支えなきゃ、


「俺が、支えなきゃと思った」

ある日凛から溢された、ひとつの苦しすぎて優しすぎる彼の、言葉。

幼いころにお父さんを亡くした凛は、ずっとそう思ってお母さんと江ちゃんを支えてきたのだ、と。
なんだかんだいって凛と私は小学校時代からの付き合いで、今はお互いに大切で愛おしい存在。

そんな彼がずっとそんなことを思ってあの笑顔で日々を過ごしていたのだと知ったとき、私の胸はぎゅっと何かに掴まれたように苦しくなったのだ。



「お帰り、凛」
「おう、ただいま」

オーストラリアに活動の本拠地を移した凛。私はそんな彼の選手生活を支えるべく、スポーツトレーナーとなって活動している。
私も大体の活動は凛についてオーストラリアで行うことが多いけれど、仕事の都合で私だけ日本に戻ってくることもあった。
今回はそのパターンで、シーズンが過ぎて日本で休養するという凛をこうして空港に迎えに来た次第である。

数か月振りにみた凛は、最後に会った時と変わらない笑い方で私に彼が被っていたキャップを被せてきた。

「うわぁ!?」
「ハハッ」
「ちょっと…」

じと、と見上げれば悪戯が成功した少年の顔で凛が此方をみていた。
この顔を見るに、凛はただなんとなく私にキャップを被せてきたのだろう。

そのつもりならよろしい。私がこのままキャップを被ってやる!

「向こうに車、停めたから行こ!」
「あ、ちょっ、待てよ!」
「待たない!!」
「お前なぁ…!」

小学校の時と寸分も変わらないようなやり取りを交わしながら車を駐車している場所へ二人で向かう。

あっという間に私に追い付いてきた凛はそのまま私の手を取ると、自然に隣に並んで歩きだす。
いわゆる、恋人つなぎ。
自然と口元が緩くなる。

水泳選手としての松岡凛を支えたいと強く思う反面、松岡凛個人としての彼を支えていきたいとも強く願う。だからこそ、私もこの世界に飛び込んだのだ。

「お前、大分表情が変わったよな」
「ん、それを言うならお互いさまでしょ」

たどり着いた私の愛車。凛がスマートに助手席のドアを開けながら私にそう言った。
どうやら凛が運転してくれるらしい。

「まぁ…そうだけど…。刹香とはうまくいってるのか」
「いや、連絡は取ってないけど」
「お前な」
「でも、たまに会って近況報告はする」
「お。進歩だな」
「うるさいなぁ…」

凛がオーストラリアで水泳に専念してくれている間も私のことをこうして気にかけてくれていたのかと思うと、嬉しい。

「凛は。凛は今度こそ夢に向かえてる?」
「……それはお前が一番知ってんだろ」
「へへ、うん。知ってる。…私がちゃんと凛を支えるから。」
「刹李…」

凛がハッとしたようにこちらを見る。紅いルビーのような双眸がこちらを真っすぐにこちらを捉えるが、その瞳は揺れている。

いつしか凛が私に話してくれたことを思い出したのだろうか。

「わっ!凛!前!前みて!」
「お、おぉ!……じゃなくて、お前…」
「ん?」
「……」

右側の肘を窓際に立てて凛は眉間に皺を寄せながら運転をしている。
キャップで上半分が隠れた視界を広げるようにキャップを外して凛を見る。
彼の表情はなんだか辛そうで。
あぁ、練習帰りなのに余計に気疲れさせちゃったかな、と反省した。

「……」
「……」

凛が言いかけた言葉をなかなか続けてくれないから、私も黙って沈黙の時間を過ごす。
車内に伝わってくるタイヤの音や時折聞こえるクラクションの音に身をゆだねていれば、いつの間にか私達の日本の住処ともいえるマンションに着いてしまった。

「……凛、降りないの?」

シートベルトを外す私と、シートベルトをしたままハンドルに手を掛けてじっと動かない凛。
さっきとは違って凛がうつむいているため、彼の表情が見えない。

「凛?」
「……」
「…おーい?」
「……」
「……」
「……れるぞ」
「え?」

やっと口を開いてくれた。けれど一言目がうまく聞き取れなかった。
なに、もういっかい。なんて凛に身を寄せれば、傾く身体を支えていた腕を凛にいきなり取られた。

「うっわ!」

私の身体がバランスを崩したのはほんの一瞬で、凛は取った私の腕をぐっと引き寄せるとそのまま私の身体を抱き留めた。

「凛?」
「潰れるぞ……」
「潰れる?」
「……親父が死んで、俺が支えなきゃ、一番でいなきゃと思った。けどっ」

ぎゅっと苦しいくらいに私を抱きしめる凛。耳元で紡がれる言葉が不安定に揺れていることに気が付いた。

「俺は…、あいつらがいなかったらとっくに潰れてた」
「うん」
「俺のせいで、お前が…。刹李が潰れていくのは見たくねぇ」
「……」

私は彼が日本に戻ってきて、ドン底のような高校生活を送ってきたのを知っている。
それを、ハル達よりも長く傍で見ていた。
だから、彼が言わんとしていることがよくわかる。

凛は、昔の自分と、先ほどの私の発言を重ね合わせてみているのだ。
けど、私がああ発言した意図はそうじゃない。

「あのね、凛。」

彼の広い背中をポンポン、と緩くたたく。凛は微動だにしないけれど、ちゃんと私の声に耳を傾けてくれることをちゃんと知ってる。

「私、凛がいてくれたから、ちゃんと前に踏み出せた。凛が、支えてくれたから」
「それは…。お前がいてくれたから…。次は俺が……」
「うん。二人三脚」
「っ……」

弾かれたように顔を上げる凛。密着した身体を少し離すようにして凛が私を見つめてくる。
そのルビーの瞳を私もちゃんと見返した。

「今、凛は夢に向かって走ってる。それが凛の夢で、私の夢。凛が言ってくれたように、私も凛が頑張ってるから私も頑張れる。私だけが支えるだけじゃないよ。ちゃんと、私が潰れないように凛も支えてくれてるから、潰れないよ」

凛のゆるく羽織られたパーカーの胸元を引き寄せてちゃんと、凛に伝える。
狭い車内で聞こえるのは、凛と私の息遣いだけ。

「……あー…」

やがて凛はどこか気の抜けた声と共に体制を崩すと私に圧し掛かってきた。お、重い!!

「ちょ、凛!」
「お前……。ほんっと…バカ…」
「は!?」
「…襲っていい?」
「ん゛!?」
「てか襲う」
「まてまてまて!!!」

突如何かしらのスイッチが入ったらしい凛の手を鷲掴んで動きを止める。今シャツ捲る気だったでしょう!!
すっごく不満げな凛だったけれども溜息一つ着くと凛はしぶしぶ身を引いてくれた。

「…サンキュ」

凛はまたしてもボソっと言葉を溢すと、今度は私の頭をクシャッと撫でた。



凛が、一人で支えようと思ったもの、一人で追いかけようとしていたもの。私も一緒に追いかけるから。


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