呪術 | ナノ




 土曜の午前10時55分。原宿の駅前で珍しく休日に早起きとお洒落をした私は、出口横の壁際で改札から出てくるであろう野薔薇を待っていた。流石休日と言うべきか、駅から出てくる人は竹下通りと神社に向かう2方向で別れていて、その人の多さは何度来ても驚くばかりである。邪魔にならない様にと立っているこの場所も同じく待ち合わせをする人でいっぱいだった。
 何故わざわざ土曜日の人が多い時に、よりにもよって原宿に来たのか疑問を持つだろう。その答えは簡単で、ギガ盛り生クリームフルーツパンケーキの食べられるカフェを目的としているからだ。1か月も前からお店の予約をして野薔薇も私も今日という日を心待ちにしていたのに、肝心の彼女は約束の時間から15分過ぎてもなかなか現れない。昨日から彼女は地方で任務だと言っていたので集合を現地の駅にしたのだが、どうしたのだろうと雲行きが怪しくなる。お昼前のこの時間、朝食を抜いて来た私の腹の虫はぐぅと鳴いてパンケーキはまだかと抗議していた。
 もしかして何かトラブルでもと不安になり連絡が無いかとスマホを取り出すと、丁度タイミングよくチャットの通知が1件届いた。なんだかちょっと嫌な予感がする。差出人は案の定野薔薇で、もしかしてと恐る恐るアプリをタップしてみる。楽しみにしていたパンケーキ、遅刻する野薔薇、そしてお腹を空かせた私。運命の悪戯が起きる可能性は十二分にある状況だと思った。起動された野薔薇とのトーク画面で、彼女から送られたチャットを確認するとそこにはとてもシンプルな1文が残されていた。
 ――ごめんにんむ
 変換も句読点もないそれに、よっぽど急いでいることが伝わって来たのは間違いない。朝一に新幹線に乗って帰って来たばかりだろうに、着いて即また任務とは本当に運の無いことだ。了解、気を付けて。白羽の矢が向かなかった私には、最早そうとしか返信する以外になかった。

 ではこれからどうしようか。チャットアプリを落とし、今度はメールの画面を開き重要フォルダに入った予約完了メールを確認してみる。予約は2名で11時30分からと書かれているものだからどうしようかと悩んでしまう。ドタキャンなんて出来ないし、こうなっては1人で行くしかないか。そう考えてスマホをポケットに入れようとした時、私ははっと思いついてしまった。都合良く近くに同級生でも居るかもしれないと。
 虎杖はもとより伏黒はちょっと嫌がりながらもきっと付き合ってくれるだろうし、口直しにラーメンでも奢ればきっと大丈夫。そうと決まったらすぐ行動と彼らにどこに居るのかと連絡をしてみたものの、どちらも絶賛寮でのんびりしていて今から原宿なんて到底無理だった。運命の女神さまに微笑まれなかった私はがっくりと肩を落とし、まぁ、こういうこともあるよねと人生そう簡単に上手くはいかないものだと悟るのであった。野薔薇には悪いが、この際1人で楽しもう。そうと決めて顔を上げた時だった。

「お姉さん、誰かと待ち合わせ?」

 知らない男が、そう私に話しかけて来た。あまりにも自然に声を掛けてくるので一瞬素直にはいと答えそうになったがすぐに黙り込んで足を進め無視を決め込む。ナンパなんて1人で居る時は初めてで、どう受け答えしたらいいのか分からないというのが正しいだろう。野薔薇と一緒に居る時は彼女が全て追い返していたから尚更だ。
 すぐに諦めると思っていたナンパ男は数メートル歩いても相変わらず付いて来ていて、本当にしつこかった。こうも付き纏われては流石に対応せざるを得なくなり、私は立ち止まって他を当たってくださいと低く睨みながら伝える。しかし、男はどこ吹く風とこちらの言葉を聞きもせず、奢るよとへらへらと笑うばかりで話にもならない。そうやって予約の時間が迫る中で押し問答するものだから、あまり丈夫ではない私の堪忍袋の緒がギリギリと切れそうな音を立て始めてたのを察した。いっそのこと殴る……のは流石にダメだし、なら、走って逃げるしかないか。そんなことを考えている私の肩を掴もうと男の手が伸びる中で、いい加減にしてくださいと言おうとした瞬間。

「待たせてごめんね、ナマエちゃん」

 視界の右側から伸びて来た腕が、男の手を掴み私から遠ざける。この人、知り合い? 白い制服の彼は上辺だけは笑顔で私に質問をしているが、その気配に少し殺気が混じっているのは気のせいではないはずだ。一方の私はといえば、急に先輩が気配もなく現れたものだから驚いて反射的に首を横に振るだけだった。私の反応を見て彼はそうとにっこり笑ってから私の前に立つと、男の耳元で何かを囁く。後ろに居る私にはその内容までは聞こえなかったが、顔を引き攣らせてすぐ男が去って行ったのを見るからに、中々にえげつない脅しをしたのではないかと推測が出来た。優しい顔をしてやる時は容赦ないんだな。普段穏やかな先輩の物騒な一面を垣間見てしまった私は、彼を絶対に怒らせまいと心に誓うのであった……。
 男が速足で去って行き姿が見えなくなると、先輩はいつものふんわりとした雰囲気に戻り私に振り返った。大丈夫だったかと訊かれ、はいと答える。制服のままで原宿に居るものだからてっきり任務帰りかと思い今度はこちらが訊いてみると、先輩は違うと首を振りいつの間にか交換したのか野薔薇からのメールを見せて来た。内容を見れば約束したけど行けなくなったから代わりに行ってくれとあり、気を遣われたなと悟る。先輩にすみませんと謝れば、彼は全然大丈夫だと首を振るのであった。

