子どもというものはどうしてだか、己の認識の範囲外にあるものを悪とし排除したがる傾向がある。それは食べ物や着るものは当然の如く、ポケモンも例に漏れず含まれていた。大人からしてみればそれは妬み嫉みが大半を占めている可愛らしい閉鎖的な考えなのだが、子どもの世界ではそれが全てだとも言える。つまり、何が言いたいのかというと、私はどうやらその嫉妬の対象にされたみたい、ということだ。

・ ・ ・

 ガーディをパートナーとしてから、私はいつもスクールに借りていたポケモンに頼らなくてもよくなった。1日に1コマは行われるバトルの実践訓練も、少しずつだが様になってきたと感じる。最初はなかなか息が合わず技を繰り出すどころか相手の攻撃を避けることすらできなかったが、今は状況を判断して彼が欲するタイミングで指示を出せるようになった。ガーディはガーディで日々実戦で強くなっていくのを実感できるのか、毎日誇らしげな顔をしながら胸を張り私の足元に座っている。ぬいぐるみみたいな容姿でそんなことをするものだから、可愛いと彼は私のクラスでひそかに人気が出ていた。

 しかし、それを良く思わない人間が出てくるのも当然のことで、色違いということもあってか年の近い男の子がある日私に近づくとこう言った。

「おまえのガーディ、親に捨てられたんだろ? そんな変な色じゃ当然だな」

 勝ち誇った顔で、名前も知らない男の子は椅子に座る私を見下ろしている。残念ながらその顔に見覚えはなく、最近私のように外部から編入してきた子なのだろうと予想する。1人で来ればいいのに、後ろには子分らしき小さな子が2人腕を組みドヤ顔で控えていた。私はどうしようかとガーディを見る。ところが話題の中心であるはずのガーディは一切の興味がなさそうで、食事を終えて丸くなったお腹で私の膝の上に乗ると大きなあくびを残してお昼寝を始めてしまった。すぐに夢の世界へ入り込んでしまった彼は静かな寝息を立てて、時折耳をぴくぴくさせている。気持ちいい夢でも見ているのかなと、私は彼を優しく撫でた。

 勝ち目があると思って言いがかりをつけて絡んだのに、相手に完全無視されるという状況をあまり体験しなかったのだろうか。ゆったりと自分の席で過ごす私に対して、前に立っている3人組は怒り心頭で顔を真っ赤にしていた。それはもう、傍から見ていても熱気が伝わるくらいには。中央の偉そうな男の子がわなわなと震える手でボールをひっつかみ、我慢ならなくなったのかバトルをしろとこの狭い教室内で叫んだ。ガーディが寝てしまったから無理だと言っても男の子の怒りはヒートアップしていくばかりで、最後は「じゃあおまえが戦えばいいだろ!!」と半ば叫ぶように言われてしまった。こればかりは、さすがに無茶苦茶だと他の生徒からの失笑が漏れ出た。

 私は困ってしまって曖昧に笑うしかない。その時、タイミングよく授業開始のチャイムが校内に鳴り響いた。教室の外で過ごしていた人たちが続々と室内に戻ってくる。皆、3人組に絡まれている私を物珍しそうに観察するとすぐに興味なさそうに自席へ着いた。

「……戻らないの?」

 私は気を利かせたつもりで、男の子に訊く。後ろに仁王立ちしていた子分は少し離れた場所にある低学年クラスらしく、戻らなきゃと慌ただしく教室を出て行ってしまった。偉そうな男の子は取り残されても相変わらず1人で私を睨んでいた。顔はまだオクタンみたいに真っ赤で、怒りはまだ収まっていないみたいだ。私には返事をせずに大きく鼻を鳴らすと、彼は大きな足音をさせながら部屋を出て行ってしまった。どうやら私のクラスの子ではなかったらしい。嵐はなんとか過ぎ去ったが、休憩時間が終わってもガーディは相変わらず呑気にぐぅぐぅと膝上で気持ち良さそうに寝ていた。

