◎ 05
木々の間を歩く青年の足取りは軽かった。地面に映る木漏れ日の影が風が吹く度に揺れてまるで踊っているようにも見えた。すると、草むらからカサカサと音が聞こえ歩みを止める。
「よく俺が此処にいるって分かったな黒蝶」
そこから現れた一匹の瞳の赤い黒猫に対して青年はそう言った。
「あなたの行動なんて簡単に詠めます。あまり軽率な行動は慎んでくださいと言ったはずですよ零侍」
零侍という青年の目の前にやってきた黒蝶と呼ばれる黒猫は腰を落として見上げた。二又に割れた、まるで蛇が口を開けているかのような黒い尾がゆらりと揺れた。零侍はそれをしゃがみこんで抱き上げる。
「いやあ、お前の黒猫姿は愛くるしいなあ」
「話を逸らさないで下さい。引っ掻きますよ」
おとなしく抱かれながらも爪を出す黒蝶に対し零侍はおかしそうに笑う。
「ただの偵察だって」
「水野平八と東莎介を挑発したそうですね」
「なん!?お前その情報何処で…」
「僕の情報網を侮らないでください」
零侍は溜め息をつくとぶっきらぼうに謝った。いつものことらしく彼の態度に対して黒蝶は何も言わなかった。
「まったくあなたは…顔すら隠さないとはどういう神経しているんですか」
「良いだろ別に。俺、裏方だから顔とか割れてないし」
「そういう問題ではありません」
機嫌悪そうに赤い真ん丸の目をぐっと細めた。
「まあまあ、そう怒りなさんな。ほら、土産も買ってきたし」
片腕で黒蝶を抱いて背負っていた布袋から小包を器用に取り出して見せた。
「僕の怒りは甘味程度では治まりそうにないんですが」
「はいはい、説教なら屋敷で受けますよ」
くしゃくしゃと黒蝶の頭を撫でると案の定引っ掻かれて悲痛な声を漏らす羽目になった。
「で、収穫はあったんですか?」
「んー…、小さいの(莎介)は挑発に乗りやすい単純な奴で髷(平八)は…ぬるい奴かなー」
引っ掻かれて出血した箇所を舐めて渋い顔をする。黒蝶はその言葉を聞いて、呆れた。そんな様子を見て零侍は続ける。
「まあアレだ。とにかく朱矢咫の兵共は平和ボケし過ぎてる。その気になれば簡単に落とせるって話さ」
「彼らの戦闘力が低くはないということもお忘れなく」
横から釘を刺されて罰の悪そうな表情に変わる。
「えーっと、小さいのに髷に色男…たかが三人だろ?」
莎介、平八、廩饂の順に指を折る零侍の言葉を黒蝶はピシャリと跳ねた。
「されど三人です。東莎介、彼は身体能力が異常ですし体力が超人並みです。こちらが足元を掬われる可能性があります。水野平八は温和でぬるい性格ではありますが」
「あーもう分かった分かった。ようは油断はするなってことだろ。あ、そういえば疾風はどうしてる?」
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