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「痛ってぇ……」

出陣先からやっとの思いで本丸にたどり着いた瞬間。

折れる寸前の痛みが鶴丸を貫くように走った。
度重なる出陣と遠征により、元は真っ白な衣装が赤黒く染まっていた。

「うっわ…鶴丸さんもヤバいねぇ」

そう言いながら鶴丸の隣を歩く清光の身体も、そしてその他の刀剣達も鶴丸と同等に傷ついている。

何故こんなにも疲弊しているにも関わらず、彼ら付喪神に治療が施されぬのか。
それは彼らが現在のこの空間の主からの一切の施しを拒否しているからに他ならなかった。

「いくら俺たちが手入れを拒否したところで出陣の頻度は変わらんからなぁ…」
「それに。この本丸じゃあアレがいくら新しく刀剣を作ろうとしたところで不可能だしね」
「あぁ…。それが俺たちの唯一の主人の霊力がまだ保たれている証拠だ」

つい数ヶ月前、この本丸には雫遙という一人の女性が主として務めていた。
彼女は刀剣達と共に在る覚悟の証として顕現させた刀剣全てと名を交わし、また、刀剣達も彼女を大切に護り、慕ってきた。
「主」と呼ぶものもいれば「雫遙」と名で呼ぶ者も、誰しもが彼女をこの本丸、唯一の主として認めていたのだ。

加州清光は初期刀として雫遙が本丸に務める最初の最初から。
鶴丸国永は雫遙が初めての鍛刀で顕現させた刀剣として。
常に雫遙とともにあった。

時が経つにつれ刀剣達が増え、賑やかになり。それなりに練度も上がってきた頃には演練を主な目的とした審神者間の会合で雫遙はそれなりに有名となっていた。

それが仇となったのか。
突如としてこの本丸が何処かの審神者に襲撃されたのだ。

本来ならば主の強固な結界が本丸を守護しているために、本丸そのものが襲撃を受けるということは起こりえない筈だった。
それも審神者によるものなら、尚更。

しかしどういう訳か、雫遙の本丸は審神者に襲われ、そして護りきることが出来なかったのだ。
それは決して相手が強すぎたという訳でも、雫遙の刀剣達が弱かったという訳でもない。

襲撃してきた審神者が率いていたものが“異質”であり、審神者自身もまた、“異質”な力を持っていた。
本丸の主となる審神者が神通力の類を持っていることは珍しいものではないが、アレの力はその類では無かった、というのが鶴丸達の見解である。


そして現在、襲撃してきた審神者がこの本丸の主として君臨しているのである。

「しっかし…。ホント、気味悪いよね。契約もなにも交わしていないアレが、俺たちの主ってことになってるのが」

清光が顔面一杯に「不服」を表し呟いた。

「まぁ…な。しかし俺たちが反発したところで折られる事はない。“彼女”の加護でな。だからこそ、“彼女”には今の所、危害は加わってないんだ。今は“彼女”を守る事を考えようぜ」

「でもさ!危害が加わってないっていっても主は今怪我してるんだよ!それに、あんな場所に…!」

「分かってるさ!それでも、今はまだ俺たち
が動き始める時じゃあない。それは君だって重々承知だろう」

このままでは口喧嘩では止まらない喧嘩に発展する。そう判断した鶴丸は踵を返し、一応形を留めている自室へと歩を進めようとする。
それは清光や他の刀剣も同じだったようで、鶴丸と同じく踵を返し、自室へと戻るために足を進めた。
今、手入れを受けない状態の、折れないギリギリの中で度重なる出陣を繰り返しているのだ。
こんなところで消耗する訳にはいかないというのが二人の考えであった。

と、

「鶴丸に…清光も。ちょうど良いところに。少し付き合ってくれないかしら…?」

突如として、この本丸に本来なら存在しない筈の女人の声が響く。
その瞬間、清光と鶴丸は形容しがたい憎悪の感情を抱いた。
アレを殺したいという気持ちは山々であるが曲がりなりにも現在の本丸の支配者であるアレに刃を向けることは出来ない。
やっとの思いで憎悪を抑え、二人が振り掛ければ、瞳に三日月を浮かべる刀剣を傍に控えさせたアレが立っていた。

「…………」

この場にいるのは鶴丸と清光、そして宗近のみ。他の刀剣は既に自室へと帰ったようである。
そして人間は、偽りの審神者のみ。

3振りともその人間と口をきこうとはしなかった。

「こっちにきて?」

にっこり。
美しいを通り越し、いっそ気味の悪い笑みを浮かべた審神者は三日月を伴って踵を返す。
アレに従わなければ、“彼女”がどうなるか分かったものじゃない。

「………耳障りな声だ」
「ほんと、気持ち悪い」

“彼女”の声が恋しい。
審神者の姿が遠くなってからやっと、鶴丸と清光が本音を溢し、審神者の後を追った。



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