小説 | ナノ

 07

莎介が土下座していた。
何事だろうと唖然として見ていると、莎介は頭を伏せたまま口を開いた。

「申し訳御座らん」

その謝罪の言葉は低い声で呻いているように聞こえた。

「え…、あ、いや…」

と、呆気にとられてあたふたとしていた平八であったが、やがて姿勢を正して土下座をしている莎介を見た。

「莎介は正しかったよ。御国のやり方を馬鹿にされて怒るのは当然のことだ」

するとようやく向こうが顔を上げて正面から向き合う形になる。

「いいや、拙者も感情に流され過ぎた。大人気なかったで御座る」

そして莎介は「しかしな」と続けた。

「今は亡き城主がこの国の平和を願って、民のことを思って戦いを避けて、だからこそこうして平和が保たれておる。戦をしたがらぬ城主を戦えぬ弱虫だ腰抜けだのと蔑む他国の武将も少なからずおったと聞きまする。それでも己の信念を曲げなかった城主を拙者は尊敬し誇りに思うておるのよ」

「ああ」と平八が相槌を入れた。

「拙者にとってはな、この朱矢咫の国を馬鹿にされると城主を冒涜されているようで我慢できぬので御座る」

膝に置いた少し日に焼けた肌色をした手をぎゅっと白くなるくらいに強く握った。それ程までに屈辱的だったのである。莎介の大人びた言い分に平八は驚いた。

「俺もさ、城主が残してくれたこの豊かな国をこのまま守っていきたいって思ってるんだ。民に武器を持たせて戦場に送り出すなんてこと俺にはできない。だからどんなに他国から蔑まれようとこの平和はずっと維持していきたい」

それから
「俺は我慢する癖が付いてこの前みたいな感じになったが、正直凄く悔しかったさ。莎介のように感情をぶつけることは悪いことじゃない」
と付け加えた。

「しかし、すぐ手が出そうになるのは良くないで御座るな。拙者も平八殿のような大人の対応ができる人間になりとう御座る。もっと精進せねば」

お互いに小さく笑い合って二人の周りに漂っていた陰湿な空気は消え、いつも通りのものに戻った。
しかし、いづれきっと避けては通れぬ戦が起きるのだろうなと二人はぼんやりと考えていた。すっかり日の暮れた真っ黒い空に真ん丸の月が浮かび、辺りをうっすらと明かるく照らしていた。



二人揃って屋敷を回り廩饂を探して歩いた。廩饂は神出鬼没で何処にいるのか全く詠めない。昼夜共に彼の姿を見たという者はなかなかいない。
長い時間を掛けて歩き回ったがどうやら屋敷内にはいないようだった。いたのなら平八や莎介に気づいて向こうから姿を現してくるはずなのだ。外に出てみると案の定すぐに見つかった。廩饂は屋敷の上質な屋根瓦の上に座り込んでいた。二人並んで歩く姿を見て「なに、もう仲直りしたのか」と身を乗り出した。



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