ハッピーニューイヤーを迎える話


「凛、ハッピーニューイヤーまであと少しですね」

今の時代はとても便利だ。海を渡った土地にいる相手と顔をみて会話をすることができる。
ビデオ通話画面に映った凛は「おー」なんて気の無い返事をしながらカメラに対して後ろを向いている。なので今見えるのは凛の大きな背中だけ。

「なにしてんの」
「んー、何か食うもんないかと思ってな」
「待ってよまだ日本はハッピーニューイヤーしてない」
「こっちは1時間前にハッピーニューイヤーしたんだよ」

トン、と音を立てて凛が机に置いたのは簡単につまめるお菓子類のようで。
凛がガサガサと小包装の袋を破って口に入れる。

「うっわ、アスリートの敵。不摂生。なんてこったカロリーの塊じゃないか!」
「うるせぇ…。少しくらいなら良いだろ」
「知らない!凛なんて知らない!!」
「あーあーあー!分かったよ待ってればいいんだろ!」

先にハッピーニューイヤーパーティを始めようとした凛が渋々、次のお菓子を取ろうとした手を引っ込める。
日本とオーストラリアの時差は2時間程だから今まで連絡を取り合う時に不便があったり混乱したことはなかったけど、今日みたいな時間を合わせてお祝いごとだったりをしたいときは些か都合が悪いことを私は学習した。

「ところで、そっちの調子はどうなんだよ」
「ん、こないだハルのコーチと一緒に研修させて貰ったよ」
「まじか、良かったな」
「すごい勉強になった。…あと、癪だけど真琴からも。選手にどうやって伝えるかって部分では一番大きい収穫だったかも」
「ハルはクセが強いからな。たしかにそういう面では真琴は最適なお手本かもな」

お互い画面を挟んで「ふふふ」と小さく笑う。再度オーストラリアへ飛び夢を目指す凛と距離が開いてしまったことに大きな不安と寂しさを感じた4月。
それから約半年経てばその胸の痛みを軽くする方法を覚えたりして。
こうしてビデオ通話で話したり、たまに帰ってくる凛と会うことが私に取ってのエネルギーになっているから今も私は笑えている。
高校生の時は不安定で、世界で存在することすらおぼつかない足取りだったのに随分成長したものだなぁ、と我ながら感心さえする。

「あとは、貴澄とえっと…日和くん?とバスケもした」
「え、お前球技できんの」
「ばかにしてない?」
「つーか、出来る出来ないに関わらずあの2人からボール取れるところが想像できねぇ…」
「ああ……」

凛のその言葉に私は思わず遠い目をする。
流石に3人だけで本格的なバスケットボールは出来ないから3人でボールを取り合うだけのルール。
180cm近い2人を相手に160cmそこそこの私がボールをキープできたかというと、結果はお察しだ。
はっきり言おう。いいように遊ばれた。
今でも健気にボールを奪おうとする私を華麗に避け「あははは」と爽やかに笑う貴澄と、奮闘する私をみて「はっ」と鼻で笑った日和くんの顔が今でもはっきりと思い出せる。
そんな私をみて凛は大体を察したらしく

「どんまい」

とただ一言そう言う。

そして

「ハッピーニューイヤー」
「え、うそ!?」
「嘘じゃねぇ」

これで食ってもいいよな、凛が新しくお菓子に手を伸ばし大きな口で咀嚼する。

「こんな感動のないハッピーニューイヤーってある!?貴澄と日和くんに腹立てて新年迎えたんだけど!?」
「だっせぇ…」
「凛!」

というか私もお菓子食べる!!
そう言い残しスマホ前を離れ私は台所へと向かう。
今日この日のために買って置いたお菓子とジュースを棚から取り出す。ついでにコップとお手拭きも。
明日もオフという凛とたまにはオールしようと楽しみにしていた私は鼻歌を歌っていたため、凛がスマホの向こうで呟いた言葉に気づかなかった。

「お前が笑って新年を過ごせるようになって良かった」

「何か言った?聞こえない!」
「別に。…つか、音全部外れてるし。へたくそ」
「ほんとに失礼だな!!!」


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