レプリカント(聖+豪)

2011/10/24


そこは昼間だというのに煌々と電気がついていた。窓一つ無いその部屋は、大きな箱と言っても差し支えない。扉には厳重なロックがかかり、大切なものをしまう宝箱のように、誰からも手出しできないようになっている。
しかし、その中にあるのは決して宝物ではない。物ではなく、人だ。足につけた枷で部屋に繋がれ、一人の青年が中央に存在している。

「気分はいかがだろう、豪炎寺」
「…最高に最悪だ」

唸るように吐き捨てた豪炎寺の頬に手をやり、イシドは殊更嬉しそうな顔をした。

「それは何より」





豪炎寺が誘拐されたのは三ヶ月ほど前の話だった。黒服の男たちに囲まれたと思ったら、何か薬品を嗅がされて意識を失い、目が覚めたらこの部屋にいた。
わけも分からないまま逃げようとしたが、足首につけられた枷が邪魔をした。金属ならどうにか壊せたかもしれないが、豪炎寺の足首にはめられていたのは、柔らかい代わりに切れないゴムのようなものだった。引っ張ってもそれほど伸びないくせに弾力はあって、何か特殊な物質なのだということしか豪炎寺には分からない。
それよりももっと明白なのは、これのせいで部屋から出ることができないということだった。
どうにかできないか必死に足掻いていると、部屋のドアが開いて一人の男が入ってきた。豪炎寺は大きく目を見開いた。

「手荒な真似をして申し訳ない」

そう言った男の声は豪炎寺のそれと非常によく似ていた。それだけではない。意志の強さを示すようにつりあがった目も、日に焼けた肌も、象牙のように色の薄い髪も、何もかもが似ていた。まるで双子か鏡かというほど、男は豪炎寺と同じ姿をしている。
ただ違うのは、男の髪に薄緑色のメッシュが入っていたこととその表情だ。男は満足そうに笑っている。

「…どういうつもりだ」
「あなたに動かれると困るのでね、手元に置いておこうと思っただけだ」
「何を…!」

掴みかかろうとした豪炎寺の手は、男の服を掴むことすらできず空を掻く。枷と部屋を繋ぐ鎖の長さが足りなかったのだ。強引に腕を伸ばすが、あと少しのところで届かない。豪炎寺は歯噛みする。

「あなたの声と顔、そして影響力をお借りする」
「…何の話だ」

男は笑う。豪炎寺の顔で、全く違う表情で。

「今のサッカーに疑問を感じたことはないか?強いものが全て、敗者には価値がない。サッカーが上手ければどんな屑であれ評価される。そんなサッカーを、あなたは認めるのか?」
「意味が分からない」
「そう、あなたは絶対的な強者だ。常に勝者の側に立ち続ける。それでは敗北したものたちの気持ちは分からない。彼らがどんなに絶望しているか、彼らがどれほど今のサッカーを憎んでいるか」
「何が言いたい」

痺れを切らした豪炎寺が低い声で問う。男は更に口角をつり上げた。

「私がサッカーを変える。平等なサッカーを皆に与えようと思う」

陶然としたように男は言う。豪炎寺は眉を寄せた。平等なサッカーとやらが理解できない。

「だから、あなたには協力してもらう。と言っても、あなたは何もする必要がない。ただここで大人しくしてくれればそれでいい」
「…もしもお前が望むのが支配なら、それは絶対に叶わない。絶対に」
「さあ、それはどうかな」

男は意味深な笑みを浮かべて、背を向けた。





それ以来、豪炎寺はずっとこの部屋にいる。ありとあらゆる設備は揃っていて、不自由は特に感じないようになっていた。しかし、それとこれとは話が別だ。イシドの手をはたき落とし、睨みつける。

「いい加減にここから出せ」
「そういうわけにはいかない。計画は既にスタートした」
「俺が知ったことか」

閉じこめられ続けて豪炎寺のフラストレーションは限界まで高まっている。出来るなら全力でイシドを蹴りつけて出ていくところだ。もっとも、それが不可能なせいでここにいるのだが。

「全てが終わればあなたは自由になる。それまで耐えてもらえないだろうか」
「お前の都合に俺が付き合う必要はない」
「もう遅い。転がりだしたものを止めるのは神にも出来ない」

イシドはくっと喉奥で笑う。自嘲するようなその笑い方が癇に障る。豪炎寺は大きく腕を振るが、かすりもしなかった。

「では、また後ほど」
「失せろ、偽物!」

豪炎寺が吐き捨てた言葉はイシドの背中を強く打ち付けた。



―――
こないだとはまた違うお話。

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