何かに熱中すると日にちが経つのは早いもので、スクールに転校してもうすぐ1年になろうとしていた。最初はママかルカリオと一緒じゃなきゃ行けなかったお遣いも1人で迷わずに行けるようになったし、この半年でほんの少しだが背も伸びた。最近ではママが今後キャンプ中1人で食事を作ることも考えて、少しずつ料理を教えてくれるようになった。スクールの授業でワイルドエリアでの課外授業が行われるたび、実戦で自分の腕が上がっていると感じるのが楽しくて嬉しい。学校に勉強にママのお手伝いと何かと忙しいが、自分で出来ることが増えていくのでこれまでにないくらい充実してる毎日だと感じていた。

 今日はスクールが休みの日なので、私は少しおしゃれをして街へ出掛けていた。髪の毛はキバナさんにもらったヘアゴムで編み込みのツインテールを飾り、右手に持っている赤い布の手さげ鞄には昨日頑張って1人で作ったボックスクッキーが綺麗にラッピングされて入っている。味はイチゴとチョコレートで、試作品はママから太鼓判を押されたのでこのクッキーもきっと美味しいはずだ。作り終わった後の片付けを手伝ってくれたルカリオには、お礼に別で作った好物であるモモンのジャムクッキーをプレゼントした。

 すっかり歩きなれたナックルスタジアムまでの道のりを進んでいると、丁度着く手前でスーツをきっちり着ているパパがスタジアムの方へ歩いていくのが見えた。今日はパパも休みだったはずなのに、会社から急な呼び出しがあったらしく私が起きる前に家を出ていたのだ。パパが居ると思うと、後を追うように私の足は自然と小走りになった。曲がり角を右へ進みスタジアムに着く。いつもなら解放されているはずの門はしっかりと施錠されていて、そこには本日閉館と書かれた立て札が掛けられていた。そこにパパの姿はない。クッキーを渡そうとしたキバナさんにもせっかくお休みだったパパにも会えず、私はがっかりして大きなため息をついた。が、そんなに落ち込んでいる訳でもない私は、クッキーはまた次のお休みに持って来ればいいかと気を取り直して回れ右をする。さて一歩、家へ帰ろうとしたときであった。

 ――バサリ。

 明らかに鳥ポケモンではない、厚みのある羽音が頭上から振ってくる。フライゴンが羽ばたく音だと、瞬間的に思った。空を仰ぐと雲ひとつない青空に、見覚えのある黄緑色。首には安全ベルトがぶら下がっている。お城の方から飛んできたところを見ると、恐らくキバナさんのフライゴンなのだろう。私は棒立ちになって気持ちよく空を泳ぐフライゴンを見つめた。フライゴンはきょろきょろと上空から何かを探している様子だった。すんすん。時おり鼻がひくひくと動いている。なんだか可愛くて、思わず笑みがこぼれた。

「フライゴーン!」

 両手を大きく振って自分の存在を最大限にアピールしながら、私はフライゴンを呼んだ。すると彼の耳は私の声を拾ってくれたらしく、ぱっと笑顔になると羽を大きく羽ばたかせて降りてきた。風圧がスカートを巻き上げようとするので、慌てて手で押さえる。目の前で着地したフライゴンは、お久しぶりと嬉しそうに頭を私の頬に押し付けて挨拶をしてくれた。

「久しぶりね、フライゴン。元気にしてた?」

 くっつくフライゴンの下あごを手で擦ると、彼はぐるぐると喉を鳴らした。こうして好意を素直に伝えてくれる彼がとても愛しく思う。しばらくそうして触れ合っていると、満足したらしいフライゴンは一度離れて私に首に下げていた安全ベルトを渡してくる。その可愛らしいジェスチャーによると、付けてくれと伝えたいらしかった。渡された安全ベルトには見覚えがあった。空を飛べるポケモンに単体で乗るときの安全装置で、どうやら誰かに――恐らくキバナさん――私を迎えに来るように言われたみたいだ。授業で教わったのと同じようにベルトを体に巻き付けていく。太もも、腰、最後に肩にと回らせそれぞれバックルを嵌める。残りの長いベルトはフライゴンの首と胴に回し、私と彼の体を固定した。バックルがちゃんと嵌っていて、フライゴンに取り付けたベルトも外れないと確認する。よし、と頷くとフライゴンは私の体をしっかりと掴み飛び上がった。

