小説 | ナノ

 01

今日の空は機嫌が良いようだ。雲一つ無い青空が頭上に広がっている。ここ朱矢咫に住む水野平八は太陽の光から目を庇うように手をかざして見上げた。いつもと何ら変わりない景色。繰り返される日々。退屈と言えばそれまでだが、彼にとってはそれはとても良いと感じる一時であった。何より平和が一番であるし、戦で人が死ぬよりずっと良い。

「今日も良い天気で御座るなあ」

平八の傍らに立って満足げに頷くのは屋敷で共に育った東莎介だ。

「数年前のあの大戦以降大きな戦も起こらず良い案配で御座るな。まあ、あのような大戦二度と御免だがな」

手を組んでうーんと伸びをする。そんな言葉に平八は苦笑いを浮かべた。

大戦…。実は五年前に、人の生存を掛けた戦いが終結した。こちら側と同盟関係にあった北に位置する国、美鵺は多大な被害を受け滅んでしまった。かつては四国あった国が今では三国になってしまったのだ。戦が激しいものになってくると死人も多く出てくるようになり、人手不足に見回れた。戦える者は武器を持ち、老若男女問わず戦に送り出された。平八と莎介もそのうちの一人である。若年ながらも参戦し、戦の厳しさと残酷さを知った。とにかく酷い有り様だった。できれば二度とこんな戦には出たくない、そう感じた。

「この朱矢咫の城主もお亡くなりになられ、今や平八殿がこの国のまとめ役のようで御座る」

「そんなことないさ。きっと屋敷の役人にはこんな青二才に国をまとめられて不満が溜まってきてるだろうしな」

「平八殿はしっかり仕事をこなしておるではないか!それなのに役人ときたら蔑むように平八殿を見てきおって…」

実に怪しからん!と声を荒立てる莎介を平八は宥める。その時傍らでよく通る声が聞こえてきた。

「言わせておけば良いのだ。役人でしかない奴らに何が出来るわけでもあるまい」

いつの間にそこにいたのか、と毎回言いたくなるが長年付き合ってきているのでそれにも慣れた。紫柄御廩饂、朱矢咫の忍の者である。右目にしている眼帯が印象的な青年だ。わりと綺麗な顔立ちをしているためか、侍女らからの評判は良い。

「無能な者程よく吠えるものだ」

「ほう、廩饂殿も言うようになったで御座るな」

「武力は無いのに口だけはどんどん達者になっていくだけの者など無視すれば良い。それともあの饒舌を切ってしまうか水野」

これが冗談だと分かってはいるが、笑えない冗談だ。

「いや、その…あー、それより何か用があって来たんじゃないのか廩饂」

言葉を濁し、廩饂に問いかける平八。廩饂はそれがおかしかったのか小さく笑ってすぐに表情を戻すと次のように続けた。

「天杜薙がどうやら動き出しているらしい」

「天杜薙が?何故(なにゆえ)か」

莎介が眉間にシワを寄せる。

天杜薙とは西に位置する国で、敵対関係である国だ。最も今は互いに大戦の影響が大きく出ていることもあって一時休戦状態だが。

「詳しいことは解らぬが、最近術師から妙な噂を聞いた。大戦で滅んだ美鵺、あそこにただならぬ気を感じるとな」

「つまり美鵺に天杜薙の者が出入りしているということか?」

平八の問いに廩饂は頷いてみせた。



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