きみとの、あしあとを


寒い。

とにかく寒い。

大和国と呼ばれるサーバーの一角にあるこの本丸だが、1月から2月はかなり冷え込む。
雪がしんしんと降り続き、本丸一帯を白く染める。
吐く息まで白いさまは、まるで《あの刀剣男士》の神域を思わせる。

私はジャージの上から、起きがけに隣で寝込む鶴丸から奪取してきた羽織りを肩に掛けて、さらにそれを抱き込むようにしながら背中を丸め、素足で本丸の廊下を進む。

微かに厨の方からいい匂いが漂ってくるということは、本丸稼働時からの有志で集まった厨組はもっと早い時間から朝餉の準備をしてくれているということだろう。
有難いことである。

漂ってくる匂い的に今日の朝餉は、なめこの味噌汁に焼き魚だろうか。
ふふん。朝餉を当てるのは私の地味な特技の一つである。

そんなことを考えながら廊下の角を曲がった私は、壁に取り付けられているホワイトボードの前で足を止めた。
このホワイトボードに毎朝部隊の編成や当番、伝言を書く。それをみた刀剣男士が行動できるように、と考案してくれたのは、この本丸で最も誇り高い初期刀である。

第一部隊のメンバーから第四部隊のメンバー、厩と畑の当番メンバーを書き込んだ後に、《主から》という欄に「特になし!」と付け加える。
ちなみに、鶴丸国永の名前を書く途中に、いきなり鵺が突進してきてペンを落としてしまった。
そのため、鶴丸の名前が中途半端になってしまったけど、まぁいいや。書き直すのめんどくさいし。

あとは何か用事があったり、各自の端末で受け取った連絡がある刀剣男士がこのホワイトボードに書き込んでくれる。

「よし。鶴丸起こすかな」

いつもは私より早く起きて、私が目覚めるまで側にいる鶴丸が珍しく今日は隣で未だに眠っていた。
もうすぐ刀剣男士達が目覚める時間だから、それに合わせて起こしてあげなければ。
私は再度自室へ戻るべく、踵を返した。

*****

「頂きます!」

刀剣男士が全員広間に集まれば、初期刀の合図で全員で手を合わせて朝餉を摂る。
私の本丸では、刀剣男士が増えるたびにちゃぶ台を増やしていったから、ご飯を食べるときはいくつかのちゃぶ台に別れつつも賑やかなご飯時間になる。

私は今日、鶴丸、薬研、清光、安定と共に朝餉を食べることになった。

「あ、そうだ。主。あとでもっかいホワイトボードを確認してみてね!」
「え、なに清光。なにかあったの??」

何気ない会話の途中に清光が言った言葉に微かな緊張が走った。
ホワイトボードを確認してほしい、ということは、なにかの伝言が追加されているという事だ。
緊急の連絡ならば朝餉前の挨拶で連絡することになっているが、それは無かった。
ならば誰かが連絡し忘れたのか、などと悶々と考えていると清光が「そんなに難しい顔しないの」と呆れ気味に苦笑を漏らした。

「きみに見てもらいたいものがあるのさ。きみは、その…俺のせいで人の寿命を超越したし、そのせいで日々の変化に無頓着なところがあるが、今日だけはそういかないのさ」
「ちょっと鶴丸」
「鶴丸の旦那、アウトー」
「鶴丸さん、それ禁句」
「ねぇ、鶴丸さん、俺の判断が間違ってたっていうの??」
「あ…いや…その……すまん…」

どうやら彼らは私にホワイトボードに書かれた《何か》を見せたいらしい。
鶴丸の言葉にそこまで緊急性の高いものでないと判断したけれど、鶴丸が私の身体に起きた変化を自分のせい、なんて言うから、私を含めたメンバーが鶴丸に詰め寄り始めた。

「ねぇ、鶴丸。私、鶴丸の全部を望んだんだよ??私、どんなに永くても皆の主であり続ける覚悟があるからこの道を選んだんだよ??」
「ねぇ、鶴丸さん。俺、あんたなら胸張って主を護ってくれると思ったから主の人生を託したんだよ??」
「すまなかったと言っている!!」

私と清光に両側から詰め寄られた鶴丸は、降参だ!という風に両手を挙げた。

私はその様子に満足すると、鶴丸の足の間に移動してお茶をすすった。鶴丸の分である。鶴丸から「おい!」という声が掛けられるが、私の愛と清光の覚悟をナメたペナルティである。
取り敢えず、朝餉を食べたらホワイトボードに行こうと思う。