・ ・ ・

 スクールの金曜日はいつもより授業数が少なく、4限目で授業が終わると大多数の生徒は真っ直ぐ家に帰る。私は早くジムチャレンジをしたい一心で、ここ最近で習慣となった図書室での自習をしていた。図書室には同じように勉強をしているか、趣味で本を読んでいる人がちらほら見受けられる。昼の事件のその後、また襲撃があると身構えていた私の元には結局今に至るまであの3人組は姿を現さなかった。絶対にまた来るだろうと思っていたので、どのように対処しようかと悩んでいたのに、だ。そういえば授業の合間にあった小休憩中、ガーディが一瞬どこかへ行っていたみたいだった。しかし、その件と彼の行動に関連があるのかは私には分からない。……うん、何があったのかはあまり考えないようにしておこう。その謎多き男であるガーディは、今も私の膝の上で機嫌良さそうに寝ている。

 ノートへ字を書く手を止めて私はガーディを椅子へ移動させると、立ち上がって伸びをした。壁にかけてある時計を見れば時間はもうすぐ19時で、スクールバスの最終便が出てしまうと気付き私は青ざめる。乗り遅れてしまうと家まで歩かないといけないうえに、門限までに帰れなくてママに怒られてしまう。私は慌ててガーディを起こして本を棚へ戻すと、筆記用具を乱雑に詰めた鞄を背負って図書室を出た。図書室にはまだ私の他にも利用客がいたらしく、同じようにバタバタと慌ただしい物音が聞こえた。

 なんとかバスにギリギリ間に合い、安心した私は1番後ろの席の窓際に座った。全力で走ったので息が荒く、これでもかと心臓が忙しなく動いている。早く落ち着かせようと、私は大きく深呼吸を繰り返した。まもなく発車しますと運転手が車内にアナウンスする。呼吸が落ち着いてきた私は興味本位にバスの中を見渡す。利用客は私以外に3人しかおらず、全員前側の席に座っていた。観察も終わり視線を外へと移すと、私は薄紫色の空をぼーっと眺めながら今日の晩ご飯は何だろうと考え始めた。

 バスが発車する直前、1人の男性が慌てる様子もなくゆっくりとバスに乗ってきた。まだ校内に残っていたのかと私は反射的にそちらを見ると、あちらも私を見ていたらしくばちりと視線が合ってしまう。男性はにやりと口角を吊り上げて笑った。しかし、その目には生気がなく1ミリも笑っていない。背筋にぞくりと悪寒が走る。

 ーー怖い。

 なぜだかそんな気持ちがして、私はすぐに視線を逸らして窓の外を眺めた。どうか前の席に座ってくれますように、と心の中で祈りながら。しかし、その祈りとは反対に男性はゆっくりとこちらへ向かうと、私が座る席の真反対へと腰を下ろした。光によって窓が鏡のように反射する。ライトに照らされて青白い自分の顔が映るその奥に、男性があの表情を変えずまだ私をじっと見ているのに気付き、冷や汗をかきながらガーディが入ったボールを握り締めた。

 過ぎ行く街の景色を眺めながら、そちらに目がいかないようにボールを指先で触り気を紛らわせる。視線は変わらず感じるが、ガーディが傍にいると思うととても心強かった。気づけば空は藍色に染まり、シティはすっかりと顔を変えていく。バスが止まる毎に乗客はひとりまたひとりと降りていき、終点まで残ったのは私と男性だけとなってしまった。途中で降りてくれるかもしれないと思った私の希望はあっさり打ち砕かれたのだ。目的地付近になりバスの速度が落ちてくると私は鞄を握り締め、完全に停止すると同時に勢い良くバスから飛び出して走り出した。

 息を弾ませながら慣れた道を駆け抜ける。ナックルシティは古城をメインとする街のため、景観を重んじ夜は街頭が少なく薄暗い。その分人通りは多いが、かなり近づかないとお互いの顔が見えないので余計に心細くなる。バス停から家までの道をただ無心で走り、ようやくふと1度足を止めたのはナックルスタジアムの前だった。大きな門の奥には暖かな光が灯っており、まるで家にいるような安心さがあり無意識にほっとしてしまう。ふと後ろを振り返って見ると、あの男性の影はなくうまく撒けたのだとわかる。キバナさんの顔を、あの笑顔を見たいと少し吊り橋へ足を延ばしかけたが、時間のこともあり寄り道はできないなと引っ込めた。

