朝、はやる気持ちを抑えてナックルスタジアムの前に着くとそこには約束のキバナさんともう1人、別に人影があり私は走る足を止めて様子を伺った。キバナさんはいつもの格好ではなくキャンプ用の動きやすい服で、遠くからだと一見誰かわからなかった。もう1人は誰だろう。私の方には背を向けていて誰かはわからないが、背格好からして男性みたいだった。楽しそうに話をしているので、今近付いたら迷惑じゃないかと思いながらゆっくり歩いていると、キバナさんが私のことに気付き手を上げた。それにつられて男性が振り返る。

「……えっ」

 その顔には見覚えしかなかった。どこからどう見ても炎タイプのジムリーダーである、カブさんだ。無意識に足を速く動かし2人の元へ到着する。するとカブさんは背の低い私の視線に合わせ、わざわざ腰を折って挨拶をしてくれた。

「初めまして、リーシア。今日は少しお邪魔させてもらうよ」

 真面目さが伺える雰囲気に、優しい表情。本物だ……。私は返事も出来ず驚きで口をあんぐり開けて間抜け面を晒してしまう。しばらく宇宙まで意識が飛んでいた私はハッと我に返ると、今までにないくらい目を輝かせていたのだと思う。ぱぁっと笑顔になると叫ぶように言った。

「あ、カブさん、えと、初めまして……!!」

 きっとキバナさんと会ったときにも見せなかった顔で喜ぶ私を見て、キバナさんは「オレさまとの反応の差……」と少しショックを受けたらしい。心なしか小さくなった背中をフライゴンに叩かれ、慰められていた。私といえばまだカブさんに夢中で、そんなしょぼくれたキバナさんは視界に入らない。

 いつもテレビで見ている大好きなジムリーダーとこうして対面していると思うと、本人に伝えたいことがたくさんあって口が止まらない。カブさんは私の話にちゃんと耳を傾けてくれて相槌を打ってくれて、そんな優しさに触れる度に益々カブさんが好きになっていった。しばらくしても未だ興奮冷めやらぬ私に、カブさんは気を遣ってか「続きは、キャンプでテントの準備をしながら話をしよう」とやんわり移動を開始させた。

・ ・ ・

 今回は私が初心者ということもあり、うららか草原の湖が綺麗に見える場所でのキャンプとなった。ママに持たされたキャンプセットを広げて、自分だけの小さなテントを張る。いつもはスクールで先生に教えてもらいながらの作業だったので、初めて1人でセットすることになり思ったよりも手間取ってしまった。

 途中でキバナさんやカブさんにアドバイスをもらいながらなんとかテントを完成させると、次はカレーの材料である木の実を調達しに行くことになり、私は少し離れたところで遊んでいるガーディを呼ぶ。本来ならば木の実は事前に準備してもよかったのだが、今後の役に立つだろうから現地調達しようとキバナさんが提案したのだ。カブさんは火や調理器具の準備を買って出てくれたのでそのまま残り、私はキバナさんと一緒に木の実の生る木を探しに辺りを散策することになった。

 キャンプを広げた場所は木が少なく、少し遠くまで足を延ばそうとキバナさんが言う。ワイルドエリアに関しては授業で限られた場所にしか行かないので土地勘がなく、私は素直に返事をして後をついて行った。運よく今日は快晴で暖かく、昼寝でもしてしまいたいとあくびが出てしまう。出来る限り小さくしたあくびだが、キバナさんはそれに気付いてしまったらしい。

「昨日はよく眠れたか?」

 今日、あったかいよなと前置きし、私の前を歩くキバナさんがこちらを向き訊いた。一瞬、まるで小さな子どもみたいで恥ずかしいので「はい」と嘘をつこうとしたのだが、すぐにやめて実はと白状する。

「今日が楽しみで、ちょっと夜更かししちゃいました」

 するとキバナさんは少し笑って、返事をした。

「実はオレも」

 緩やかな沈黙が私たちの間に流れ、その後は他愛もない話をしてゆっくりと歩いた。木のある場所までは意外と距離があり、太陽の暖かさもあって着くころには肌がうっすらと汗ばんでいた。持ってきたタオルで汗を軽く拭う。木の下に入ってしまえば木漏れ日と吹き抜けるそよ風が汗をさらい、肌が冷えて心地よくなり私は目を細める。少しすると辺りを見渡していたキバナさんは、すぐ目的の木の実を見付けたと私を呼んだ。

