……お前らどんな関係なんだよ、マジで」

「お?真っ黒い君はキリト君じゃないか!ボス攻略で良く顔を見る!」

「…なぁ、頼むからこいつの説明してくれ」
『そのうちね』

顔全体で「ワケわからない」と言ってブランシェを指差すキリトを適当にあしらったところで着替えを終えたアスナが部屋から出てきた。


「お待たせー!さぁ、はじめましょうか」


その言葉を聞いたキリトが慌ててメニューウインドウから《ラグー・ラビットの肉》を取り出しテーブルへ置いた。


「おいおい、これマジか」
『マジよ』

目をまん丸にして私をみたブランシェ。
……アホ面にもほどがある。

「なぁ!シエル!俺も食いたい!」
『10000コルになりまーす』

「高ッ!!」

『商売の基本よ、キリト。』

「それで、どんな料理にする?」

「シェフのお任せd」
『焼いて焼いて!!ステーキ!』



またとないこのチャンス。
ステーキ以外に何で食べるというのか。


キリトの言葉を遮って力の限り叫ぶ。



『ステーエエエェェェェェキッッ!!!』

「…そうね…。じゃあ、シチューにしましょう。ラグー、煮込みって言うくらいだからね」



アスナ!?あたしの叫び、聞いてなかったの!?

『ステーキッ!!』
「お前は少し落ち着けよ。…あぁ、キリト君ちょっとコイツ頼む。俺、アスナさんにキッチンの使い方教えるから」

「お。おう…」




あたしを羽交い絞めにして押さえつけたブランシェはキリトに真っ黒ニッコリ極上スマイルをお見舞いする。
それに気おされたらしいキリトが、冷や汗を若干浮かべながらソファに投げ込まれたあたしの隣に座った。


『あんのやろ…。何時かゼッテェ痛い目見せてやる』

「……」




カウンターキッチンでアスナとブランシェがほほえましく料理をしている様をうらみをこめた目で見つめることにする。



無駄に金が余っているあたしは家の内装やアイテムに費用を思いっきり費やしたため、料理スキルゼロのプレイヤーでは絶対持っていないような高級システムが備わっている。

そのキッチンではまさしくいま、恨めしいかな、シチューが調理されるところだった。



……あたしの怨念でシチューがステーキに変わらないかな



「ほんとはもっといろいろ手順があるんだけど。SAOの料理は簡略化されすぎてつまらないわ」

「そうなのか。」
「ブランシェさん…?は料理しないんですか?」

「全く」
文句を言いながら鍋をオーブンの中に入れて、メニューから調理開始ボタンを押す。

三百秒と表示された待ち時間にも彼女はテキパキと動き回り無数にストックしてある食材アイテムを次々とオブジェクト化しては淀みない作業で付けあわせを作っていく。

「大したもんだな。」
「シエルの家にこんな道具がそろっている事に私は驚きましたけど」

「はは」



「…確かに…っでえ!!」

ジト目で見てきたキリトの足を思いっきり踏んでやった。


「さて、シチューができるまでしばらくお待ちくださいな」



「んじゃ、シエル?ブランシェの事とか教えてくれよ」


ずっとおとなしく隣で座っていたと思ったキリトと、調理をひと段落終えたアスナの笑顔に挟み撃ちされました。





『…分かってるわよ。そこの、アスナと一緒に調理をしてた白い物体はブランシェ。私の幼馴染兼下僕兼パシリ兼んー…カネヅル?』


「ひっでぇ肩書きだな」

●○キリト○●

「ひっでぇ肩書きだな」

テーブルに改めて座りなおし紹介された、シエルの隣に座っているブランシェという白い優男はどうやらシエルの知り合いだったらしい。


「ほんとになぁ」

のほほんと笑うこいつは正直、シエルの扱いに慣れてるんだろうな。

このデスゲームが開始されて2年。
それなりにシエルとは長い付き合いだったが、このブランシェという男の存在は全く持って知らなかった。

この二人のやり取りを見てる限り仲が良いのは確かだろうが俺の前に座って頬杖をついているシエルはものすごい不機嫌顔だ。
ステーキじゃないことがそんなにダメージを与えるのか



「えーっと。紹介のとおり白い俺の名はブランシェ。シエルの幼馴染でまぁ、リアルでも良く会ってた。武器はコイツと同じ、カタナ。一応攻略組ってことになってるけどシエルやキリト君、アスナさんほど潜ってはいないかな」


よろしく。

そういって握手を求めてきたブランシェに握手と自己紹介を返す。



「俺の名はキリト。…まぁシエルとよくつるんでるんなら、俺の話も聞いてると思うし、ボス攻略で顔見てるんだったらそんなに紹介することもないかな。…武器は片手直剣。あと、キリトって呼んでくれ。君付けは、なんか気持ち悪い」