 大通りを過ぎて少し人気の少なくなった道を歩く。暗くなってきたからか、ゴーストタイプのポケモンが楽しそうに遊ぶ声が時折聞こえてくる。私はあの男性の目が忘れられず、怖くなってガーディをボールから出して抱き上げた。ガーディはきょとんと私を見上げていたが、すぐに何かを感じ取ったのか小さく鳴いて腕に擦り寄ってくる。柔らかく暖かな毛皮を撫でると、少し気持ちが落ち着くような気がした。

「ガーディ?」

 ーーガーディがぴくりと何かに反応する。耳をぴくぴくと動かして何かを聞き取ると、彼は腕から飛び降りて低く唸り声をあげた。その異様な雰囲気に足が止まる。家に着くまで距離は少しあったが、もう少しだと気が緩んだときだった。ひゅっと喉の奥で息がつまるのがわかった。

「ねぇ……、ぼくたちと、あそぼうよ……」

 薄暗い街灯の中、私の行く道先からぼぅと青白い顔が出てくる。見覚えのあるその顔はバスで見た男性そのもので、どうやって先回りしたのかと私は恐怖した。とっさに逃げなければと脳が指令を出すが、身体はまるで凍らされているかのように動かない。焦りと恐怖で頼りない私とは反対に、ガーディは私を守るためかすぐにでも飛び掛かれるように姿勢を低くしていた。言う事を聞かない身体の中で、唯一目だけは状況を1番把握していた。ぼんやりとまるで幽霊のように立つ男性の背後に、2体のポケモンがいる事に気が付く。冷や汗をかきながら闇に慣れてきた目でじっと見つめると、ぼんやりとその輪郭が見えてくる。

「ゴースト、と、シャンデラ……」

 怪しげな光を纏いながら、彼らは浮遊していた。ゴーストは暗い場所を好み、明るい場所では生きられない。シャンデラは炎で人を催眠状態にさせられる。ゴーストタイプにとってこのシティは最高に住みやすい場所に違いなかった。遊ぼうとしきりに男性が呟いていることから、2匹はおそらく私とこうして近付くためだけに、あの男性に催眠術をかけ巻き込んだのだろう。昔、パパが私に言ったことを思い出した。

 ーーリーシア、君はポケモンに好かれやすい。それは素敵なことだが、同時にとても危険なことだ。ポケモンは純粋で欲に忠実だ。その純粋さは時に狂気になる。彼らは欲を満たすためにきっと何だってするよ。それがポケモン相手だろうと、人相手だろうとね……。

 パパが恐れていたのは、きっとこういう事態だったのだろう。声が出したくても出せない。身体はぴくりとも動かない。頼りなのは果敢に立ち向かうパートナーのガーディだけ。生まれて初めて、私がポケモンを怖いと感じた瞬間だった。シャンデラの腕の炎がゆらゆらと揺れる。見てはいけないとわかっていても、操られているかのように目がそちらへ向いてしまう。ガーディは男性と2匹を私に近付けさせないために、必死で戦っていた。

 住宅街に入る手前の公園に居るせいか私たち以外に人通りはない。ゴーストの目が怪し気に光っている。その間にも頭は少しずつぼんやりとしていき、あんなに動かなかった足が、1歩勝手に前へ出た。自分の意思ではなく操られているのだとすぐに分かった。ガーディは歩き出した私に驚いて必死にズボンの裾を噛んで動きを止めようとしている。しかし、その小さな身体で止められるはずもなく私はまた1歩と足を進めた。

 ーーもうだめだ。

 絶望と諦めが脳内にちらつく。催眠術にかけられた男性はもういらないとばかりに、いつの間にか地面に倒れてぐったりしていた。その顔は青白く辛うじて小さく息をしている状態で、シャンデラの近くにいることによって弱ってしまっていたのだ。その間もゴーストとシャンデラは楽しそうにくるくると踊りながら笑っている。パパ、ママ、ルカリオ……。私は脳内でその名前を呼んだ。

 ーーキバナさん……!!