「わ……!!」

 全ポケモンの中でもトップクラスの素早さを誇るフライゴンの動きは驚くべきものだった。ものの数秒であっという間に門を超えてお城の頂上付近まで飛び上がると、フライゴンはお城の周りをゆっくりと旋回を始める。お城の全体を見せてくれているようだった。頬に当たる秋の風は冷たく薄着をしている私には寒いはずだが、それ以上に初めて空を飛んだ感動の方が勝った私にとってそれはあまり気にならないことだ。お城全体を見えるように旋回を始めて少しした頃、フライゴンがピクリと何かに反応して少しずつ高度を落とし始めた。着いた先のお城の展望台では、キバナさんと先ほど見たパパが立っている。

「お疲れ、フライゴン。ありがとな」
「大丈夫? 寒くなかった?」

 キバナさんは降り立ったフライゴンに労いの言葉をかけ、パパは私に自分の上着をかけて体調を伺った。地面に足をつけてから、ようやく私は寒さを感じた。上着をかけてくれたパパにお礼を言うと、パパは笑って「今日は一段と可愛いね」と褒めてくれた。お礼を言ってパパにはにかむと、そっとキバナさんを見た。

「まさかリーシアがアツバさんのお嬢さんだったなんてな」

 世間って意外と狭いもんだよなとキバナさん笑っている。アツバとは他でもなくパパの名前だった。キバナさんとこうして出会ったのも仕事の繋がりでらしい。ちなみに開会式では私と話をするので精一杯でパパの顔までは見ておらず、ジムリーダーに就任して初めてマクロコスモス社役員としての公式な挨拶をしたときに前にも会っていると教えたのだ。パパが「実は開会式に会っているよって教えたら彼、大層驚いてたよ」と悪戯が成功した子どものようにからから笑っている。おかげで打ち解けるきっかけにもなったけどな、とキバナさんは思い出し笑い半分申し訳なさ半分で苦笑していた。

 改めて思い出話に花を咲かせる2人に置いてけぼりをくらった私は、どうしてここに連れてこられたのかと疑問が浮かんだ。それについて訊こうにも、楽しそうに談笑しているところに水を差す感じがして簡単に声がかけられない。どうやって気付いてもらおうか。1人悶々と悩んでいるときのことだった。

 ――カサ。

 視界の端で、何かが動いた気がした。反射的にそちらを見れば、あるのはこの場に似つかわしくない蓋つきのファンシーな四角いバスケットだけ。アップルパイでも入ってそうな見た目だが、微かにだが独りでに動いたことから中身は生き物だろうと推測する。あの小ささだと、もしかして生まれたてのポケモンだったりして。あまりにじっと見ていたからか、手持ち無沙汰なフライゴンが私の視線の先にあるものにいち早く気付き、悪戯っ子のように笑うとバスケットの近くまで移動して私に手招きをする。誘われるがままバスケットまで近付きその前で膝をつくと、フライゴンはその硬い爪で蓋をカリカリと引っ掻いた。開けてみて、と言っているみたいだった。開けたい欲求は高まるが、さすがに勝手にするのはだめだろう。ねぇ、パパ。許可を取ろうと後ろの2人を振り返った、その瞬間だった。

「――わっ!」

 私の動作よりも、蓋が開く方が僅かに早かった。思いもしない動きに驚きで体が跳ね上がり、硬直する。もしかしてこの中にとんでもない凶悪な生き物でも入っていたのか、と血の気が引いた。しかし、私の妄想とは裏腹にバスケットから姿を現したのは、可愛らしい鳴き声をした1匹の小さなポケモンだった。

