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うっすらと、閉ざした瞼の向こうに光を感じて俺は重い瞼を押し上げた。

「こりゃあ…、驚いた…」


長い間、見る事のなかった、柔らかい光が部屋の障子を透かして部屋に差し込んでいる。

____終わったか


それだけで、全てを理解する。
あれからどれだけの時が流れたのだろうか。
あれからどれだけの付喪神が傷つき、それでも“彼女”を護ろうとしたのだろうか。
あれからどれだけ“彼女”は苦しんだのだろうか。
あれから…俺は少しでも“彼女”の心を繋ぎ止める杭となることが出来たのだろうか。

「………」

忌々しい鉄格子があったところへ視線を向ければ、それは粉々に砕け散っていた。
そして、その奥に、何よりも大切な、大切な女性が力なく座り込んでいる。

「雫遙、」

俺はその姿を認めた途端、何かに突き動かされたように動かない身体を無理やりに動かして彼女に近づいていく。
未だ癒える事のない傷により、身体を痛みが貫く。
だがそんなことは気にならなかった。
今はただ、あの愛おしい存在を抱きしめたい。

「雫遙!」

身体を引きずってやっと辿り着いた雫遙の元。
雫遙の眼は虚ろで焦点は定まっていない。
心が闇に沈んでいる間、ずっと涙を流していたのだろう。頬がまだ乾き切っていない。目元が、赤い。

ぎゅっと、その細い身体を抱きしめる。

ふと雫遙の足元に目をやればあの時に付けられた傷がそこに癒えることなく残っていた。

「……痛かっただろう」

もしかしたらアレの呪の力が残っているのかもしれない。石切丸や太郎太刀あたりにでも診てもらわねば。

「辛かっただろう」

彼女を護る為とはいえ、目の前で俺を三日月が斬りつけるところを見せられた。

「苦しかった、だろ…」

この「審神者」という職に誰よりも誇り高い彼女のことだ。自らがとらわれ、何も出来ないままに皆んなが傷ついていくのを見ているだけなのは、歯痒かっただろう。

腕の中の雫遙は俺の言葉に反応することもなく、ただ力なく座り込んでいるだけ。
心はまだ闇から帰ってこれていない。

それでも。

「それでも…、君が…雫遙がここに居てくれて、良かった…!」


ありがとう


その言葉を、耳元でそっと告げ雫遙の白い、涙の痕が残る頬をそっと撫でた時だった。


スパーーンと景気のいい音を立て、襖が開いた。


「主!無事!?俺、汚れてて可愛くないけど、捨てないで!?」
「旦那……それは少し違うんじゃないか…」

雫遙を抱きしめたまま身体だけそちらに振り向けばよく知りすぎたとも言える付喪神達の姿。
ご丁寧なことに、清光や薬研を筆頭に全員が揃っている。

「…あぁ。主は確かにここにいるぜ」

言って、雫遙の身体を抱きかかえ、立ち上がる。

「おい、鶴の旦那…。傷が酷い。他の誰かに…」
「いや、大丈夫さ。それに傷を負ってるのは他の皆んなも同じだろう。俺が運ぶさ」

皆んな、慢心創意だ。

それでも誰一人として欠けている者はいない。
それはこの本丸の真の主である彼女の加護ゆえ。

「ほら、雫遙。君は、皆んなを護ったんだ。…ありがとう」

「おや、これは…」
「呪いの類だね。すぐに祓い清めなければ」

俺が抱きかかえた主に皆んなが群がる中、雫遙の足の傷に気づいた太郎太刀と石切丸。
その二人の声を聞いて周りの付喪神は「早く主を安静にさせなきゃ!」と言い、我先にと部屋を確保しに散っていく。
誰一人として主が幽閉されていた部屋に近寄りたくないのだろう。
俺だって二度と御免だが。

そして、輪が散った後、残った一振りの美しき付喪神。

「…天下五剣様がずいぶんなやられ様じゃあないか」

「あぁ…。だが、やっと終わった」

アレをなんとか来た時の傷だろう。
俺を斬りつける時には傷一つついていなかった三日月が今は、ズタボロだった。

すっと三日月が俺に…いや、腕のなかの主に近寄り、目元に残る涙を拭ってやっていた。

「長く待たせた、な…。早く傷を治すと良い」

主に向けたものか、俺に向けたものか。
それは定かではないが三日月の言うことは尤もだ。三日月は背を向けると騒がしくなり始めた広間へと足を進めた。どうやら彼女の治療は広間で行うことにしたらしい。

「さぁ、あと少しだ。皆んな待ってるぜ?」














「うー…ん。どうやらこの呪いは私の祈祷では祓うことはできないな…」
石切丸の言葉で広間が一気に騒がしくなる。
胡座をかいた俺が未だに抱えている雫遙。その頬はまるで血の気がない。

「………祈祷では、つーことなら他のがあるのかい、旦那」

沈黙を破ったのは薬研は、顎に手を当て思案顔で石切丸を見やった。

「………あぁ、あるよ。けれどそれは…」


「主の志を妨げることになるやもしれません」

言いにくそうに淀んだ石切丸のあとを継いだのは太郎太刀。
真っ直ぐと主を見据えている。

「どういうことだ…?」


志を妨げる…?

再びザワザワとし始めた広間。
その様子を見た太郎太刀は石切丸と顔を見合わせ頷くと説明を始めた。

曰く。
雫遙に掛けられたのは呪いの類で間違いない。
最初の襲撃の際、足の腱を傷つけた際に使われた小刀に術が掛かっていたとか。
そしてその小刀につけられた傷を通して呪いが雫遙の身体を、心を蝕んでいるのだとか。
それは深いところまで根ざしており石切丸の祈祷では祓うことが出来ない。そしてその呪いが解けない限り傷が治る可能性も無い。

そんな呪いを解く方法。
それは彼女が、神の眷属となること。
神の眷属となれば彼女の内面から呪いは浄化され、同時に心も徐々に回復するとのこと。
しかしそれは「この本丸の誇り高き主」であることを望む雫遙の志を傷つけてしまうかもしれない。
何故ならその志は「誰の眷属にも属さない」が何よりの成立要因であったから。

今まで俺と雫遙が眷属の契りを交わすことが無かったのは、そんな理由があったからだ。

しかし今は。


「今はそんなことは些細なことであろう。…今は何が一番大切か。それは……ここにいる全員が理解しているだろう…?」

こちらを見、ゆったりと微笑む三日月。

全く…。全部を見透かした様な言い草はムカつくぜ

「あぁ…!責任は俺が持つ」

雫遙を抱く腕にグッと力を込め、広間に集まる付喪神を見渡した。

彼らの表情に躊躇いはあるものの、迷いは無い。


「ま、ここは鶴の旦那が適任だろう。…いっそのことなら俺っちだって…」
「断る」
「だろ」
「悔しいけど鶴丸さんに譲るよ。…悔しいけど!!」

眷属、つまりなによりも近しい存在となるのだ。
……その座は譲らん!!



ニッと笑う薬研と、ジト目で見てくる清光に笑いかえし、雫遙に向き直る。

「………愛してる」

一言。たった一言呟き自らの唇を噛みきる。

そしてそこからにじみ出た血を、一度俺の口内に含み雫遙に顔を近づけた。

「…」

躊躇うのはたった一瞬。
君は怒るだろうか。


俺の唇を雫遙のそれにそっと寄せ、口付けた。




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