呪術 | ナノ




 自分の中に存在していた嫉妬心を自覚してしまい、いたたまれなくなって先輩の前から逃げてしまってから2週間ほど経った。あの時は野薔薇に慰めてもらってから少しして落ち着くと、会話もそこそこに置いて来てしまったことを謝ろうと先輩を探し回ったのだが、あのまま任務に行ってしまったのか休憩時間が終わるまで彼を見つけることは出来なかった。その時の私は楽観的で、まぁ2、3日もあればふらっと校内で会えるだろうと高を括っていたのだが、こうして2週間も会えない日が続くと気持ちの余裕は無くなり、心にあった余白は少しずつ焦りと不安に侵食されていった。単純にタイミングが悪いのか運が無いのか、それとも醜い嫉妬心なんて芽生えさせた私への罰なのか。こんなにも顔を見られない日々が続いてしまっては意図的に避けられているのではないかと邪推してしまい、その度に自己嫌悪するという悪いループが続いていく。そのせいか寮に戻っても任務中でも学校に居ても、常に彼の存在を探す様に暇さえあれば視線を移すものだから、野薔薇に落ち着きなさいと叱られたのは言うまでもない。

 そんな情緒不安定なそわそわした日をまた2週間過ごしたある日、久しぶりに乙骨先輩の顔を見たのは都内で1人で任務を終わらせた帰りだった。いつもならば車で補助監督に送ってもらうところを本当になんとなく断り、特に用事もなかったので電車に揺られながらゆっくりと学校に戻っていた。制服は土埃で汚れていて、特に上半身は呪霊の体液が染み込んで固くなっている。帰ったら即お風呂だなと駅から学校までの道のりを歩いていた時、大きな門の前で黒い車が停まっているのを遠くから見付けた私は誰のものだろうかと考えはたと立ち止まる。私でも知っている世界的にも超が付くほど高級なメーカーの大きなそれは、明らかに高専関係者のものではなかった。
 外部からの訪問はほぼ無いから少し警戒しつつも、そこを通らなければ中には入れないので慎重に足を進める。あまりにもじろじろと怪訝な目で見ていたからか、運転席でハンドルを握る人と目が合い、気まずくて少し頭を下げると向こうも優しい笑顔で会釈をしてくれた。本当に、誰の車なんだ。そんな疑問が脳内で渦巻く。五条先生ではないだろうし、もしかしたら誰かを待っている可能性もあるか。なんて考えながら門まであと数メートルというところまで近付いた時だった。それまで本当に運転手以外乗っているのか疑うくらいに静かだった車の後部座席のドアが開き、そこから2つの影が出てくる。その瞬間、私は言葉を失い完全に立ち尽くした。

「憂太さん、本当に帰ってしまわれるの?」
「すみません。まだ任務があるので帰らないと」

 困った様に眉を下げて笑う乙骨先輩と、そうですかと呟きながら残念そうに目を伏せる"サユリさん"。あの日に見た時よりも近いからか嫌味なくらいに絵になる2人に、心臓がぎゅっと締め付けられる気がした。ドクドクと鼓動する心臓の震えが指先にまで伝わり、手のひらを強く握り締める。先輩はまだ私の存在に気付いていないのか、名残惜しそうに自分の腕に手を置き行かせまいと止めるサユリさんの対応に困っている様子で、その表情を見た瞬間に身体が勝手に動き出してしまった。一瞬、良いのだろうかとは思った。しかし、考えるよりも先に身体が動いてしまったものはもうどうしようもないだろう。大股で一歩ずつ2人に近付き、先輩と声を掛ける。周りが静かな場所だからか、予想した以上に余韻が周囲へ響き渡る。
 運転手の男性はともかく、"サユリさん"や先輩はこんな場所で本人たち以外に誰とも出くわさないとでも思っていたのだろう。声を聴くや否や、すぐさまこちらを向いて驚きで目を丸くしていた。いつもならば怯んで一歩下がりそうな状況だが、今日の私はそれどころではなかったので気にもならず大股でずんずんと2人に近付いていく。