「……、ガー、ディ?」

 ワイルドエリアたまに見かけるポケモンではあるが、驚いたのはそこではない。

「きいろ……」

 毛皮の色が、通常のオレンジではなく黄色だったのだ。右足に「性別:オス」と書かれたバンドが付けられているガーディは不思議そうにこちらを見ており、バスケットの中に敷かれたピンク色の毛布と相まって余計に可愛く見える。そのつぶらな瞳が私を見上げる。私も、何も言わずにガーディをじっと見つめた。

「すごいな……。本当に威嚇しないのか」
「僕たちは容赦なく噛み付かれたのに……」

 相変わらずバスケットより離れて立っている2人は感心、というよりげっそりとした顔でこちらを見ている。パパに至っては右腕を庇い、少し涙目だった。2人は一体何を言っているのだろう。目の前に座るガーディは私に噛み付くどころか威嚇する素振りも見せないのに。こんなにも大人しい子にどうしてそれ以上近づいて来ないのかと不思議に思った。しかし、私が体を横に向けたことによって、すぐにその理由を知ることとなる。私が動き視界が開けたことで、ガーディは2人の顔を見付けてしまった。その瞬間、私はぎょっとする。ついさっきまであんなに潤んだ瞳で可愛らしいぬいぐるみのような表情をしていた彼が、一瞬で警戒心剥き出しの野生ポケモンの顔に転じさせると今にも飛び掛かりそうなくらい低く唸り出したのだ。途端に顔色を悪くし頬を引き攣らせたキバナさんとパパが、もうこれ以上近付きませんと両手を上げて降参ポーズで同時に一歩後退る。その様子から私はようやく察した。ついさっきまで、この子を落ち着かせるのにどれだけ大変な思いをしたのかを……。

 バスケットを持ち上げ、自分の体でガーディの視界から2人を遮る。利口で忠誠心が強く、自分の認めたパートナー以外には警戒心が強いポケモンだと習ったから、この子にはこうするのが一番だと考えた。私はこの子のパートナーではないけど、嫌いではないはずだと思ったからだった。

「あなたのパパとママはどこにいるの?」

 じっとガーディの瞳を見つめて訊く。こてんと首を傾げたガーディは小さくがう、と鳴いた。とてつもなく可愛らしいのだが、私にポケモンの言葉は分からない。「ワイルドエリアで生まれた兄弟の中で、そいつだけ毛色が違ったから親に捨てられてたんだ」キバナさんが言った。その言葉を聞いて心が痛む。色が違っても、ポケモンとしては何ひとつとして変わらないのに。自分が捨てられたことを知っているのか知らないのか、ガーディはまた小さく鳴いた。そこで、胸の中にひとつの選択肢が生まれる。

「……ねぇ、あなた、私のパートナーにならない?」

 私の言葉を理解しているのか、ガーディはぱっと笑顔になって元気よく鳴いた。「ねぇ、パパ」私は後ろを向く。するとパパは手にモンスターボールを握っていて、顔を見るとパパは優しく笑ってそっと頷いた。

「スクールでも頑張っているとママからきいてね。もうすぐ誕生日だから、これはパパからのプレゼントだ」

 しっかりお世話するんだよ。そう言って、パパは私にボールを投げ渡した。慌ててバスケットを地面に置き、ボールを両手で受け取る。おもちゃみたいな見た目なのに、実際に持ってみるとそれはずしりと重たかった。中心にあるボタンを押しボールを一瞬で大きくすると、怖がらせないようにガーディにそれを見せる。

「私のパートナー……。ううん。私の最高のパートナーになって、ガーディ!」

 ガーディは力強く、大きく吠え返事をした。ボールを優しくその身体にくっつけると、ガーディは赤い光となってボールの中へ入ってゆく。1……2……3。カチッという乾いた音とともに、手の上のボールは揺れなくなる。それは私の、生まれて初めてのパートナーが出来た瞬間でもあった。すぐにボールからガーディを出すと、彼は元気に渡しに駆け寄り私の口元を舐め始める。ざらざらした舌は少し痛かったが、愛情表現だと思うと嬉しくて仕方がなかった。これでようやく、流れ星に願いに願った自分だけのパートナーを見つけた。この子が居ればどんなことだって頑張れる。心の底から思った瞬間だった。