 せっかくだしと予約時間通りにカフェに訪れれば、店の前に列が出来てはいるもののすんなりと中へ通してもらえた。甘い香りの立ち込める店内は女性客が9割を占めていて、私達の様な男女客は中々に目立っている。しかも身長も高くてかっこいい先輩が一緒なら注目されるのは尚更だった。こちらを見て何やら内緒話をしている女性達のことは気にしないでおこう。店員に案内され席に座り、メニューを見た私が選んだのは予定通りにギガ盛り生クリームフルーツパンケーキで、先輩は本当に全部食べられるのかと心配そうにこちらを見た。その視線に大丈夫だと頷き意気揚々と注文をしたのは良いものの、いざ目の前に運ばれたのは厚い3段重ねのパンケーキを覆いつくす程に生クリームとフルーツが乗ったお皿で、実物を目の当たりにした私は思っていた量の3倍はある大きさに目を覆いたくなった。
 奢ると言ったのに気を遣ってか先輩が注文したのはコーヒーだけで、私の様子を見て苦笑している。私はと言えばあまりの大きさに大丈夫かと一瞬不安を過らせるが、すぐに大丈夫いけると謎の自信を携えてナイフとフォークを持つ。傍から見ればこれから戦いにでも向かうのかというくらいの気概だった。
 そびえ立つ白い山を中心から一口サイズに切り崩しクリームをたっぷり乗せ口に運んでみると、初めての一口は味わったことのない柔らかさと滑らかさにこの上ない幸せを感じた。生クリームとシロップは甘さ控えめでフルーツの酸味もパンケーキに合っており、このままどこまでも食べられそうだと何度も切っては口に運ぶ。少しずつ減っていくパンケーキに、ぺろりと食べられるかもと私は甘い考えを持つ。
 ――その、途中までは良かったのだ。

「……もう、無理」

 僅かな音を立てて、私は持っていたナイフとフォークを置いてナプキンで口を拭く。白いお皿の上には切り崩された山がまだ1/3程綺麗に残っていて、私の胃はそれを見るだけでも悲鳴を上げてしまう。慌ててアイスコーヒーを口に含めばある程度の不快感は解消出来たが、胃の限界に達したのは変わらずだった。本当は野薔薇と一緒に食べる予定だったのに、1人で食べることになってしまったから想定外にも程がある。ちらりと先輩を見れば、食べ過ぎて顔色の悪い私を相変わらず心配そうに見ていた。朝食を抜いたとはいえ、調子に乗った自分が悪いのだと反省する。じっとまだ量の残る皿を見つめて、先輩と目を合わせると私はおずおずと口を開く。

「先輩甘いもの大丈夫ですか?」
「まぁ、人並みには好きだよ」
「……もしよかったら、食べませんか?」

 食べかけでとても申し訳ないですけれど。目の前の皿に視線を移して、そう質問をしてみる。もちろん嫌だと言われたらお店には申し訳ないが残すしかないと思っていた。人の食べかけなんて嫌ですよねと苦笑すると、先輩は慌ててそんなことないと首を振って否定する。嫌じゃなくて良かったと安堵すると、私はそのまま流れで残っていたパンケーキを切り分けてフォークで刺して先輩の口元まで運んだ。しかし、先輩は口を開かず面食らった顔で固まってフォークと私の顔へ交互に視線を移して戸惑っている。その表情からも行動からも、困惑を隠し切れてはいなかった。はじめはそんな彼にどうしたのかと首を傾げていた私も、その様子を見てようやく自分がとんでもないことをしていることに気が付いた。しまった、野薔薇にするのと同じ様にしていたと。
 周りを見ればイケメンが女の子にあーんされていると注目の的で、その行動に何やら期待をしている様子だった。それを認識してしまうと途端に恥ずかしくなるのが人間と言うものだろう。顔を熱くしながら慌ててごめんなさいとフォークを下げようとしたが、その動きは先輩の手によって阻害されフォークの先にあったパンケーキはそのまま彼の口へと消えて行った。おお。周りのテーブルから色めき立つ声が聞こえる。まるで少女漫画の様なシーンに、感嘆の声が出るのは無理もないだろう。しかし、その中心に自分が居るとなると話が違ってくる。いくら癖のようなものだとはいえ、考えなしに行動した自分を恨むしかなかった。
 先輩は顔色1つ変えず美味しいねと嬉しそうに笑うので、それを見た周りが黄色い声を出したのは言うまでもない。握られた手と頬が熱くて、それを紛らわせるためにコーヒーを吸い上げる。周りのテーブルは未だに先輩の王子様的な行動に期待をしているのか、ちらちらと視線を送って来ている。この状況に気付いているのかと恥ずかしさで落としていた視線を少し上げれて見れば、先輩はもっとくれないのとさっきと打って変わって余裕そうだった。また歓声が聞こえる。この人は分かっててやっているのだろうかと気にはなったものの、また不用意な行動をしない様に私は彼の前にお皿ごと渡すのであった――。


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