「モモンの実と……、おっ、クラボの実だな。採り方は分かるか?」

 言われた木の根元に立ち見上げると、葉のすき間から様々な実が見える。赤、ピンク、青。どれも美味しそうに実っているが、今回のキャンプは私がお礼として辛いカレーを作るのが目的なので、必要としているのはクラボだけだった。キバナさんの質問に対して頷く。ホシガリスに気を付けろよと言い残すと、キバナさんは静かに見守るため私から少し離れた。

 足をしっかりと地面に着け、木の幹を両手で体重をかけて力いっぱい押す。木は細く、私の腕の力でも簡単に揺れた。1回目に揺らすと、落ちてきたのはクラボとモモンで、カレーにはまだ足りない。2回目に揺らすと、今度はクラボが2つ落ちた。木の様子を伺うと、まだ揺らせそうだった。3回目、4回目と揺らしていく。ネコブやキー、オレンと様々な実が木の下に散らばると、突然静かだった木が勝手に揺れ始めるようになった。下からは葉で見えないが、恐らくホシガリスがもうすぐ落ちてくるのだと予感した。

 そろそろかと木を揺らす手を止め、私はリュックから取り出した袋に散らばった実を詰め込んでいく。10個以上もの実はなんとか袋に収まったが、パンパンすぎて私の片腕で持つには重たかった。両手で袋を抱えて立ち上がる。するとキバナさんが近付き、私の手から袋をかっさらって行ってしまった。腕が軽くなったことで驚く私が顔を上げると、キバナさんは歩きながら言った。

「こういうのは、オレさまの仕事」

 なんだかくすぐったい気持ちになって、ほんのりと頬が熱くなる。私はバチュルの鳴くような声で言った。

「あ、ありがとうございます……」

 少し俯き加減で、私はキバナさんの後を付いて歩いて行く。来るときには長いと感じた道が、帰るときはなぜだか短く感じた。

・ ・ ・

 キャンプ地に着くと、カブさんはすっかり準備を終えて、焚火の近くでコーヒーを楽しんでいた。豊かな香りが鼻をくすぐり、それと同時に空腹感が私を襲う。ぐぅと腹の虫が鳴けば、カブさんとキバナさんは顔を見合わせて笑った。

「あー、そういえばオレも腹が減ったなー」
「僕もお腹が空いたかな」

 フォローのつもりか本当にそうなのか、2人は口々にそうぼやいた。私は恥ずかしさで耳まで真っ赤にしつつ、カブさんが準備してくれた調理場に向かう。野菜は時間が余ったのか全て綺麗に切られて、使いやすいよう袋詰めされていた。私の仕事といえば先ほどキバナさんと採った実を、この切られた野菜と共に煮詰めてカレー粉で味付けするだけだった。私が料理を振る舞う立場なのにこれでいいのかと首を傾げる。そっとカブさんを見れば、「楽しみにしているよ」と微笑まれてしまった。

 何も言い返せない私は曖昧に笑うと、カブさんにお礼を伝えてからまぁいいかと半ば無理矢理に納得して調理を始めた。油を引いて玉ねぎを炒めてからニンジンを加えて、水を入れて火が通るまで煮込む。ある程度までニンジンが柔らかくなったら細かくすり潰したクラボの実を加え混ぜ、カレー粉とじゃがいもと粗挽きヴルストを鍋に放り込み掻き混ぜる。火加減と掻き混ぜるタイミングをしっかり見極め、良い匂いがするまでまた煮込む。作り始めてから約1時間して、今回のキャンプのメインクエストであった辛口ヴルストカレーは完成した。

 辺りはカレーの香りが漂い、遠くで野生ポケモンが物欲しそうにこちらを見ていた。カレーを煮込む間に準備していたお米もふっくらツヤツヤに炊き上がり、その甘い香りにまた私のお腹の虫が大きく鳴いた。

 私が初めての単独カレー作りに四苦八苦している最中、残った2人はキャンプ地の周りにポケモン避けのお香を焚く準備に行ったみたいだった。いくら強いポケモンが少ないうららか草原とはいえ、この前みたいな事態にならないように念入りにお香を準備したらしい。そこそこ広い範囲に設置したおかげで、2人が戻ってきたのはカレーが完成してからだった。