・ ・ ・

「あれは……。ちょっと目の当たりにするとさすがに驚きますね」
「今はポケモンだけだから良いけれど、大人になって今以上に強くなると考えると……」

 ガーディをパートナーに出来たことで喜ぶリーシアの背後で、キバナとアツバは険しい顔をしている。

「ガーディがパートナーになったことである程度は防げるでしょうけど、今後オレも出来る限り目を光らせておきます」
「ジムリーダーがそう言ってくれるととても頼もしいな。リーシアの父親としても礼を言うよ。本当にありがとう」

 アツバはキバナに頭を下げる。その表情は固く、それだけこの事態を危惧しているのだとわかる。キバナは慌てて頭を上げさせると、アツバに向けて笑いかけた。

「シティの住民の安全を守るのはオレの仕事です。何よりリーシアから毎週報酬を貰ってますから」

 ちなみにフライゴンはお菓子で買収済みですよ。キバナはからからと笑う。アツバはその頼もしい言葉に安堵し、ようやく笑顔を浮かべた。

・ ・ ・

 ガーディとの触れ合いをある程度して後ろを確認すると、パパとキバナさんはまた楽しそうに話をしていた。この距離でも聞こえていた声は以前に比べて小さく、今の私には届かなかった。私はガーディを一度ボールへ戻すと立ち上がり、ずっと成り行きを見守ってくれていたフライゴンに鞄の中に入っていた袋を渡した。

「今日のお菓子だよ。私の手作りだから、不格好でごめんね」

 オレンの実のジャムクッキーを受け取ると、フライゴンはありがとうとばかりにぱっと笑顔を弾けさせる。すると嬉しさを報告するためか、ふわりと宙に浮くとキバナさんの傍へ飛んでいきキバナさんの周りで自慢するように纏わりついた。突然近くでフライゴンが自己主張激しく手元のクッキーを自慢するので、キバナさんとパパの会話は中断せざるを得ない。

「そっか、よかったなフライゴン。今日はクッキーだったのか〜」

 キバナさんは全身で表現するフライゴンの言葉を受け取り、笑いながら長い首を撫でる。その和やかな雰囲気は、今がチャンスだと私を突き動かした。慌てて鞄の中身を漁る。

「あの、これ良ければキバナさんに……! これはフライゴン以外の子たちの分です!」

 ママはおいしいって言ってくれました。そう付け加えながら鞄から取り出した2つの袋を少し緊張して震える手で渡す。ちゃんと事前においしいと言われてもやはり食べてほしい本人から聴かなければ不安は消えないもので、私は何度も心の中で大丈夫だと自分に言い聞かせる。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。キバナさんはその袋を受け取ると、いつもの大好きな笑顔で美味しそうだなという褒め言葉とお礼を言ってくれた。そんなことないとつい照れ笑いをしながら、控えめに頭を振ったときだ。隣から少し恨みが含まれた声がじとりとした視線とともに私の頬を突き刺した。

「パパは……、まだもらってないなぁ……?」

 ゲンガーも真っ青な、極限までうらみのこもった声音だった。キバナさんの前だったから、私がついパパをこの雰囲気から爪弾きにしてしまったらしい。しまった。私は慌ててパパに近寄ると、その首に手を回ししっかりとパパを抱き締めた。

「パパのはお家にたっくさん用意してるよ?」務めて明るく言う。
「……そっか。そっかぁ!」パァッと黒い霧が晴れたのが分かった。

 何味があるのかな? パパはリーシアの作るものなら何でも良いよ! しばらく反応がなかったが、パパは何とか機嫌を直してくれたらしい。私を素早く抱き上げ、近くなった距離で矢継ぎ早に飛んでくるパパの質問に私は全て丁寧に答えていく。これでもうきっと大丈夫だろう。安堵した私はパパに気付かれないようにほっと息をついた。

「こりゃ、リーシアが大きくなると色々と大変そうだな……」

 そんな私たちの後ろで、キバナさんは大小のクッキー袋を持ちながら苦笑している。辺りには甘いお菓子の香りが充満しており、フライゴンは早く袋を開けてくれと自分の手元に持つ袋をキバナさん押し付けていた。

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