失はれる物語(聖帝)

2011/10/29

純粋であるのが子供だというのなら、大人になればその純粋さは失われていくのだろうか。何もかもを失って、子供は大人になるのだろうか。

輝いていた過去も夢も思いも全て捨てて、手に入れたのは純粋とは程遠いずるさと汚さ。嘘もでまかせも誤魔化しも、あの頃ずっと嫌って厭うていたもの全てが今や自分を構築する。
それでいいと、決めた。そうしなければいけなかった。
純粋とは無力だ。幼さは守られる存在だけが手にしていればいい。この手はとうに守るものの重さを知っている。純粋など、とうに失っていたのだ。

「よろしいのですか」
「ああ」
「あなたのご友人ではないのですか」
「だからだよ、黒木」

わざとらしいまでの恭しさで尋ねた男がスーツの長い袖を指揮するように振るのを見ながら、何もかもを捨てた男は笑った。拾い上げるには遠くに放りすぎてしまった。紐の一つでもつけておけばよかったのに、もう取り戻せない。
黒木はその枯れ木のように細い身体を真っ直ぐにしたまま、男の言葉を待つ。

「彼は思い知らなければならない。変革された世界が味わった苦痛を。純粋を持ち続ける異常を。変わらないものなど存在しないという事実を」
「そのためにあなたがまず自身を変える、と?」
「違うな、黒木。わたしはとうに変わっていた。彼はその事実を無かったことにしたかった。わたしという現実を見てさえ、彼は世界の変貌を否定しようとしたのだ。愚かだろう」

男の冷えた声音が真新しい部屋に冴え冴えと響く。黒木はそのどこか硬く、透き通った声に耳を傾ける。

「世界の痛みをわたしは知っている」
「痛み、ですか」
「歪められた世界が軋んでいくのは哀れだと思う。その歪みで押し潰されるのは弱者だ。そうだろう」

両の手のひらを開いて、その中に何かがあるかのように男は視線を落とす。慈しむように細められた瞳は優しく見えた。

「わたしは弱者の味方でありたいと思っているよ」
「あなたのご友人は弱者ではない、と?」

黒木の問いに、男はただ笑うばかり。
失ったものを惜しいと思わないでもない。しかし、だからといって戻りたいと願うつもりもない。そこにあった全てを知るのは一人で良いのだから。



―――
乙一さんの本のタイトル見てたら豪炎寺=聖帝がぐわっと。
基本的には聖帝≠豪炎寺ではあるんですがね。

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