「まったく、文字通りの万年夫婦の癖して、何回繰り返すんだか」

薬研が呆れ気味に味噌汁を飲み干した。

*****

「はーー寒い!寒いね冬は!」
「寒いのは俺なんだが…」
「羽織りはペナルティその2ね」
「……まぁ、俺が悪かったしな。きみが風邪を引かなければいいさ」

朝餉を食べ終わり、鶴丸を連れて再びホワイトボードへ向かう。
少し前を歩く鶴丸が、少し落ち込み気味な雰囲気を纏っている。まぁ、さっきの言葉は私を大切にしてくれてるが故の言葉だと分かっているんだけども、やっぱり、鶴丸が「自分のせい」だなんて言ったのが寂しかったのだ。
羽織りはまだまだ借りておく事にしよう。

「しっかし、皆揃ってソワソワしてたね。何書いたんだろ…」
「きっと驚くぞ」
「鶴丸までグルだし…」

振り返った鶴丸が目を細めてこちらを見てくる。
あぁ、この顔はダメだ。幼さと老獪さが混じったこの視線は。
心臓がバクバクしてしょうがない。

「さて、着いたぞ。」
「なにな、に……」

何年経ってもこのトキメキは落ち着くことを知らないな、なんて考えながらホワイトボードへ視線を移す。
そして、思わず言葉が詰まった。

「なに、これ……。いつのまに……」
「どうだ、驚いただろう?」

ホワイトボードには、今日の日付と《主の審神者就任記念日》という言葉に付け加えて、数枚の写真とコメントが寄せられていた。

きっと、私の知らないところで沢山準備をしてくれていたのだろう。
みんなからのコメントが、とても暖かい。

「おど、ろいた…よ。あり、がとう…」

沢山の九十九の神さまからのお祝いのメッセージ。ひとつひとつが、加護に溢れている。
それを実感して、涙が溢れてくる。

「まだまだ仕掛けは沢山あるぜ。今日一日がきみの為だけの日だ」
「まさか、鶴丸が今日、起きてこなかったのって…」
「今日の仕掛けを準備してたからだな」
「まじかー…」

全く気づかなかった。契りを交わして以来、一番となりにいた鶴丸でさえ、準備してくれていたなんて。

「主ー!ホワイトボード見た!?」

清光が小走りで近づいてくる。
その手には大きな花束を抱えている。

「清光、どうしたのその花!」
「これ、主のために!皆で一輪づつ加護を込めて作ったんだ。執務室とかに飾って?」
「ありがとう…」

清光からそっと、花束を受け取る。
ここにも沢山の加護が。

「主が、鶴丸さんの眷属になりたいって言ってくれた日、実は凄く嬉しかった。主が《したいこと》を素直に伝えてくれたって。主が永い時間を掛けて俺たちの主になる覚悟をしてくれたって。それ、他の刀剣男士達も一緒だから。今日は、何年かぶりのお祝いになっちゃったけど、その分のみんなからのお祝いを貰って!」

あぁ、涙が止まらない。

ひとつひとつの言葉と、加護。

私はまだ主として生きて良いんだと認めて貰ったようで。
世界一の幸せ者だと、思わせてもらえる。

「じゃあ、その分、私も皆にありがとうを伝えなきゃね」
「そうしてやれ」

鶴丸が優しく涙をぬぐいながら頭を撫でてくれる。

「じゃあ、俺、他の皆に指示しなきゃいけないことあるから先に戻るね。主、また広間目指してきてね!」

清光が鶴丸と私の様子を見守ってから、踵を返す。
その後ろ姿をみてふと、大事なことをひとつ思い出した。

私の審神者就任日ということは、

「清光!!」
「え、なに?」

「清光は!!私の刀剣男士の中で一番!!誇り高くて!私の!1番の!自慢な刀だから!!ありがとう!!」

清光に向かって、叫んだ。
なんかもう、色々決壊した。私の中で。
清光が一瞬きょとん、とした顔をしたのち、へにゃんとしたような、ふわりとしたような、美しい笑みを浮かべた。

「ハハッ、なにそれ…。主…、ありがとう!」

清光が駆け足気味で遠ざかっていく。
誇り高い初期刀の後ろ姿はどんなときでも美しい。

「…妬けちまうなぁ」
「!?」

鶴丸が後ろから抱きすくめて耳元で囁いた。
その声はアカン。弱点ということを知ってるはずでしょう!?

「…まぁ、今日はきみの日だからな。…ただし、明日以降は覚悟しておけよ?」

つい硬直したまま動けない私の頭部に軽く口付けた鶴丸は、するりと私の手を取ると、そのまま前へと進み始めた。

「さぁて行こうぜ。大舞台の始まりだ!」

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