「フライゴン、ワイルドブレイカー!」

 鋭い声が聞こえたかと思うと、脳内が一気に晴れ渡る。突然戻ってきた感覚に安心し緊張が解れた私は、身体に力が入らずその場にへたり込んだ。すかさずガーディが駆け寄り私の手を舐めて労ってくれる。その気持ちに応えたくて震えながらもなんとか腕を持ち上げると、私は彼の頭をぎこちなく撫でた。顔を上げると見慣れた格好の、大きな背中。その向こうで、フライゴンによって技を入れられたゴーストとシャンデラが、驚き慌てて逃げていく場面を私の目は捉えていた。フライゴンはやってやったとばかりにこちらを振り返ると、ガーディと同じように心配そうにすり寄ってくれた。どうやらあの2匹は男性の手持ちではなく野生だったらしく、取り残された男性は気を失って生気のない顔で倒れている。

 キバナさんは私の無事を確認して自分のパーカーをかけてくれると男性へ駆け寄り、ロトムで救急車を呼んだ。しばらくすると救急車が静かに走ってきた。私のために騒ぎを大きくしないよう配慮してくれたみたいだった。男性が運ばれていき辺りがまた静かになると、キバナさんは道の段差に座る私に手差し伸べて立てるか? と訊いた。私はぎこちなく頷き、手を取って立ち上がる。パーカーを返そうとするとキバナさんは良いからと優しく笑ってくれた。

「アツバさんには連絡しとくから、今からオレさまとデートでもするか!」

 明日はオフだしどこにでも連れてってやるよとキバナさんが笑う。私はガーディを抱きしめて、フライゴンに抱きしめられながらつられて笑顔になった。

 キバナさんはお気に入りのカフェで私にココアを注文すると、ケーキも食べるかと返事を待たずに苺のショートケーキを追加した。ふわふわのスポンジ甘いクリームに甘酸っぱい苺は、私の空腹感を加速させるには十分だった。フォークを刺してすくいとると、落とさないように口へ運ぶ。その味は私の頬っぺたをいとも簡単にとろけさせた。

「うまいか?」

 キバナさんはコーヒーを頼み、頬杖をしながら私に問いかける。口いっぱいのケーキを堪能する私はこくこくと頷いた。パーカーは相変わらず私が着ていて、キバナさんは見慣れないドラゴンのユニフォームだけになっている。幸い今は店内で暖かいが、外に出る時は寒いはずなのでその時は返そうと考えた。ケーキを全て平らげると、ココアを飲み一息つく。そして、改めてキバナさんにお礼を言った。

「キバナさん、さっきは、ありがとうございました」

 思い出しただけでも手が震える。それを隠しながら、私はキバナさんに笑いかけた。キバナさんは無理すんなと苦笑する。

「仕事が終わって飯食べようとした時にフライゴンがリーシアを見つけたんだ。そしたらフライゴンが慌ててすぐ飛び出して行ってな」

 そんでついてったら、あの場に遭遇したって訳だ。感謝するならフライゴンにしてやってくれ。キバナさんはフライゴンの入ったボールを見せながら笑う。私はボール越しにフライゴンへお礼と共にまたお菓子持っていくからと約束をすると、返事のようにボールが大きく揺れた。

 キバナさんにもぜひお礼をしたいと言うと、彼はそうだなぁと考えだす。腕を組んで頭を悩ませているキバナさんをぼーっと見ていて、思った。なんだかまた大人になった気がすると。身体が成長しているということもあるのだろうが、それもよりも雰囲気なのだろうか。あの時駆けつけてくれた、あの背中が頭から離れない。私は気付かれないようにキバナさんのぶかぶかなパーカーに顔を埋めると、ぎゅっと裾を握る。それと同時にキバナさんは何かを思いついたのか、顔を上げて言った。

「それなら、オレはカレー食べたい」

 辛いやつが良いと付け加えて。私はカレーならママに教わったから作れると大きく頷き「今度作って持ってきます」と返事すると、キバナさんはニッと笑って首を横に振った。その笑顔は何度か見たことがある。パパもよくする、悪戯を考えているときの笑顔だった。

「てわけで、一緒に来週キャンプ行くか!」
「……えっ!?」

 立ち上がり大声を出した私の顔に浮かんだのは喜びか、驚きか。はてさて、一体どちらだったのだろうか――。

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