触れるぬくもり



目の前に飛び散る、紅。
「…っ!」

恐怖に身体が動かない。
目の前で、敵“だったもの”が崩れ落ちる。

ドシャッ____

これが、戦場。
分かってた。分かってた筈だった。



触れるぬくもり






見渡す限りの屍の山。

歴史を守るための戦い。
相手は歴史修正主義者で、私たちは政府から遣わされた歴史を守るもの。
悪いのは向こうで、こちらはそれを止める為に戦っている。

そう、理解してた。
でも。

「大丈夫か?主」

目の前でたおやかに、美しく微笑む、三日月の名を持つ彼はこちらにゆっくりと振り返る。

その手に血塗られた刀を持ち、彼自身も血に彩られながら。

「だ、いじょうぶ…」

怖い。ただ単に、怖い。
いつもは優しく、穏やかに笑う彼が、今は怖い。
仲間を血塗られた存在に変え、仲間に敵を殺させる自分が、怖い。

「……大丈夫には見えぬが…。ほれ掴まればよい。」

三日月がこちらに手を差し伸べる。
「ひっ……!」

しかし、私はその血に塗られた手を掴むことが、出来なかった。

自分が彼を戦わせて、自分が彼を血塗られた存在へと、変えているのに。
まるで自分の所為ではないと思い込み何も関係ないというようにその手を拒んでしまった自分が腹立たしい。

「む…?」
「あ、ごめんな、さい…」

訳も分からず、涙が溢れる。

「いや、気にするではない。……どれ、これでどうだ?」

しゃがみ込んでいる私に合わせて身を屈めた彼は手を拭い、私の手を引き寄せる。

「あ、の……?」

「何も怖がる事はない。俺は必ず主の元へ帰る。そして、主を絶対に護る。……だからどうか、自分を責めないで欲しい。これは俺たちが望んだ事なのだからな」


どうやら三日月には全てお見通しらしい。

「そして何かあればこの老ぼれを頼ってはくれぬか。……眠れぬ夜でも、戦場であっても。」

あぁ。なんて彼は優しいのだろうか。

彼の名にもある三日月が入り込むその瞳でじっと見つめられてしまったら、彼に甘えてしまう事を拒めないではないか。

そして彼はそれを赦そうと、言っているのだ。

「私は、この戦が誰かを護るための戦いだと思っていました。だから、私は誰かを護るために、誰かに護られてはいけない、と」
「それは違うな。…護られずに誰かを護られる人はいない。…俺も、主に護られているのだよ。……だからどうかこの老ぼれにも主を護らせて欲しい」

そっと、私の頬を三日月が包み込む。

あぁ。つい先程まで恐ろしいと感じていた彼の手が、とても暖かい。




唇に触れた温もりは、彼の物なのか自分の物なのか。


(視界が闇に覆われる直前。
それを確かめる術は残っていなかった)



触れるぬくもり

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