あなたの、傍で




「私は一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀。藤四郎は私の弟達ですな」

「はじめまして。一兄。私の名は雫遙。貴方の弟達が首を長くして待っていたわ」


この世に付喪神として顕現されて初めて会う主となる女性は、美しくはにかんだ。







あなたの、傍で







「……名を、名乗ってしまうのですか」

「あら、一兄は名前を教えてくれたのに私が名前を教えないのは失礼でしょう?」



ふわりと、首を傾げて微笑む主殿。

我々に名を名乗るということは魂を掴まれるということ。
その危険性を彼女は分かっているのだろうか。

「ふふ、皆最初はそういうのよね」

「では、ここにいる刀剣全てに主殿の名を…!?」

「えぇ」

「そんな、それでは主殿が危険に…」


ふるり


私の言葉を遮るように、主殿は首を振った。

「……私の名を渡すのは、私なりの覚悟なの。戦場に立つ貴方達の主としてこの本丸にいる私が、自らの名を掴まれる事を恐れて、名を隠すようなことはしたくないのよ。………それに万が一、私の名が貴方達に縛られるということがあれば。それは、私が貴方達の主として相応しくなかった。それだけのことなのよ」



_____だから、私の名を知って、その後どうするかは貴方自身に決めて欲しい


やはり、ふわりと、優しい空気を纏わせたまま主殿は私に告げた。



今私の眼の前に主殿が、どの刀剣にも名を縛られることなく立っているということは。
私以前にこの本丸に顕現した刀剣が皆、彼女を主として認めているということだろう。


実際、まだ対面して間も無い私自身でさえもこの女性を主として認めて良いと感じる何かを、この女性は持っている。


ならば。


「……この一期一振、最期の時まで貴女様をお護りいたします」

「ありがとう」


そう、言った主はどこか悲しそうに、柔らかく微笑んだ。






それが、私の主殿_____雫遙殿との初めての会話だった
















「一兄ぃ?どこにいるの?」

弟達が庭で遊んでいるのを縁側で見守っていれば、何処からか私を呼ぶ雫遙殿の声が聞こえてきた。

「一兄、大将がお呼びだぜ」

私の隣で、同じく弟達を見守っていた薬研にニヤリと笑みを送られる。

「…そのようだね。薬研、少しばかり席を外すよ」
「あぁ、任せてくれ」



薬研に弟達を任せて、その場を離れる。

確か雫遙殿の声は廊下の奥から聞こえたはずだ。

突き当たりを曲がって気配を探りながら角を覗き込めば案の定、こちらに背を向けている一人の女性、雫遙殿が見えた。



「雫遙殿?」

「うわぁ!?」

「も、申し訳ありませぬ…!」


後ろから声を掛ければどうやらかなり驚いた様子でこちらを振り返る。

「び、びっくりした…」


ふと、雫遙殿の両手が彼女の胸元で握られているのが気になった。

「雫遙、私の名を呼んでおられたように聞こえたのですが…」

「え、えぇ。そう、なのよ。」

「何か、ございましたか?」

と、問いかければふと、雫遙殿の視線が彼女の握られている両手に止まった。

「…………雫遙殿?」




「あの、あのね。今日って、一兄がこの本丸に来てくれて、一年でしょ?」

「…………そうでしたかな」

「そうよ。それでね、貴方は今日まで私を、見放すことなく、私と共にここまで歩んできてくれた。……それで」


________これを、渡したくて。

言葉と共に私に差し出される両手。
その手にあったのは一つの根付。


聞けばどうやら1人づつ、これと同じような物を渡しているらしい。

彼女なりの、私達刀剣への感謝の表し方。



「ありがとうございます」


そっと、雫遙殿から根付を受け取る。

「お礼を言うのはこちらの方。ほんとうに、ありがとう。貴方に会えて良かった。どうか、これからもよろしくお願いします」


ぺこり、とお辞儀をする雫遙殿。

「そんな、お顔を上げてください」

この本丸で、彼女が存在する限り行われる、この本丸の全ての刀剣に行われる一種の儀式。

私だけ、でなくとも嬉しいと素直に感じる。


彼女が私を顕現してくれたから、感じることが出来る。


「私はこれからも貴女様をお護り致します。貴女様と共にこの本丸が消えてなくなるその時まで」



貴女と共に生きていきたい。


そんな事を思うようになるなんて、刀の姿であるときには想像もつかなかった。


今はまだ、この気持ちをそっと、秘めておきたい。

それでも、どうか。

いつかこの気持ちを伝えられる時までは。


誰よりも近くで雫遙殿を、お護りしよう。






それこそが、この姿で顕現された私の存在意義なのだから。

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