呪術 | ナノ




 僕の彼女は、良い意味で猪突猛進な女の子だと思う。見た目だけで言えば可愛くて控えめそうな女の子なのに、話をしてみれば利発で素直だし、扱う術式は肉弾戦向きで細いのにタフだ。小さいことは気にしない性格で付き合ってから今まで喧嘩も滅多にしたことがない。もししたとしても大体彼女の方から謝ってくれるので僕も同じように謝ってすぐに仲直りをする。何をするにしても嫌なことは絶対に嫌だと言ってくれるし、たまに僕からお願いをしてみれば彼女は出来うる限りのことをしてくれる。いつだって優しいし、少しだけ強引なところもあるけれどそれも全てナマエちゃんの魅力だと思っている。
 だが、そんな彼女の悪いところをあえて挙げるのであれば、それは何でもかんでも行動が突然すぎることだろうか。それでも僕は彼女のやりたいことを全て叶えてあげたいので、なんであろうと付き合うのだけれど。

「ねぇ、憂太! 水族館行こうよ、水族館!」

 この日も彼女は突然部屋にノックもなしに押し掛けてきたかと思うと、キラキラとした笑顔で手に持つチケットを僕に見せてきた。こんなことは日常茶飯事なので驚くのもそこそこに、僕は曖昧に笑って彼女を部屋に入れドアを閉める。差し出されたものを受け取りよく見てみるとそれは都内の某水族館の招待券で、そういえば先日見たテレビでカワウソの赤ちゃんの展示が始まったとか特集されていたことを思い出す。その時一緒に見ていたナマエちゃんは食い入る様に見ていて、彼女の目当ては十中八九そこだろうと予測する。
 水族館に行くのはやぶさかでないのだが、学生の身分である僕たちが入手出来るはずのないこれを、一体彼女はどこでと疑問が浮かぶ。しかしそれもつかの間で、すぐにある人物を思い出し、もしかしてと入手元に目星が付いてしまった。チケットから顔を上げ、一応ではあるが誰から貰ったのかと彼女に訊いてみる。答えられるよねと首を傾げると、彼女は少しだけ視線を泳がせて言いよどんでからバイトしたのと白状した。

「ちなみに、どこで?」
「……五条先生」
「……うん。なんとなくそんな気はした」

 恐らくは五条先生の簡単な任務を肩代わりしたのだろう。まさかと追加で質問をすると、観念したと両手を上げてごめんと謝りながら彼女は肯定した。僕はその言葉を聞いて思わず身体から力が抜ける。最近よく怪我しているなと思ってはいたが、まさかそんなことをしていたなんて。逆に五条先生の方は何故か上機嫌だったのでおかしいと感じてはいたのだ。はぁ。またため息が漏れる。呆れというか、諦めというか。2人とも利害が一致したからって極端過ぎなのだ。しかし、こうして楽しみにして頑張った彼女の努力を、返してきなさいなんて言って無駄にも出来ない。
 もう完全に惚れた弱みだ。僕は立ったままの彼女をベッドへと導き座らせると、その小さな手を両手で包み、今後はこういうことをしないでと優しくお願いをする。先ほどのため息もあり少し固い表情をしていたのだと思う。彼女は僕の表情を見てばつの悪そうな顔をすると僅かに俯く。

「もし行きたいところがあるなら、僕が連れて行くから」
「でも、」
「約束して」
「……わかった」

 危険なことをしないで欲しいという僕の気持ちを、彼女は分かってくれたのだろう。もう一度小さくごめんねと謝ってきた彼女を腕の中へと閉じ込めると、僕も謝罪と共に頑張ってくれた感謝の言葉を伝える。方法はどうであれ、彼女が僕と一緒に行くために頑張ってくれたことはすごく嬉しかった。でも、次は絶対に自分の力で連れて行こう。僅かに恥ずかしそうに、だけどどこか嬉しそうに僕の背中に腕を回す彼女を愛おしく思いながら、そう固く決心するのであった。

「思ったより人多いね」
「そうだね。こっちから行こうか」

 土曜の都心ともなれば人が多いことを予想出来てはいたが、この前のテレビ効果のせいか彼女の目当てであるカワウソエリアは特に混んでいた。特に家族連れとカップルが多く前に進むのも大変で、僕は慌てて彼女の手を取り指を絡ませる。はぐれない様にと結んだのだが、それでも人の波をかき分けていると2人の物理的な距離が開いてしまい、手が離れそうになる。憂太。僕の名前を呼ぶ声が聞こえて立ち止まり振り返ると、ナマエちゃんはすぐ傍まで駆け寄り手を離してから今度は腕にしがみついてきた。
 これならはぐれないだろうと彼女は自信満々にこちらを見上げてくるが、腕に当たる柔らかい感触に全神経が集中してしまうのは男の性だと思う。好きな人にくっついてもらえて嬉しい反面、じわりと込み上げるものを感じてまずいと冷や汗をかく。かといって早く行こうと楽しそうにしている彼女に、離れてくれなんて言える程冷酷にもなれない。こうなってしまえば僕のやることは1つしかない。表情をいつもと同じように保ちつつ、頭の中では円周率を唱えながら心頭滅却に努める。心の中でごめんと謝りながら、思いがけず出会った幸運を甘受するのであった。