「分かった」



「私はアスナです。攻略では何度か顔を合わせましたが…改めて、よろしくお願いします」

「あぁ。よろしく」


アスナとも握手を交わしたコイツは結構良いヤツなんじゃないかと、ふと思った。









*********************





『ぅんまかったぁぁ!!!』


ぺロリとシチューを食い終えたシエルはご満悦顔で腹をさすっている。


「確かに、うまかった」


そのとなりで無事肉を食わせて貰うことのできたブランシェもどこか楽しそうにシエルをみてた。

…なんというか、父親ってカンジだ。

そしてアスナはキレイに食い終えた皿の前で一言。

「ああ…今までがんばって生き残っててよかた…」


「全く同意見」





シエルのキッチンでアスナが入れた不思議な香りのするお茶をみんなで啜り饗宴の余韻が満ちていた。

●○シエル○●



「不思議ね。なんだか、この世界で生まれてこの世界でずっと暮らしてきたみたいな、そんな気がする」

アスナがふいにポツリと零した、一言

「……俺も最近あっちの世界の事はまるで思い出さない日がある。俺だけじゃないな…。このごろはクリアだ脱出だと血眼になるヤツが少なくなった」

「攻略のペース自体は落ちてるがな。俺にはあまり関係ない」

それに続いたキリトとブランシェの言葉。

『今最前線で戦っているプレイヤーなんて五百人いないでしょ。危険度のせいだけじゃない…。皆馴染んできてるんだ。この、世界に』



それは、“誰か”の話じゃない。

あたしだって、そうだ。

何度あの場所から逃げ出したかったか。
何度、居なくなってしまおうかと考えたか。

そのたびにブランシェに繋ぎ止められて、出会えたこの世界は。



『あたしの…』



「?シエル?」

『なんでもない』

ポツリとこぼれた言葉はキリトに拾われてしまっただろうか


「でも、私は帰りたい」



歯切れの良いアスナの声が響いた

ブランシェとキリトがハッとして顔を上げたのが空気で分かった。


「だって、あっちでやりのこしたこと、いっぱいあるから。」


その言葉にうなずくキリト。

でも、あたしは…

「そうだな。俺達が頑張らなきゃサポートしてくれてる職人クラスの連中に申し訳がたたないもんな…」





誰かの、ために頑張る。

あたしはそんな理由で動いてるんじゃない。
もっと、自分勝手な理由なんだ。


迷いを振り切るように大きくカップを傾けた。
最上階はまだ遠い。

でもいつか必ず終わりがくるんだ。
そのときあたしはどうするのか。今はわからない



「あ……あ、やめて」

『どうしたの?アスナ?』

いままでじっと黙っていたブランシェに向かってアスナが顔をしかめながら目の前で手を振り言った。



「な、何?」

「今までそういう顔をした男プレイヤーから、何度か結婚を申し込まれたわ」

「『ブッ!!』」


哀れなことにそこそこ戦闘スキルが高いブランシェでもそういうのには弱いらしい。

固まってる。

すごく、間抜け顔


「その様子じゃ、シエル以外に仲の良い子いないんですね」

「いや…俺はただ単に、ちょっとさっきの話聞いて元気でたからお礼を言おうと…」
『話がかみ合ってない』

「せっかくMMORPGやってるんだから友達つくりゃいいのに」

『多分それ、一番キリトに言われたくない言葉ね』
「んなっ!?」


アスナは笑みを消すといきなり真剣な表情になりあたし達3人を見回した。

「皆は、ギルドに入る気ないの?」

「「『え』」」

「ベータ出身者が集団になじまないのは分かってる。でもね、」

表情がさらに真剣味を帯びる。

「七十層を越えた辺りから、モンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきてるような気がするの。」

『そりゃ、あたしも感じてたけど』


「ソロだと想定外の事態に対処できないことがあるわ。いつでも緊急脱出できるわけじゃないのよ」
『そんなこと、分かってる』

「…でもね、シエル。パーティーを組んでいれば安全性が随分違う。」


「安全マージンは十分とってるよ。忠告はありがたく受け取っておくけど…」

「ギルドはちょっとなぁ。それに…」

ここでよせばいいのにブランシェは余計なことを言った。

「パーティーメンバーは慣れてる、たとえばシエルとかじゃないと助けよりも邪魔になることの方が多いし…」
「あら?」

ちかっとあたしの視界の端に閃光がよぎったと思えばブランシェの目の前にはアスナの持つナイフが突きつけられていた。


…さすが閃光様。
アスナの隣に座ってたキリトの顔も引きつってる。


引きつった笑いと共にブランシェは降参のポーズ

「悪かったよ。…アスナさんも、例外…」
「うん」

少し満足気な顔をしながらナイフを戻し指の上でくるくる回しながらアスナはとんでも無いことを口にした。


「なら、しばらく三人とも。わたしとパーティー組んで」

『はぁ?』


「ボス攻略パーティーの編成責任者としてシエルを除いて噂ほど二人が強いヒトなのか確かめたいと思ってたし、私の実力をちゃんと教えて差し上げたいし」

「だから、悪かったって…」
「あと、今週のラッキーカラー白と黒だし」

「なんだそりゃ!!」

『私さんせー!!アスナとパーティーやっほぅ!』


あたしは大賛成だが(だって閃光様とパーティー組むんだよ!?どんなお宝情報が待ってるかワクワクだよ!?)男二人共は仰け反りつつ反対材料を探してるらしい。


「んな…こと言ったってアスナさん?ギルドはどうするんだ…」
「別にレベル上げノルマないし」

「じゃああの護衛二人は!?」
「置いてくるし」
『ぶちのめすし』



カップを傾けたキリトとブランシェはそれが空であることに気づき、アスナがすまし顔で奪い取りポットからお茶を注いだ。

正直男共にとって美人プレイヤーとパーティーを組めることは嬉しいことだと思うんだけど。


ひょっとしてブランシェが根暗な残念プレイヤーとして憐れまれていたりして。…おもしろ




「「最前線は危ないぞ」」

その言葉に装備してあったあたしのカタナとアスナのナイフが持ち上がり、すばやく降参したブランシェにアスナはナイフを収めたものの、キリトの喉元には見事あたしの愛刀の切っ先を突きつけた。


それをみて慌ててキリトがコクコクうなずいたのをみて渋々切っ先をしまってやった。

「わ、解ったよ。」

「じゃあ、明日朝九時、七十四層のゲートでまってる」

キリトの降参をみてアスナが言葉を紡いだ。


「…アスナさんの安全には俺が責任を持つよ」




ブランシェが、どこか諦めにも似た表情で告げた。

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