「先輩」

 こうして距離が縮まって初めて気が付いたのだが、どうやら"サユリさん"は見える側の人だったらしい。先ほどまでの任務で汚れたまま近づいて来た私の顔を見た後に血の染みた制服に視線を移し、不快そうに眉を寄せて距離を取り先輩の後ろに隠れたので十中八九そうだろう。普通どんなに嫌でも初対面なら表面上だけでも取り繕うだろうに、嫌なのを隠そうともせず強いものの影に隠れるなんて今までどれだけ大切に育てられたのだろうか。こんな体験は小さい時以来初めてで、怒るどころか逆に笑いそうになってしまった。決して笑いはしなかったが、かといってそんな行動をされていい気分になれるはずもない。
 自他共に認める良い性格をしているので、ある程度まで近づくと意趣返しのために今度は私が彼女のことをじろじろと観察してみる。遠くから見た時から綺麗な人なのだろうとは思っていたが、近くで見ると頭の天辺から足の爪先まで手入れが施され整えられていて、まるで人形のみたいに美しい人だと思った。どなた? 私の生きる世界ではまず聞けないだろう鈴の鳴る様な声が響く。怯えた様な表情と彼の背中にしがみ付く仕草が妙に癇に障るのは何故だろう。努めて表情を維持しようとしているのに、勝手に眉根が寄ってしまうのはもうどうしようもなかった。

「えーと……。まずは紹介からかな」

 己を挟んで睨み合いを始める女2人の雰囲気にとても気楽に口を挟める雰囲気ではなかったからか、先輩は苦笑いをしながらなんとか場を落ち着かせようと話を進める。相変わらず私は彼女を冷たい目で見ているからか、"サユリさん"は増々警戒を強めている気がするがこの際もうどうでもいい。先輩は私の方に手を向けてミョウジさんと、次に彼女のことを三峰小百合さんだと紹介する。三峰……。そう呟いて真っ先に思い出したのは電化製品で有名な会社で、まさかと思い先輩を見ると彼は私にそうだよと頷いた。かなり偉い人の娘だろうとは思っていたけれど、まさかそんなにも桁違いの金持ちだったなんて。浮世離れした雰囲気と身なりからある程度は想像出来てはいたが、さすがにそこまでとは思っていなかったので驚くしかない。
 話を聞けば小百合さんは"見える"が"力"のない人で、ある程度の対処が出来るまでは乙骨先輩が護衛をしているらしい。とはいっても先輩も忙しい身であるがゆえに、何人かで交代で行っているのでずっと先輩だけが小百合さんとずっと一緒という訳ではない。最近顔を会わせられなかったのも私が避けられていた訳ではなく単純に彼女の護衛で忙しかったのだろう。この時初めて知った事実に安堵すると共に、この人のせいで忙しかったのかと胸にもやもやとしたものが残る。仕事の為とはいえ、どうしてか納得がいかなかった。

「本当はずっと憂太さんにお願いしたいのですが……」

 まるで私の存在なんて最初から無かったと言わんばかりに甘い声で先輩の腕に手を回し、あざとさ満載の上目遣いをして小百合さんは呟く。たったそれだけなのに彼女が金に物を言わせて先輩の時間が許す限り傍に置いていたのだろうことが容易に想像出来た。なんというか、私とは正反対の人間なんだろうな。苛立ちを通り越して最早真理を見た気分になり、気持ちが冷え込んでいく。最後に会った時にあんな態度を取ってしまったからすぐに謝りたかったのに、1か月も会えなかったのは彼女のせいなのか。改めて先輩の顔をよく見ると目の下には薄っすらと隈があって、上手く休めていないことが分かる。未だに自分の腕に絡みお願いという名の無理難題を押し付けようとする小百合さんを、先輩は雇い主なだけに無下に出来ないのか収めようと頑張っていた。しかし、彼女の猛攻は止まらず、疲れが溜まっているのか先輩はその押しの強さに圧倒されつつあった。
 まるで蚊帳の外の様に無視され続け、ついに我慢ならなくなった私は大股で2人の間に立つと両腕で力いっぱいに引き剥がす。先輩はともかく、小百合さんは見た目通りに手首も細くこれ以上力を入れたなら折れてもおかしくないくらいに華奢だった。きゃっ、なんてか弱い声を出しながら先輩からよろめきながらも離れた彼女がこちらをぎっと睨む。今までこんな粗暴なことをされたことが無いのだろう、私に向かって声には出さず野蛮ねと口が動いていた。先輩の方は突然の行動に驚いたのか私の顔しか見ておらず、彼女の歪んだ表情には気付いていない様子だった。

「先輩、夜蛾学長が呼んでいたので行きましょう」

 小百合さんにはにっこりと笑って懇切丁寧に謝り、先輩にはそう言って手を取りそそくさと歩き出す。最初は目を丸くした状態で大人しく付いて来てはいたが、数歩も進むとはっと我に返ったらしく足を止めずに振り返り小百合さんに挨拶をする。まだ護衛の仕事が数日残っているのか、またよろしくお願いしますと大きな声で言っていたが気にせず手を引っ張る。私は振り返ってはいないので彼女の表情なんて分からなかったが、後頭部に容赦なく突き刺さる視線に怒っている様子が目に浮かび少しだけ溜飲が下がるのであった。


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