「さっすがに腹減ったー!」
「右に同じく」

 焚き火の近くに準備された椅子にキバナさんとカブさんはどかりと座る。カブさんに至っては訓練も兼ねて走ったのか、額から汗が流れていた。私は座る2人の前に出来上がった大盛りのカレーと茹で卵の乗ったサラダを置く。キバナさんとカブさんはその出来に驚いたのか、「おお」と同じタイミングで驚嘆の声を上げた。「お口に合えば良いのですが」自信のない私は保険としてそう伝える。

 2人は目の前に置かれたスプーンを取ると、ゆっくりカレーをすくい口に入れる。咀嚼する様子を見ながら辛さはとか塩加減はとか、味が気になってはらはらしていると2人はまた同時に私の方を向いて声を出した。

「旨い!!」

 一言そう言うとキバナさんはガツガツと、カブさんはゆっくりと味わいながらカレーを食べ始める。私はその様子にほっとすると、それぞれの手持ちポケモンの分までカレーを準備して席についた。辛いものがまだ得意ではない私の分は、生クリームとはちみつを混ぜた特製の一皿だ。スプーンですくって口へ入れると、スパイスの香りと優しい甘さが口の中に広がる。ポケモンたちはちゃんと食べているだろうか確認すると、皆おいしそうにぱくぱく食べてくれていて安心する。キバナさんはもう一皿食べ終わったのか、おかわりをしに立ち上がっていた。

 食事も終わり、後片付けは3人でこなした。お皿洗いは私、拭くのはキバナさん。調理場の片付けはカブさんとそれぞれ手分けしたおかげで、あっという間に終わる。日が暮れて暗くなると、私たちは焚き火を囲いゆっくりと時間を過ごした。私とキバナさんとポケモンたちは拾った木の枝にマシュマロを刺して焼いて、カブさんはその様子を見ながら静かにコーヒーを飲んでいる。

 空を仰げばそこは一面の星空で、ごくたまにだが流れ星も見られた。草原の上にシートを敷き、3人で横になる。ポケモンたちはお腹いっぱいになった上に遊び疲れたのか、皆ボールの中で眠っていた。澄んだ空気は夜になってぐっと冷える。暖かい服装をしてはいるが、露出している顔だけはひんやりと冷たい。だが、それが心地よくて私は深く息を吸った。

「綺麗ですね」

 何気ない私の呟きに、カブさんはあの遠い宇宙にもポケモンが居るのだとそっと言った。ガラル以外の、さまざまな地方にも見たことも聞いたこともないポケモンがたくさん居るのだと。

「君は、将来何かなりたいものはあるかい?」
「なりたいもの……」

 ジムチャレンジして、その後私はどうしたいのだろうか。チャンピオンになりたいのかと訊かれれば、きっと違うと答えるだろう。今はジムチャレンジをしてキバナさんと戦いたいと、たったそれだけのために頑張っている。最初の1回で辿り着けるはずはないだろうから、きっと何回も挑戦するはずだ。その道のりの中で、私は何かを見つけられるのだろうか。私はカブさんの問いかけに答えられず、黙り込んだ。すると、隣からキバナさんが笑う気配がする。

「オレだってダンデを倒すのが目標だったのに、今じゃいつの間にかナックルシティのジムリーダーだ。リーシアは、これから考えれば良いんじゃねーのか?」

 その言葉にカブさんがふっと笑う。

「ごもっともだ。“人生何があるかわからない”って、僕が一番身をもって知ってるからね」

 よほどおかしかったのか、2人は揃って声を出して笑いだす。私は2人のその楽しそうな声が嬉しくて、にやけながら星が散らばる夜空を眺めていた。

 夜が更け三日月が空高くまで昇ると、私たちは寝る準備をした後におやすみの挨拶をするとそれぞれのテントへ入った。せっかくだからとガーディをボールから出し、毛布を掛けて一緒に眠る。初めての寝袋は思ったよりも寝心地が良くて、疲れていた私はすぐに深い眠りに落ちてしまった。

・ ・ ・

 翌朝、太陽が昇って少ししたころ、テントの中に光が差し始めたところで目が覚めた。のそのそと起きてガーディを見れば、まだすやすやと夢の中だった。テントから顔を出して外を確認すると、外の焚火はすでに燃えており、その上では鍋でお湯を沸かしているようだった。誰がやっているのかと人影を探すと、相手の方が私に気付いたらしく声をかけられた。