 その後、人の少ないエリアまで出るとナマエちゃんは赤ちゃん可愛かったねと笑い、僕はそれに同意した。人気のカワウソエリアはあまり長い間見られなかったが、彼女は満足出来たようだ。しっかりとしがみついていた腕を解して、今度は手を取りその指を絡める。腕から離れて行った感触に正直ほっとしつつも残念に思ったのは仕方がないだろう。目当てのカワウソを見ることが出来てご満悦なのかいつも以上ににこにこしている彼女の手を引き、その歩幅に合わせて歩き出す。イルカショーが行われる屋外プールに向かう間にも、通路には様々な珍しい魚や動物が展示され目を引くので時折立ち止まってはじっくりと観賞をした。お店やこういうところでしか見られないクラゲや熱帯魚は、ゆらゆらと揺蕩う様に泳いでいて綺麗で思わず魅入ってしまう。ナマエちゃんは僕と同じ様にそれらには綺麗だと感想を言っていたが、普段食べられる魚を見た時だけ美味しそうと呟いていたのは、聞かなかったことにしようと思った。
 イルカショーも巨大水槽も見て回り、気が付くと時間はもうあっという間に昼過ぎになっていた。ぐぅと鳴るお腹がいい加減昼食を食べようと主張してくる。ナマエちゃんを見れば同じ様なことを思ったのか、ご飯食べに行こうかと僕の手を引っ張った。パンフレットで道順を確認しながら連れて行かれたのはフードコートで、お昼には少し遅い時間だからか思っていたよりも人が少なくて座れそうだった。何が食べたいかと訊かれ、メニュー版を見ながら悩む。彼女をちらりと見れば同じように悩んでいて、その真剣な様子が可愛くて少しだけ笑ってしまった。ざわざわと周囲の音でうるさい中でもその微かな声に気付いたのか、彼女はぱっとこっちを向くと首を傾げながら決まったのかと訊いてくる。僕はすぐに視線を元に戻すと、目についたメニューを指差して言った。

「このセットにしようかな」
「うーん、じゃあ私はこっちにする。ついでに、これも食べたい」

 特製と書かれたそれに惹かれたのか、彼女はバニラソフトクリームの写真をじっと見ていた。まるで小さな子みたいに食い入る様に見るので、微笑ましくて思わずまた頬が緩んでしまう。すぐに食べるか訊いてみると、彼女は頷いて食べたいと言った。チケットを準備してくれたお礼にもならないが、ここは恋人して買いに行ってこなければならないだろう。空いているテーブルを探して荷物をそこに置くと、彼女にここで待つようにお願いする。一緒に行くと言われたが、やんわりと断って座らせた。

 食事の注文を終わらせ持ってきたソフトクリームを渡すと、早速食べて始めたナマエちゃんの顔は一瞬にして幸せそうに緩んでいった。ついさっきまでお腹が空いたと呟いていたのが嘘のようだ。美味しいかと訊くと、彼女は美味しいと即答する。そうしておもむろに刺さっていたプラスチックのスプーンでそれを掬ったかと思えば、僕の口元にはいと差し出して食べろとにっこり笑った。
 本当にナマエちゃんのする行動って突拍子もないよねと、耳が熱くなるのを感じながら呟くが彼女は何のことだか分かっていないらしい。不思議そうな表情で食べないのと訊いてくるだけだった。スプーンに乗っているアイスは既に表面が溶けかかっていて早く早くと急かしてくる。周りの目が気になりつつも、こうなってはもうどうしようもなかった。もうどうにでもなれとばかりに意を決し口を開くと、直後に舌で感じたのは冷たさと甘く濃厚なバニラの味。空になったスプーンを僕の口から引き抜き、ナマエちゃんは楽しそうに美味しいでしょと言ってきた。
 僕は控えめに頷き、いつもよりずっと濃く感じるそれの感想を言葉にする。

「……甘いね」

 僕のその呟きは、何に対してだったのか今となっては分からない。ナマエちゃんはスプーンにもう一度アイスを乗せると、食べるかとまた訊いてきたので今度は首を横に振って見せる。もう気分的にもお腹いっぱいだったのと、何よりまた一口貰う勇気がなかったのが理由だった。彼女は宙に浮いたままのスプーンを、そうと呟いてから自分の口に入れると欲しかったら言ってねと微笑む。僕とは違って余裕そうな様子を見て、次に彼女とデートをする時は僕ももう少し動じない心というものを習得しておこうと心に誓った。


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