水のぬくもりに、目を閉じる


「ハル―…」

うだる様な暑さが残る夕暮れ。私は学校から真っすぐ自宅へ帰宅すると見せかけて、幼馴染のハルの家に帰宅した。
今日、水泳部は部活動が休みと聞いたから恐らくハルは家にいるだろう、という算段である。

ピンポーン、と間抜けなチャイムに応えるような家主で無いのはとっくの昔に学習しているので、とりあえず形だけインターホンを鳴らした私は裏口へと周りそこからハルの家にお邪魔した。

「ハル―…、どこ…」

取り合えずリビング。いない。

次にキッチン。いない。

そしてハルの部屋。無人。

最後の選択肢。風呂場。いた。

「いたぁ…」
「何か用か」

風呂の扉を開ければ、ハルがいつも通り水着を着用して水風呂に浸かっていた。
いつもの見慣れた光景になんだか肩の力が抜けた気がして私はそっと息を吐き出す。
ハルはそんな私の様子に目ざとく気付いたようで、顔半分まで水に浸かっていた体勢からわずかにこちらへ身を寄せると小さく首を傾げた。

「用っていうか、なんというか…」

私は風呂場に置いてある椅子に制服のまま腰かけてハルと向かい合う。
けれど、今こうしてハルの家を訪れている理由を考えるとなんだか気分がどんどん沈んでしまって、視線はハルよりも下、床のタイルに向けてしまう。

「今日、生徒会の仕事だったんだろ」
「そうなんだけど」
「思ったより早く終わったのか」
「う……」

小さいときからずっと一緒にこの街で暮らしてきて、今や幼馴染という枠を超えた恋人同士、という関係になったハルと私。
マコがハルや私のことを何でもお見通しのように、ハルは私のことなら大体察してくれる。

そんなハルだから、私が本来学校でまだ生徒会の仕事をしている筈の時間に家を訪れたには何かしらの理由があると気づいているようで。更にいえば、割とその理由があまりよろしくない雰囲気であることも気づいてる雰囲気だった。

なかなか言葉を返さない私に、ハルは言葉で急かさない代わりに纏う空気と視線で訴えてくる。
いいからとっとと話せ、と。

まぁ、ハルならば怒らずに聞いてくれるだろうし、そもそもハルに話を聞いてもらいたくて来たのだから。と私は覚悟を決めると、恐る恐るハルと目線を合わせながら今日の出来事を告白した。

「実は、その…。生徒会でミスしちゃって…。ついこないだまでの試験疲れが残ってる割には大きなミスしちゃいましてね…。なんとかカバーしようとしても裏目にでちゃい…。……会長にもう帰れって怒られました……」

あれ、おかしいぞ。なぜ涙腺がゆるむんだ。おまけに声まで震えてきた。

歪む視界から零れそうになる涙を何とか食い止めようと努力し、震える声を何とか真っすぐにしようと力みながらも私はハルにぽつぽつと、生徒会での出来事を話した。
ハルは何も言わず、じっと私の話を聞いてくれていたけれど私が話し終わるや否や、いきなり水から上がると風呂場から出て行ってしまった。

「ハル…?」

ついに幼馴染に見捨てられたのか!?
地味なショックにまた涙腺が緩む。息が苦しい。

「ハル…、なんで…?」

生徒会でミスをしたことのショックを、ハルに見捨てられたというショックが上回る。
いつもは言葉少ないながらも溜息をついたり、表情に変化があったりするのに。今回の行動が初めてすぎて、何より自分がショックを受けたという話を聞いてもらってそれをスルーされたかもしれないという事実が悲しい。

「ハル!」
「ちょっと待ってろ。俺今濡れてるから」
「…へ」

思わず椅子から立ち上がってハルの腕を掴もうとしたとき、それをやんわりと留められて、ようやくハルが言葉を返してくれた。
ハルはもう一度「待て」というとタオルで身体を拭きはじめる。
ハルの意図がいまいち理解しきれないけども、とにかくハルの言葉を守ろうと考えた私はその場でハルが身体を拭き終えるのを待つ。

やがてハルが全身の水気をふき取って、タオルを洗濯籠に投げ入れた。
そして水着のままハルはこちらを向くと、両手を私に向かって伸ばしてきた。

「……?」
「……はぁ。」
「なんで溜息」
「いいから、こい」
「!」

ようやくハルの意図を理解した私は、裸の上半身に飛び込んだ。
途端、ハルがぎゅっと受け止めてくれて、なんとも言えない安心感が訪れた。

「ったく、バカだな。……俺がお前を見捨てることはないだろ」
「うん…。無かったね」
「ほら、泣くな」
「うぅぅ…」
「どうせテスト続きで疲れてただけだろ。人間誰だって完璧な訳じゃない」

親指でぐいっと私の眼尻に溜まった涙をぬぐったハルは、私の頭を胸元に抱き込むようにするとそのまま背中をポンポン、とリズムよく、優しく叩いてくれる。

「刹李は、俺や真琴より少し真面目すぎるから受けたショックがデカかっただけだろ。どうせ、会長だってそんなに怒ってないし、今日のは少し休めって意味だろ」
「ハルが優しいぃぃ」
「……おい」
「ごめんんん!やだぁああ!離さないでええ!ぎゅってしてええ!」
「はぁ」

ハルは再度溜息をつきつつも、離しかけた身体を再度近づけて私の身体を抱きしめてくれた。
ハルの裸の胸から響く鼓動と、背中を叩いてあやしてくれるリズム、ハルの声と言葉。
全部が全部、ショックを受けて重い気持ちを抱いていた私の心を安心で癒してくれる。

ハルの背中にまわした腕でぎゅっと彼の広い背中に縋るように抱きしめれば、それに応えるように更にきつく抱きしめてくれた。

「……今日は泊ってくか?」
「泊まる。ご飯」
「ったく…」

そうと決まればこの時間はおしまい、という風にハルは私のことを引きはがすと、すぐ近くに置いてあったエプロンを身に着けながら脱衣所を出ていこうとする。

「ありがとう。ハル」
「…別に。お前が泣いてるの、なんか嫌なだけだ」
「うん」
「鯖焼いてる間に家に帰って着替え持ってこい」
「そうする!」

幼馴染で、誰よりも大切な存在は、いつも私を受け止めて安心させてくれる。
この距離感と彼の優しさが何よりも愛おしくて、私は胸のくすぐったさに頬を緩めると、泊まるための着替えを取りに自宅に足をむけた。


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