小説 | ナノ

 12

まるで己に触るなと言わんばかりに詰められた距離をまた空け、腕を振り回したりぴょんぴょん跳ねてみせると、必死の形相で「ね?」と言ってきた。その様子がおかしくて思わず吹き出し、小さく笑ってしまった。

「なっ、何で笑うんだい!」

「いや、なに、可愛らしかったものでついな」

女子は顔を赤らめて廩饂を睨むとはっと息を飲んだ。

「どうした?」

「いや…、あんた綺麗な顔して笑うんだねぇ」

「そうだろうか?まあ、取り敢えず怪我はないようで安心した。どれ、出口まで案内してやろう」

「ううん、大丈夫。一人で帰れるから。あんたはどうするんだい?」

大袈裟に首を横に振ると廩饂に問いかけた。

「我は調べたいことがあるのでな。もう少しここにいるつもりだ」

そうして、女子に道しるべとして木々に付けてきた傷のことを伝え、別れを告げて歩きだそうとすると、焦ったように女子が声をかけてきた。

「あ、あの!名前教えてくれないかな?」

「名前?何故だ?」

「ほら、ここで会ったのも何かの縁かもしれないし」

廩饂は少し考えて名を名乗った。

「紫柄御廩饂だ。では達者でな」

そう言い残して歩き去った後も、女子は名前を繰り返し呟き、暫くその場で立ち尽くしていた。


その後も何事もなく森を抜けると、ようやく鬼獣を封じた大穴のある広場に到着した。来た道は、鬱陶しいくらいに草木が生い茂っていたというのに、広場一体はそこだけ抉りとられたかのようで…、なんというか殺風景だ。

そこで廩饂は眉間にしわを寄せて呻いた。大穴を囲うように書かれた神秘的な陣は何者かの手によって掻き消されていた。次に大穴に目をやると、封の札が貼られていたはずの石の蓋は無惨にも砕け散っており、あちこちに欠片が転がっている。恐る恐る穴を覗いてみるが、そこにはもう何もいない。鬼獣共が這い出てきたような跡も見受けられた。正に最悪の事態である。

「水野の読みが当たったな」

しかし、ここから出た鬼獣は一体何処へ行ったのだろうか。ここへ向かう途中は一匹も遭遇していない。もう美鵺にはいないということなのだろうか。もし、そうだとするならば急いで帰って対策を練らなければと慌てて踵を返そうとすると、生臭い匂いが鼻をついた。廩饂は反射的に大型手裏剣の円輪を手にし、振り返り様に投げようとしたが、それよりも早くすぐ近くで何かが風を切った。そして背後から悲鳴にも似たおぞましい鳴き声が轟いた。驚いてそちらに顔を向ければ、己より遥かに大きく黒い毛に覆われた化け物がのたうち回っていた。大木のような太い腕を振り回し、地面を叩く。それが地響きとなって足元を揺らし、思わずよろめいた。しかし、一体何が起きているのかいまいち状況が読めない。

「伏せていろ!弾が当たるぜ」

己の後ろの方からよく通る声がしたかと思えば、そのすぐ後でダァンッと何かが弾けるような音が聞こえた。



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