◎ 11
それから数日して廩饂は美鵺に到着した。日は高い位置まで昇っている。速駆けしてきたにも関わらず息は一切乱れていなかった。殺伐とした美鵺の風景はあの大戦以来何も変わっていない。まるでこの国だけ時の流れに着いていけず、そのまま置いてきぼりにされたような寂しげな雰囲気が漂っていた。雑草が無造作に伸び、木々が鬱蒼と生い茂っている。その空間が、ぽっかりと割れたように道が拓けている場所を見つけて近づいてみる。風の唸るような不気味な音が聞こえ、まるで己を誘い、そのまま引き摺りこまんとしているかのようだ。何の躊躇いも無しに足を踏み入れ、警戒しながら進む。奥に行くにつれて、日の光が木々の枝によって遮られ、昼間だというのに夜を思わせるくらい薄暗かった。数年前の記憶を遡り、己の勘を頼りに大穴を目指す。帰りに道に迷わぬようにクナイで木々に切り傷を付け、それを目印とした。
そうして暫く進んでいくと、微かに人の声が聞こえた気がして足を止める。薄暗い森に目を凝らしてみると、あっと声をあげそうになった。桃色の着物を着た女子が道の脇にしゃがみこんで何かしている。こんな何が起こるか解らない場所で、それも女子一人で何をしているというのか。
足音も立てずに少しずつ近づいてみると、女子が茂みに手を伸ばしているところだった。茂みの方を見やると、何かが蠢いている。そして、それが青白く怪しい光を放つ蛇だと知ると、思わず声をあげて女子の伸ばしかけた手を掴んだ。
「おい、危ないぞ!」
女子は飛び上がるくらい驚いて、短い悲鳴をあげた。それに仰天したのか青白い蛇は体をくねらせ、そそくさと茂みの中に退散していった。すると女子が、「あぁ、珍しい子だったのに」と廩饂に聞こえないくらいの声で残念そうに呟いて肩を落とした。
「女子よ、この場所は危険だ。何をしていたのだ」
耳元から聞こえた廩饂の声に反応して再び女子の肩が小さく跳ねた。
「に、人間!?」
そう叫ぶやいなや廩饂の手を振り払って身構えた。女子の言った言葉に、はて、と小首を傾げる。
「いかにも我は人間だが…、お前は違うのか?」
すると女子はしまったというように口に手を当てた。
「そ、そうさ!あたいも人間さ!あはは、嫌だよあたいったら、何言ってんだい」
慌てたように言うと自分の頭を小突いた。
変な女子だと思いながらもう一度問うた。
「このような場所で何をしていた?」
「ええと…、そう!道に迷っちまって!」
「ほう、何故蛇を捕まえようとしていたのだ?」
「それは、その、あれだよ。お腹が減っちまって何か食べられるものないかなぁって」
こいつは蛇なんぞを食べようとしていたのかと、ぎこちない受け答えに疑問を抱きつつも女子に近寄って言った。
「まあ、よい。それより怪我はないか?」
「うんうん!怪我なんてないよ!ほらっ、この通りさ」
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