「おはよう。よく眠れたかい?」

 カブさんは朝のコーヒーを準備していた。私はテントから出て「おはようございます。ぐっすりでした」と眠気まなこで返事をする。カブさんは私の言葉に満足したのか、それは良かったと作業を再開した。

 ペットボトルに入った水で顔を洗い、持っていたタオルで水気をふき取る。調理場ではフライパンの上でベーコンエッグが作られていた。ぱちぱちと弾ける油と音が、寝起きの私の空腹感を刺激した。もうすぐ出来るからとカブさんにキバナさんを呼ぶように頼まれ、すぐ近くのテントの前まで移動した。外から名前を呼ぶと、中から返事はあったものの動く気配はない。どうしようかと悩んでいるとき、ガーディが足元で鳴いた。

「……お願いできる?」

 ガーディの前でしゃがみ、そう問いかけると彼はまた鳴いた。勝手に開けてごめんなさいと心の中で謝りながら、テントの入り口を少しだけ開きガーディを滑り込ませる。キバナさんの悲鳴にも似た叫びが聞こえたのは、その数秒後のことだった。

 皆でテーブルを囲んで座り朝食をとり始めたときに、改めてキバナさんの綺麗な顔の頬に大きな歯形がくっきりと刻み込まれているのを見た。足元に座るガーディは誇らしげで、私は身体を小さくする。まさかそこまでするとは思わず、テントから出て来たキバナさんに私は慌てて謝り倒した。キバナさんは笑って許してくれたが、目じりに涙が浮かんでいたのは見なかったことにしようと私は心に誓ったのであった……。

 食事も終わりそろそろ帰ろうとテントを解体し小さく畳むと、辺りはあっという間にまたただの草原へと戻っていった。湖は朝日に反射してキラキラと輝き、また1日が始まるのだと実感させてくれる。昨日採って余った木の実が詰まった分リュックは少し膨らみ、背負うとずしりと重かった。いつかはここで、1人で来ることになるのか。そう思うと少し感慨深い。もう少しこのゆったりとした空気に包まれて居たかったと名残惜しさを感じながら、私たちは家へと帰るために草原を歩き出した。

・ ・ ・

 エンジンシティに着くと、カブさんは仕事があるのでこれで失礼すると、颯爽と街へと消えて行った。戻り際に「ジムチャレンジ、リーシアと戦えることを楽しみにしている」と言い残して。憧れのジムリーダーの言葉は私の胸の中へすっと染み入り、じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。その大きな背中にお辞儀をすると、私たちはアーマーガアタクシーへ乗り込みナックルシティへと飛び上がった。

 ナックルスタジアムの近くにタクシーが着いたのはお昼過ぎだった。休日でスタジアムは人が多く、邪魔にならないようにと関係者専用の乗降エリアに降り立つ。地面に足を着けると、まだふわふわと浮いている感覚になりよろけてしまう。

「お……っと、大丈夫か?」

 キバナさんは素早く私の腕を掴み、倒れないよう支えてくれる。ありがとうございます。すぐにお礼を言うと、私がしっかり立てているのを確認して、キバナさんは手を離した。

「お疲れ。オレはこれから仕事があるから、悪いけどここでお別れだ」

 1人で帰れるか? キバナさんが心配そうに私に訊く。

「大丈夫です。お昼ですし、ガーディもいるので!」

 私はホルダーにかけているボールを見せて言った。その言葉にキバナさんは安心したようで、分かったと頷くと一度自宅へ戻るべく歩き出そうとした。しかし、伝えることがあったのか「あっ」と声を出すと、私に向かって太陽みたいな笑顔で言った。

「またキャンプ行こうな。次はダンデ捕まえてくるからさ」
「……ありがとうございます! 楽しみにしてます!」

 また、があるのは嬉しかったし、チャンピオンとキャンプできるかもしれないと思うと心が躍った。今回のキャンプもこの上なく楽しくて、時間があっという間に過ぎていた。しかし、次はもしかしたら2人きり、なんて期待していた私の乙女心にキバナさんは気付いてくれない。次はまた3人、その次があればどうなることやら……。足取り軽く離れていく彼を見ながら、私は小さくため息をついたのであった。

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